だったらキスしましょうよ 喫茶猫呼密室談合体制
それからまた数日が経った。
「んふふんふんふん、んふふふんふ~~ん」
にこにこの笑顔で、鼻歌交じりに雪乃フルエレがテーブルを拭いたり、掃除をしたりしている。もちろんアルベルトの誤解が解け、今後も良好な関係が築けると判ったからだった。
「あ、あのフルエレ……どこかに旅に出ていくという話は……」
フルエレは振り返って、にこっと笑った。
「いやだわぁ、行く訳ないじゃない。常識で考えてよっ!」
「いやあのでも……では幼……とは」
「ん?」
「いえ、いいです……」
昔はもっと無神経で強行姿勢だったと思える砂緒が、何故かどんどん弱気になっていた。七華や多くの人間と出会う中で、彼の中で自分以外の人間という物の地位が、少し上がった結果かもしれない。
「何だよ情けないなあ、もっとガツーンと言えないのかよ! 見ててこっちが腹立つわ。それにあたし、ああいう学生時代のなかよし友達連中……みたいなのが凄く嫌い。虫唾が走るわ」
(闇ですねセレネ、なんだか闇カワイイ……)
可愛いと思いながらも、何故かイライラしてセレネにぶつけてしまう。
「…セレネは確かフルエレに好感を持ってここに来たのですよね、何故に私にそんな上から目線でフルエレを非難するように命令をするのです?」
さっきの情けない砂緒を見てて、てっきり自分の言葉にも従順に従うと思い込んでいたのに、すぐに言葉に噛み付いてくる砂緒を見て、話が違うじゃん! と思うセレネだった。
「知らんわー」
びっくりして気の利いた返しが出来ない。
「そうだ、セレネはキスした事ありますか? 私はありますよ! それにそのもっと先も」
「お、おおお、あるわ。当然だろ」
無かった。
「じゃあ今、ここでキスしましょうよ、もう長い事一緒に居るし、それくらいは良いでしょう」
「な、ななな、何言ってるんだよ」
気付くと砂緒はセレネの両手首を持って、壁際に押し込んできていた。
「ぃ、いや……」
「嫌いでも無いのでしょう?」
「!! 嫌っ、離せっ馬鹿っ!!」
パシッ!
セレネは思い切り手首を振ると、もともと砂緒は力を入れて無かったので簡単に離れ、勢いで頬をはたいた。はたかれた砂緒は自分の頬に手を置いて、呆然としていた。
「す、すすすすすすす、すいません。私どうかしていました。イライラする気持ちをセレネにぶつけてしまいました。紳士としてあるまじき行為でした。謝罪します。刺して下さい、硬化しないので刺し殺して下さい」
今度は砂緒はすぐさま土下座して謝罪した。
「べ、別にあれくらい何とも思ってねーわ。さ、刺し殺すまでも、な、ないし」
セレネは心臓が高鳴りバクバクしていたが、必死に髪をかき上げて誤魔化した。土下座からの顔を少し上げて狼狽して自分を見上げる砂緒を見て、少し可愛いと思ってしまった。
さらに後日、喫茶猫呼にレナードとアルベルトが二人して来た。
「どの面下げてお前は来るんだ、さっさと」
「あ、いらっしゃい! 私が呼んだのよ! 砂緒は邪魔しないでね、公務なのだから」
フルエレに割って入られてムッとしながらも黙り込む砂緒。
「砂緒君、いつか君ともゆっくり話したいと思っているんだ……」
「話す事等無い!!」
失礼にも指を差してそのまま立ち去る砂緒。苦笑いするアルベルト。どう見ても勝敗は明らかだった。
「まー何でも良いが、その新ニナルティナ軍再建の話、聞こうか」
二人は席に着くと、珍しくレナード公が真面目な話を切り出した。
「はい、イライザこっちに来て」
「は、はい……初めまして。イライザという者です。兄が素浪人をやっております」
以前、砂緒達を騙して港の倉庫街に呼び出した依頼者の娘だった。
「このイライザの兄が素浪人どものリーダー格で、お二人が新ニナルティナ軍再建の折には、是非ともお声がけして欲しいと頼まれていたの」
(どもって……フルエレさん言い方!)
セレネは腕を組んで遠くから見ていた。
「セレネ殿大丈夫ですか? まさか砂緒殿があんな破廉恥な事をしでかすとは……」
珍しくクレウが突然話し掛ける。
「み、みみみ、見てたんかい!?」
激しく赤面した。
アルベルトとレナードはイライザと話をして、今度イライザの兄を通して、多くの前ニナルティナ軍の浪人を召し抱える事に決めた。
「ありがとうございます。本当に有難いです。フルエレさんにも何とお礼を言って良いか……」
「ううん、いいの。今まで通り時々遊びに来てくれたり、ピンチの時はバイトに入ってくれればそれで良いから」
フルエレはにこっと笑った。フルエレの言葉を聞いて、感動して涙ぐみながらも、イライザは一礼すると喫茶猫呼を後にした。
「権力の匂いのする所……猫耳の影あり! 猫呼クラウディア参上!!」
(猫呼さまぁーーー!!)
突然の猫呼の登場にクレウは感激したが、今は仕事中なのでぐっと耐えた。
「君は……?」
「それ本物かよ?」
「付け耳です」
猫呼は付け耳をパカッと外すと、付け耳紹介の下りを完全省略した。
「それよりも! ご挨拶が遅れてしまいましたわ! 私が当喫茶猫呼の主、猫呼クラウディアと申す者です。これは名刺です」
猫呼は頭を深々と下げると、可愛いイラストの入った名刺を渡した。
「もしかして……君が冒険者ギルドのマスターの?」
「おおおおお、この子がかよ」
「そうですわ、以後お見知りおきを」
猫呼は不敵に笑った。
「ここって、割とかわいい子ばかりだよな……今日は長身のお嬢さんは、いるのかなー?」
レナードは店の奥にイェラが居ないか軽く探った。
「なあ猫呼ちゃん、初めて会った記念に何か買ってあげようか!? 何でもいいなよ! 買ってやるからさあ」
「えーじゃあ猫呼、運転手付きのリムジン型魔車がいいなあ!!」
「おおお買ったる買ったる! 国費でいくらでも買ってやるぞ、ナハハハハハ」
「わぁ嬉しい、時々おねだりしちゃおうかしらっ!」
猫呼は両手を合わせた。
「お、おい冗談だよな二人共」
フルエレは猫呼の豹変ぶりに付いて行けなかった。しかしこの日を切っ掛けとして、この新ニナルティナ公国の重要政策は、重臣会議にかかる前に、雪乃フルエレとレナードとアルベルトと猫呼クラウディアの四人で、事実上喫茶猫呼の一室で事前に決まる事になってしまった……




