本当の本当に偶然たまたまだったんだっ! 上
雪乃フルエレが、泣きながらアルベルトの別荘を走り出て数日が経っていた。
「むふむふむふふふふふふふ」
相変わらず客の少ない喫茶猫呼の店内を、砂緒が一人不気味に笑いながら、テーブルを拭いたり掃除をしたり、一人でせっせと働いている。
「キモイ上にあきれるわ……」
それを見たセレネが何時もの様にキモイゝ連発しているが、いつも以上に呆れる理由もあった。
ほわんほわんほわんほわわ~~ん。フルエレが帰宅した次の日。
「フルエレが最上階の部屋から出て来ない……」
「昨日あんな事がありましたからねえ……」
「早くブラジルを八つ裂きにする相談がしたいのですが……」
「そんな雰囲気でもねーだろ、そっとしておいてやれよ」
ガチャッ
「みんなおはよう! ごめんなさい、少し遅れちゃった!」
いきなり喫茶店の制服に着替え済みのフルエレが、ドアから出て来た。普段通りの顔をしていた。
「うお、おはようフルエレさん」
「おお、おはようっ!」
「おはようございます、フルエレ」
アンティークな魔法エレベーターのドアをガシャリと開け、四人は無言のまま一階まで降りると、VIP用出口からそそくさと出て、さらに一般入り口からビルに入り直し、そのまま階段で地下一階喫茶猫呼まで降りた。
「……この店への入り方、何とかならないのでしょうか」
「無理やり急場で作ってもらったお店なので仕方ないでしょう……」
四人は普段通りお店を切り盛りし始めたが、普段無神経な砂緒が成長したのか余計な事を言わず、フルエレをそっと見守っていた。
「砂緒……怒ってる? 心配かけちゃったよね……ごめん」
最初に切り出したのはフルエレだった。泣きながら別荘を出て来たフルエレを、イェラとクレウが保護したので、大体の話は漏れているという前提の会話だった。
(ムシが良すぎますよフルエレさん! 砂緒も少しは怒るんだろーな?)
何故かセレネはフルエレを応援する処か、砂緒に同情するようになっていた。
「……すぐに帰って来てくれると……信じてましたよ!」
にこっと笑って即答した砂緒を見て、セレネはコケた。
「…………本当ごめん」
砂緒はさらに、にこっと笑った。
「いいんですよ! それよりもブラジルを八つ裂きにしませんか? フルエレを傷付けた事が許せません!!」
落ち着いた優しいモードが終了し、突然過激な事を言いだす砂緒。
「やめて! いいのもう。 それにレナードさんがアレな感じだから、アルベルトさんが居なくなると、この国の人達が迷惑するわ……もう忘れましょう」
「でも……大臣会議とか、行けますか?」
「……もう行きたくない。砂緒、前に全て放り投げたい事があったら、二人でどこへでもトンズラしましょうって言ってくれてたわよね……」
「ええ、言ってました、言ってましたとも!」
(おいおい……)
列国同盟にフルエレを巻き込むと提案していたセレネは目を細めて見ていた。
「もし……こんな立派なビルも何もかも捨てて、明日出発するって言っても……いいの?」
「もちろんですとも!! 私は松尾芭蕉の様に、心はいつも旅の中にありますとも!!」
「ごめん、例えが良く分からないんだけど、とても嬉しいわ。明日じゃないけど考えておいて」
フルエレが恥ずかしそうな笑顔で厨房に消えていくと、砂緒は天にも昇る様な笑顔で鼻歌を歌いだした。
……等という事があった。
(おい……少しは寂しいとか……その、あたしにもう会えないとか思わないのかよ)
セレネは最近に無く異常に機嫌の良い砂緒を見て、全て放り出して出ていくというフルエレへの幻滅よりも、自分と会えなくなる事は一切気にかからないのか? という事ばかりが巡っていた。
「ああそうだ、セレネはどこに乗りますか?」
一人でぼうっと考えている時に、不意に砂緒に話し掛けられて驚く。
「はあ? 何の事だよ……」
「いや旅に出るとして、魔輪のどこに乗りますかと」
(な、何だよ、勝手に連れて行く計算に入っていたのかよ)
普段嫌悪している癖に、連れて行く計算に入っていた事で何故かホッとしてしまう。
「はぁ? 何であたしまで行く事になってんだよ、あたしは根無し草じゃないんだよ馬鹿」
感情と真逆の事を言ってしまうセレネ。
「私が今考えているのは、イェラがフルエレの後ろにしがみ付いて、セレネ貴方がサイドカーの私の膝の上に乗っかるという方式です。セレネが吹っ飛ばない様に、両手でしっかりホールドするのでご安心下さい」
「色んな意味で問題があるわっ!」
セレネは一瞬想像して赤面しかけて首を振った。
「ご安心下さい、紳士なので絶対に胸を掴む等のセクハラは致しません! まあ最も掴む程の膨らみは無いようですが……」
「本気で言ってんのか?」
セレネが剣を抜こうとした時、フルエレが二人に寄って来て小声で話した。
「ごめん、なんかまた変なお客の集団が来たの、お願い二人で対応して……」
(またフルエレさん勝手な事ばかり言って)
「お任せ下さい、フルエレは厨房の奥にでも隠れていなさい、ふふ」
砂緒が店の入り口に向かうと、若い男女八人程のグループが入り口でもたもたしている。しかも良く見ると、その内二人はほっかむりしてサングラスまで掛けている。まさにフルエレの言う通り怪しい客の集団だった。
「どしたんスかー? 嫌なら帰ってもいいスよー」
砂緒は最大限無礼な店員を演じた。




