永遠の謎になってしまった…… 迷いの七華
ぬとぬとした砂緒の全身を見て、フルエレが汚物でも見るかの様に飛び起きて逃げる。
「ど、どうしたの砂緒、何があったの? お願い、近寄らないで」
「はーーふーーはーーふーー、な、何もありませんでした」
「何故息が激しいの? じゃ、じゃあもう天井を潰して良いのね?」
「駄目ですっ!! モンスターにも五分の魂。この工事は中止にしてそっとしてやって帰りましょう。ハァハァ」
「何故額に汗を滲ませ頬が薄っすらとピンクに上気してるの? 変よ、絶対変だわっ!」
「薄情な砂緒がモンスターに情が移ってる時点で変ですね。あたしが見て来るっ!! 」
「あっ行くんじゃないですっ」
止める砂緒も無視してハッチを開けると、今度はセレネが片手にダンジョンの暗闇を照らす魔法を点灯しながら走って行く。
しばらくしてセレネは静かに首を振りながら戻って来た。
「せ、セレネ何を見たのよ?」
「砂緒……何も言わん、今日帰ったら全身をくまなく綺麗に洗えよ。そして今日の事は忘れろ」
「え……セレネ何を言ってるんです? 彼女に会ったのですか?」
「砂緒、彼女って何?」
砂緒の台詞を聞いてセレネがさらにどんよりとした顔になる。
「彼女!? お、オエーーー、お前は何も知らん方が良い。これ以上聞くな」
「何があったんです!? 教えて下さいっ」
「いや、あたしも想像しただけで蕁麻疹が出るよ。砂緒、美しい思い出のまま雷でボス部屋を消したが良い」
「………………」
ドゴオオーーーーーーン!!!
そのまま砂緒は無言で第四層の中ボス部屋をこの世から消し去った。
「遂に最後のラスボスね……何が出て来るのかしら?」
すり鉢状に小さくなっていた為、最下層の第五層の天井を剥がす作業はすぐに終わった。
第五層の壁や天井はダンジョンの終わりを予想させる様な荘厳な装飾が施され、破片一つだけでも何か貴重な美術品として売る事が出来そうな感じに見えた。
「砂緒をあんな目に逢わせるボスが出て来る場所です。三人で掛からないと返り討ちに遭う様な強敵が出るかもしれませんよ」
「おお、なんとかクエストみたいな展開ですなあ」
「クエ? アラ鍋とかクエ鍋のクエか?」
「……この世界にクエが居る事の方が驚きです」
ガガガガガガガガ……
その時、突然地の底から地鳴りと地響きが始まった。
「な、何ゝ? どうしたの??」
「フルエレさん、あれ見て下さい地下水が噴き出ています!!」
「おわ、本当です。私をアレで洗って下さい!!」
「はあ?」
等と言っている内に砂緒は外に飛び出て、バシャバシャと蛇輪の巨大な手で揉まれ体をくまなく洗った。
しかしその間にもどんどん水かさが増し、ラスボス部屋はとっくの昔に水没し、ダンジョンのあった大穴は湖の様になって行く。
「ふいーーーさっぱりした」
どこにあったのか砂緒がタオルで頭を拭きながら銭湯上りが如くくつろぎ始めた。
「違う意味ですっきりして来たんだろうが」
「………………セレネってそういう事言うタイプだったんです?」
「う、うるさいわっ」
セレネは魔法モニター越しに少し赤面していた。
「二人共見て、もうすっかりダンジョンが水の底よ……どんなラスボスが居たのかしら?」
「永遠の謎になってしまいましたねえ」
「ハァーーみなさんのお陰で工事がかなり進んだよっなんとお礼を言ってよいやら~~」
髭のリーダーはフェンリル谷大ダンジョン跡の湖から上がった、蛇輪から降りて出て来た三人に向かってしきりにお礼をした。
「いえいえお礼の言葉は結構。我らは街の平和を守る闇のお助け人、少しばかりの謝礼金で良いですから」
「どっちなんだよ」
「あははははは、面白い人達だなあ」
「でも……こうして道路工事の美名の元に貴重な文化遺産や遺跡が破壊されて行くのね……」
フルエレが遠い目をして言った。
「いや、フルエレさんが早く帰りたいって適当な方法を選んだんだからなっ」
「テヘーーッ」
「テヘーーッじゃない」
可愛くウインクして舌を出したフルエレは本当に天使の様に可愛いから性質が悪かった。
「うむ、ではこの道路を裂岩の新・幹道と名付けようぞっ!」
いきなり腰にタオルを巻いただけのほぼ全裸の砂緒が腕を組んで偉そうに言った。
「あ、アンタにそんな権限があるんですか??」
髭のリーダーが驚いて言った。
「じゃあ今度イヤイヤ行く事になる重臣会議でアルベルトさんに言ってみるわ」
「イヤイヤ行く言うな」
「あ、貴方達は一体??」
「命が惜しくば今日の事は誰にも言わぬ事ですなっ」
砂緒に釘を刺され、髭の労働者リーダーは無言でうんうんと頷いた。こうしてリュフミュラン側からの工事も順調に進み、新ニナルティナ‐リュフミュラン間を結ぶ、裂岩の新・幹道は完成に近付いたのだった。
―本編と時期は前後するが直通道路が完成後、しばらく後のリュフミュラン王都。
「こ、ここがリュフミュラン‐新ニナルティナ港湾都市間の直通駅魔車のチケット売り場ですわねっ」
サングラスにほっかむりをした七華リュフミュラン王女がチケット売り場を前にキョロキョロしている。しかし街の人々が行き交う度に、さっとその場を離れて興味が無い振りをした。
彼女は普段父親が治める自分の国こそが一番と言い張っている為に大手を振って新ニナルティナに出掛ける訳にはいかないという変なプライドがあったのだった。
「だ、誰が見てもお洒落な町娘にしか見えませんわ。な、何も気にしないで大きな顔をして堂々としていれば良いのですわっ」
七華は意を決してチケット売り場に再び向かおうとした。
「まっここが駅魔車のチケット売り場ですって!!」
「本当に二万四千Nゴールドもするのね……本当に高いですねーー」
「私達の安いお給金ではなかなかそうそう簡単に何回も行ける物ではないですね~~」
いきなり彼女のお城の侍女達が目の前に現れて焦る七華。
(な、何であの子達が此処にいるのですかっさぼりな上に邪魔ですわねっ)
「でも……七華さまったらあからさまにニナルティナに行きたそうでしたわね」
「ね~~~」
「きっとあの砂緒とか言う人の後を追いかけるのよっ」
「物好きよね~~~三白眼のどこが良いのかしらねえ」
「ほったらかしにされたのにねっ」
「しっ何処にお城の秘密警備兵が居るかわかりませんことよ」
「気にし過ぎよほほほほほほ」
「そうねうふふふふふふふ」
思いがけず侍女達の本性を垣間見てサングラスの奥で眉間がぴくぴく動く七華だった。
(覚えてらっしゃい、お城に戻ったら何かしらと理由を付けて全員鞭うちの刑ですわよっ)
建物の陰に隠れてじっと見る七華だったが、程なくして侍女達は去って行った。
「………………べ、別にあの男を追いかける訳ではありませんわっただ……いつもいつも同じ毎日に飽きただけですわ……」
再び七華はチケット売り場の前を迷いに迷ってウロウロし続けた。




