セレネ、魔ローダーに乗って下さい…
アルベルトとレナードが店に来てから約一週間後。
「砂緒~、またまた様子がおかしいお客さんがいるの……話を聞いてあげて!」
フルエレが一人でテーブルに座る少女に背中を向け、片手に銀盆を持ちながら、お洒落に親指で指さす。
「オーケーフルエレ、任せてくれよ」
店の奥に居たウェイター姿の砂緒が颯爽と繰り出す。
「それで……お姉さんは口の上手い男の口車に乗せられて、奴隷として売られそうなんだね……」
「そうなんです! ここに来れば……表では解決出来ない事でも、裏でこっそり解決してくれる……そんな親切な人達に話を繋いでくれるって小耳に挟んだんです……」
「ははは……そんな便利な人達がいる訳ないでしょう……お嬢さん他を当たってくれないかな」
少女は目に涙をいっぱい貯めた。
「お願い……します……もうどこにも行く当てが無くて……」
砂緒は泣き始めた少女をじっと見つめ、黙ったままめいっぱい間をとった。
「ふっ、よござんしょ……あた~しゃが、その親切な人達に確かに伝えてやりやしょう……お嬢さん、今日はもうけえんな!」
砂緒は立ち上がると、エプロンをシュッと外して店の奥に去ろうとする。
「も、もしかして、貴方がその……?」
依頼者のお嬢さんは砂緒を呼び止め、素性を聞こうとする……
「シッ、詮索はそれ以上せんで下せえ」
砂緒はシッと指を立ててウインクをした。
「うっわキッモ」
それを傍から見ていたセレネが目を細め思わず呟いた。
「今月はこれでもう5回目の出動だぞ……いい加減安月給ではやってられない仕事量だな!」
「え?」
少女が店から出て行った事を確認して、イェラがエプロンを外し、大きな剣を持ってふらりと現れる。
「一人で店に残って砂糖水一つで切り盛りする身にもなって欲しいわ! こんな事をもう1年も続けてるなんて……」
フルエレは砂糖水一択のメニュー表に取り換える。
「え? フルエレさん?」(何を言って?)
「よし、それでは喫茶猫呼お助け隊、出動です!!」
「お~い! だから何なんだ馬鹿!」
「はぁ……表向きは喫茶店だが、その実ニナルティナ港湾都市の平和を人知れず守る裏稼業を、約一年は続けているという体で演じてもらわないと困るぞ……フルエレなんて事前の打ち合わせ無しで、あそこまで見事に話を合わせる事に成功したのに……ノリが悪いな!!」
イェラは両手を広げ肩をすくめ、目を閉じ首を振った。
「うっわ、イェラさんでも何か腹立つ! そんな事一発で分かる訳ありませんよ!」
「折角困った少女を見つけ出し、嘘の噂を流してまでここで依頼をさせる事に成功したのです。ちゃんと最後までやり遂げますよ! よし、喫茶猫呼お助け隊、初出動です!!」
砂緒はびしっと指を指した。
「お前に言われたらもっと腹立つわっ」
わいのわいの言いながら砂緒とセレネとイェラは出て行った。
「皆行っちゃった……何か急に寂しい……私も行けば良かった」
テーブルを拭きながら雪乃フルエレは、ぽつりと呟いた。
「貴方は一人ではありませんよ……私がお守りしております……」
「きゃっ誰!? 誰なの!?」
フルエレは左右や天井をキョロキョロ見た。
「ここに居ります。私で御座います」
フルエレが拭いていたテーブルの下で男が三角座りしていた。
「うぎゃあ!? い、いつのまに誰なの!?」
テーブルからすくっと出て来た男は、長身痩躯の黒い不気味な服を着、薄気味悪い片目が隠れた髪型をしているが、なかなかのイケメンではあった。
「私、猫呼さまより雪乃フルエレさまの身辺警護を完璧にする様命令された、クレウという者で御座います。得意技は魔法ナイフ投げ。約一Nキロ範囲内なら、何も証拠を残さず暗殺を実行する事が可能です。いつでも暗殺のご命令をお待ちしております!」
「いらないいらない暗殺要らない! 帰って下さい!!」
フルエレは必死に両手と首を振った。
「私は……猫呼さまに……明るい世界に引き上げて頂いた……嗚呼猫呼さま、私は猫呼さまの為なら死ねる!! どうか私に猫呼さまからのご命令を果たさせて下さい!!」
「困ったわね……どうすればそこまで心酔させる事が出来るの!? そっちの方が怖い……でもいいわ、そこまで言うなら警護して下さい……」
「あ、有難き幸せ!! では私はこれで……」
クレウという男は厨房の奥にスーッと消えた。厨房の奥は行き止まりなのにどうやって消えたのか怖くなった。
「ちょっとぉ! どこに消えたの!? おーい! あの、着替え中とかは見なくて良いのよ! 聞こえてるの?? おーい何か言えー!! やだ……余計怖くなっちゃった……」
フルエレはお客さんの座席に座ると頬杖をついた。
時をアルベルトとレナードが店から帰った直後に戻す。フルエレはまだまだ一人でにこにこしていた。
「いつまでフルエレはぼーっとしてるつもりでしょうか、私思うにあのブラジルとか言う男はフルエレを毒牙にかけようとしているド変態野郎だと思います」
「ド変態野郎はお前だ、それにアルベルトさんだ、一文字もかかってねーわ」
「ルがかかっていると思いますが……?」
「ムッカ、はらたっつ!!」
「やっぱりどんどん仲が良くなっているのだ……」
「ち、違います!!」
「そうだセレネ、貴方が絶対喜ぶ良い物を見せてあげましょう」
砂緒は背中を向け、なにやらゴソゴソと始めた。
「?」
「ほら、これです!!」
振り向いた砂緒の手には大きな綺麗な宝石があった。




