小鳥の城
女王の居なくなった広間で、家臣の貴嶋は玉座を見ていた。生まれた頃からずっと仕え、彼女の両親つまり先王と妃が亡くなった後は文字通り親代わりに育て上げた。
しかし女王が姫と呼ばれる年代になって来ると彼女の態度に違和感を覚え始め、それがほのかな思慕の想いだと気付いた時には恐怖した。
実は彼自身こそが歳の離れたエリゼ女王に女性としての強い魅力を感じてしまっていたのだ。そうした邪な思いが彼女に伝達し彼女に悪影響を与えたのではと思い、ひたすら厳しく冷徹な家臣を演じた。
(幼き頃より最もお近くでお仕えし、女王が目が見えない事を良い事に我が身を頼る様に仕向け、遂には先王の大恩を裏切り、劣情を抱き女として見てしまう……これ程おぞましい事があろうか!)
「貴嶋さま、街で追跡していた手の物の目から、紅蓮さまと美柑さま……そしてエリゼ女王陛下のお姿が消えたそうで御座います」
最近毎晩エリゼ女王に向けて、情熱的な物語を読み聞かせていた侍女が報告する。
「そうか……良かった……あの貴公子只者ではあるまい。一体第何夫人になるのやら知らぬが……大事にされるであろう……全て上手く行った。作戦は……成功だな」
「……さ、左様で……ご、ございます……ね……」
侍女がさも我が事の様に言葉に詰まりながら応えた。
「わしは先王、さらには偉大なるウェキ玻璃音大王を裏切る事になろうと、エリゼ女王、彼女自身の幸せを考えたからこうした、この結果に迷いは無い! これよりはこの貴嶋、メドース・リガリァを仕切る独裁者として修羅の道を歩もうぞ!!」
侍女は静かに頭を下げて部屋を出た。
―数時間後、貴嶋は政務を終えると、またエリゼ女王が座っていた玉座を眺めていた。
「ふふ、結局ここに来てしまう。座る気にもならんし、如何しよう物か」
しばらく貴嶋は可愛い可愛い幼き頃からのエリゼ女王の想い出に浸っていた。
「……先程から何をしているのですか? 一人で佇んで、笑ったり……泣いたり……?」
貴嶋が聞き慣れた声の方に振り返ると、恐れ畏まったあの侍女が開けた大きな扉から、エリゼ女王が歩み寄っていた。
「……何故…………あ、貴方が此処に??」
エリゼ女王がふわっと笑った。
「何故とは……ここは私のお城ではないですか、不思議な事を言う人ですね」
貴嶋は愕然とした顔で聞いた。
「い、いえ、あの二人と、紅蓮と旅立ったのでは!?」
エリゼ女王は口に手を当てて笑った。
「うふふ、私があの若い二人の邪魔をし続けて、旅をする訳が無いでしょう! そういう所は本当に何も分って無いのですね!」
「し、しかし……」
エリゼ女王は静かに近づいて語り続ける。
「それに私がもし旅立てば……一人程とても悲しむ男が居るでしょうに。本心を隠して不器用な優しい男が……今も寂しくて泣いていた癖に」
「わ、私は泣いておりません。生まれてこの方泣いた事はありません……」
貴嶋の眼前まで来たエリゼ女王は、そっと指先で貴嶋の頬辺りに流れていた涙をぬぐった。
「……何故……?」(分かったのだ?)
二人の仕草を見て、侍女は細心の動きで静かに部屋を出て扉を閉めた。折角長い年月を経て素直になりかけた二人を壊さない様にと心の中で強く願っていた。
直後、侍女は我が事の様に沢山の涙が溢れだして両手で拭い続けた。
「ここに、割れてしまいましたが儀礼の鏡を持ち帰りました。これで私は名実共にメドース・リガリァの女王です。私が貴嶋に命令を与えます」
貴嶋は目が見えていないエリゼ女王の顔が、恥ずかしくて見れなくて下を向いている。
「私を……読み聞かせた物語のハッピーエンドの如く……激しく愛しなさい」
いつのまにか跪いていた貴嶋は雷に打たれた様に目を見開いた。
「そ、それ……は……それだけは……」
「今です! 何時まで待たせるのですかっ!!」
貴嶋は震える手でエリゼ女王の手を取った。
数日が経った。エリゼ女王と貴嶋はお互いに女王と呼べば良いのか家臣と呼べば良いのか、お互い気恥ずかしい変なゾーンに入っていた。
「あ、女王陛下……そ、その新ニナルティナ対策の会議が終わりました……ので兵共の様子をその……視察して参ります」
「そ、そうですか……余り……根を詰めて、身体を壊さぬ……様になさい、いえ、しないで」
「い、いえ女王は女王陛下ですから、その……私が家臣ですので……」
周囲の者達はなんとなく二人の雰囲気の変化に気付いていたが、触れない様にした。
「で、では私は、侍女達とお茶会がありますので……参ります」
「はい、お気を付けて……」
貴嶋は頭を下げて女王陛下を見送ると、中庭の見える大きな回廊を通った。
「放った小鳥が戻って来た……奇特な事もある物ですわね! 私、感動して泣いてしまいました……」
「誰じゃ!!」
二人の想いを突然汚された気がして声の方を振り向いた。
「お初に御目に掛かりますわ」
貴嶋が見ると、青い半透明のドレスに身を包んだ髪の長い美女がふわふわと宙に浮いている。
「何者じゃ……」
「何者とは……お呼びになっておいて、つれないですわね」
口に手を当てて笑い続ける異様な美女を見て、貴嶋はハッと思い出した。
「お主……もしや、ココナツヒメ……様か……?」
「やっと思い出してくれましたわね、魔王様より預かりし魔ローダーお届けに上がりました」
「なんと!! 有難い!!」
「御覧下さい、魔ローダーのディヴァージョンとデスペラードの二機ですわ!」
貴嶋がココナツヒメが指差す方を見ると、中庭に突然二機の巨大な魔ローダーが片膝を立てて座り込んでいた。
「何時の間に!? しかも二機も……これは凄い!!」
「確かにお届けに上がりました。如何様にもお使い下さいな! まあ、扱える御人が居ればのお話ですけど……うふふふ……」
笑いながらココナツヒメはぼうぅっと消えて行った。
「何と不気味な女! 馬鹿にしおって……決して儂は操られぬぞ! こちらが利用するだけ、こちらが利用するだけじゃ!」
貴嶋は突如中庭に現れた二機の魔ローダーを眺めてほくそ笑んだ。




