しまった! 宿屋探し忘れてた
「しまった!! 宿の確保するの忘れてたよ」
紅蓮が珍しく焦り出した。美柑と二人なら最悪野宿でも良いのだが、エリゼ女王をいきなり野宿に誘うのは、無計画過ぎてかっこ悪い。
かと言って貴嶋に啖呵を切って出て行った以上、お城に泊まらせて下さいというのもさらにバツが悪い。
「とにかく街に数軒ある宿屋を、全て総当たりで空き部屋を探そう」
三人はとにかく手当たり次第に宿屋を探したが、一部屋も空き部屋が無いという状態だった。
「おかしいなあ……祭りがある訳でも無し、こんな埋まる事ってあるかな?」
「私は野宿でも良いのですよ……それも人生経験ですから!」
焦る二人を感じてエリゼ女王が慰める。
「ちょっと紅蓮、あれ見て……ほら!」
「一日二組限定オーベルジュ・ホテルメドースリガリァいや、これは無いでしょう……」
「まあオーベルジュですって! 行ってみましょう!!」
やはりエリゼ女王は根本的には女王である事に変わりが無いのか、浮世離れした感覚で高そうな宿に向かって行くよう二人にお願いした。
「一日二組限定、一部屋最大4名、一泊食事込み三十万Nゴールド!? うっは、誰が泊るのここ? ていうか悪いけどメドースリガリァに需要あるのかな? 経営成り立つのここ?」
貴公子のはずなのに紅蓮は割と金銭にシビアに見ていた。
「私達さっきすっごく沢山夕ご飯食べて来たし、オーベルジュとかもう関係無いし……」
「ここにしましょう! 三十万Nゴールドなら凄いお安いですね! 良い宿がありましたわ」
通常なら一泊八千Nゴールド程の所、破格に高い宿にやはり女王の金銭感覚は狂っていた。
「ええ!? 一泊三十万Nゴールドが、今なら割引キャンペーンで三万Nゴールド!? 二重価格表示で景品表示法違反なのではここ……」
当然貴嶋の手の者がこの日の為に経営するホテルだった。
「すっごい綺麗なお部屋!! これが三万Nゴールド!? コスパ最高よねっ!」
確かに一泊三十万と言われても仕方が無い様な豪華絢爛な部屋だった。あたかもエリゼ女王専用に設えられた様な……というよりも実際にこの日の為に準備された部屋だった。
「確かにシングルベッドが四つ、これなら揉めずに静かに眠れるね」
「うん、二部屋に別れているから、私はエリゼと眠るよ!」
「よろしくね、ふふ」
コンコン
突然部屋がノックされた。
「何でしょう?」
紅蓮が凄く警戒する。女王がいるから当然だった。
「お客様、夕食がお済という事で、当ホテルの一番の目的であるお夕食が提供出来ませんでした、代わりに眠る前に軽いお食事とドリンクをお持ちしました」
「まあ、有難いわ! 私もお腹空き始めてたの!!」
美柑が手を合わせて喜ぶ。
「おいおい、さっきたらふく食べてたでしょうに」
しぶしぶ紅蓮がドアを開けると、ルームサービスワゴンからサンドイッチやフルーツ、スムージー的な飲み物を並べていく。
「変な物は入っていないだろうね?」
「ちょっともうやめてーっ! 警戒し過ぎですよっ!」
「こちらのピンク色の飲み物は特別にそちらの可愛いお嬢様のお好みに合う様、調整して御作りしました。ぜひお楽しみ下さい」
「わぁー美味しそう! 有難う!!」
「いや、怪し過ぎでしょう!! 飲みなさんな」
「エエー何故っ? 気になるなら毒見でも何でもしてよっ!」
ルームサービスが帰って行くと、紅蓮はスプーンで一杯すくい、色を見、匂いを嗅ぎ、最後に一口味見をした。
「うーん、特に変な物はないかなあ……」
「わーい! じゃあ頂きまーす!! エリゼ御免ね、私だけ特別に。エヘヘー」
「羨ましいです……」
羨ましがるエリゼ女王をしり目にグラスを持ち上げると一気に飲み干す美柑。
「あ、バカっ! 何一気飲みしてるんだ!」
「もう大丈夫よ! 何も無いって……ば……眠い……もう駄目……むにゃ……くー」
椅子に座ったまま美柑は一瞬で眠りに落ちた。ゴロンと床に落ちるグラス。
「うわーお! だから言ったのに!?」
紅蓮は慌てて魔法で毒物や状態異常の魔法が掛けられていないか探査する。
「むむ、やはり臭いを嗅いだ時に感じた様に毒物とか薬は無いな。魔法も大丈夫。薬膳的に気持ちよく眠れる健康的な物のようだね……」
「うふふ、心配し過ぎですよ。疲れて眠っているだけですわ。よっぽど美柑さんの事が好きで心配になるのですわね」
「違うよ! ただ旅のパートナーとして守る義務があるだけさ」
「では美柑さんをベッドに運んであげてくださいな」
「あ、ああそうだね」
一瞬躊躇するが、エリゼ女王の手前、いつものポーカフェイスの顔でぐっと美柑を、お姫様だっこにするとそのまま静かにベッドルームに運んで上げる。
ドックドック。緊張で高鳴る心臓の音。
(柔らかい身体……やっべ、めっちゃ緊張する……)
紅蓮は実は……常に真面目で何事にも無関心で、不動心でポーカーフェイスを装っているが、内心凄く美柑の事を意識しまくっていた。
(うはあ美柑の寝顔めっちゃかわええ……神かわええ……やっば、十三歳だよなあ……)
「どうですか? 美柑さん、何も変わったご様子等はないかしら?」
「!!!」
知らぬ間に後ろからエリゼ女王が付いて来ていて、後ろから刺されたくらいにビクッとした。
「ああ、大丈夫みたいだよ。安心して眠っているね」
凄く爽やかな笑顔で、何事も無いように応対する。
「うふふふふふふふふふ」
「ど、どどどうしたんだい?」
突然エリゼ女王が魔女の様な不気味な笑い声を発して驚く。
「だって、紅蓮って美柑を抱き抱えた時に、胸が尋常じゃないくらいに高鳴っていたわ」
「!!!」
(バレとる!?)
「ふっ、いえ僕は特殊な鍛錬を積んでいるので、心拍数とか自由に変えられるのです。何かの間違いだと思うよ」
紅蓮は目を閉じて、余裕のポーズで大嘘を付いた。だがエリゼにどこまで通じているのかは分からなかった。
「うふふ、そうなの? それでは私もお頼み事をしようかしら。お風呂に入りたいのですが、いつもは侍女に塗れた床で倒れたりせぬ様、手を繋いでもらっているのですが、今は紅蓮お頼みできますか?」
「はっ?」
(な、なんですとーーーっ!? え罠? これ何かの罠??)
紅蓮はどうして良いか分からず、しばし固まった。




