楽団のサッワ少年の笛
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冒険者酒場の中に音楽が流れだした。酒場専属の楽団が軽音楽を奏で始めたのだった。
「なんて心地良いのかしら……こうしているといつもの生活の方が幻の様な気がして来たの」
エリゼ女王は、街ではありきたりな流れる音楽を全力で楽しんでいる様子だった。二人は黙って女王の楽しむ様子を邪魔せず見守った。
「この笛の音、この楽器は吹いた事があります、私も吹いてみたいです……」
エリゼ女王が突然立ち上がると、ふらりと楽団に向かって歩き出した。一瞬紅蓮と美柑はビクッとしたが、成り行きを見守ろうと思った。
「ここはお城の中じゃない……勝手が通じるとは思えないけど、もし駄目でもそれは一つの経験かもしれない」
「そうね……」
見守る二人の他に、貴嶋の手の者も複数人が見守り、ドキドキハラハラとしている。
「お笛を吹いておられる方、私にも一つ吹かせて頂けませんか?」
エリゼ女王が突然声をかけた相手は、笛を吹く少年だった。突然の飛び入りに楽団員が何事かと演奏が止まる。
「おお、美しい方、こんな子供が吹いた笛は汚い物です、またの機会にどうぞ……」
楽団長が遠回しにお断りする。
「大丈夫ですわ、その笛吹いてみたい物です」
女王は空気が読めず、いつもの城の中の様に思い通りに物事が進むと思い込んだ。
「い、いえどうぞ……これで良ければお吹き下さい、お綺麗なお嬢様」
「こ、これ!」
楽団長の声を無視して少年は震える手で笛を渡した。
「有難うね、お名前は……?」
「サッワと言います。お、お姉さんは?」
「私はエリゼよ」
「!?」
(やっぱりそうだ……お城の行列で一瞬だけ見た……お姫様だ……やっぱり綺麗だ……)
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エリゼ女王は躊躇なく少年の笛を吹き始めた。
突然の飛び入り演奏に最初は静まり帰った酒場だったが、女王の意外に達者な笛の音に他の団員も演奏を再開し、やがて誰も他人を気にしない通常の冒険者酒場に戻って行った。
紅蓮も美柑も胸を撫でおろしてエリゼを見守り続けた。
(し、信じられない、エリゼ女王が……あの綺麗な唇で、僕の笛を……)
楽団の少年サッワは卒倒しそうな程に胸が高鳴り、生唾を何度も飲み込んだ。
一頻り演奏を続けるとエリゼ女王は満足したのか、吹いていた笛を軽くハンカチで拭くと少年に向かって返そうとした。
「有難うね、楽しく吹く事が出来ました。貴方の役割を邪魔をしてしまってごめんなさい」
サッワ少年の目の前にエリゼ女王の顔が迫る。凝視してはいけないと思いつつも、唇や首筋、身体の各所を見てしまう。
「その笛はもう女王陛下にお贈りします。女王が吹いた笛を僕が重ねて吹く事は畏れ多くて出来ません」
少年は小声でエリゼが女王陛下である事に気付いた事をうっかり伝えてしまう。気遣いを感じて、女王は改めて少年に笛を返そうとする。
「……この笛はお高い、貴方の宝物では無いのですか? 頂く訳には……」
「い、いいえ本当にいいんです! お受け取り下さい。他にも笛は持っていますから」
当然他に笛等なかった。女王は戸惑いながらも少年から笛を受け取った。
「あ、有難う……大切に使うわ……」
遠くから紅蓮と美柑は様子を見守り続けていた。
「あの少年に笛の代金を後で渡しておいてよ。十万Nゴールドくらいかな?」
「えーていうかここの支払いも誰が払うの?」
「女王に割り勘って通じるのかな??」
当然数々のクエストクリア報酬を受け取り、一般的な庶民なんかより沢山お金は持っている二人だった。




