貴嶋トキメキ作戦の発動
「何? エリゼ姫いや、エリゼ女王陛下が時折笑顔を交えながら、あの若い冒険者二人と会話を続けておられるだと!? 信じられぬ……」
貴嶋に気脈を通じる侍女がこっそりと状況報告を行う。貴嶋はどの様な内容の話で盛り上がっていたかまでは知らなかった。
「して、女王陛下はあの青年冒険者と会話が弾んでおるのか?」
「いえ、どちらかと言えば主に少女の側と会話をしている様子で御座います」
貴嶋は顎に手を置いて熟考した。
「姫は、あいや女王陛下は今何歳であろうか……」
「女王陛下は今や確か二十四歳になられたと」
「なんと、にじゅうし……!! それであの様に華の如く艶やかに美しく……あ、いや変な意味では全く無い。小さき頃よりお仕えしておっただけに。それで青年冒険者の年齢は?」
「冒険者ギルドの名簿によれば十七歳とか。なにかどこかしらの名家や王族の出と会話から推測出来ます。パートナーの少女は十三、会話から中部小国の何処の王女だと判明しました」
年齢を聞いて貴嶋が驚く。
「何!? 十七と。物腰の穏やかさから老けて見えるのか、もっと上かと。十七か……十七と二十四では……ギリギリであろうか……う~む……しかし少女が邪魔じゃな」
「貴嶋さま……もしや!? アレを……ギリギリで御座いましょうか……」
「うむ……遂にこの時が……トキメキ作戦発動の時じゃ……」
「皆の者! トキメキ作戦発動です!!」
侍女が腕を振り、周囲の者達にトキメキ作戦の発動を指令した。
「では美柑そろそろ帰らないか? 早くしないと今晩泊る宿屋が無くなってしまうよ。またまた野宿は嫌だろう」
「あ、そうだね! 早くしないとお部屋が無くなっちゃうよ」
「それでは……お城に泊まっても良いのですよ、今日はとても楽しく会話を楽しめましたから、せめてものお礼代わりに……」
エリゼ玻璃音女王が慌てて紅蓮と美柑を引き留めようとする。
「いいえ、それは出来ません。僕は父上からなるべく誰にも世話になってはいけないと言われているのです。より厳しい環境に行けと。お城に泊まるなどもってのほか。美柑だけ泊ってお行きよ」
「紅蓮ごめんね! もしかして女王と話し込んで怒っているのかなっ?」
てっきり美柑が紅蓮を置き去りにして怒っているのかと思って慌てる。
「まさか、僕はそんな小さな人間じゃないよ。それに僕も女王陛下にお会いして、ある個人的な思いからとても好感を持っているよ、またお会いしたいね」
「ま、まあ!?」
女王陛下が頬を赤らめる。
(エーーーッ!?)
美柑は女王に会ってから、らしく無い会話を連発する紅蓮に戸惑った。
「お二人共、待って頂きたい!! まだ帰らないで頂きたいです」
「何でしょう?」
そこに貴嶋がわざとらしくやって来た。いぶかる紅蓮。
「お二人は名高い冒険者の方と聞く。そのお二人に是非お頼みしたい事があるのだ。女王陛下は成人に御成りあそばした折、本来なれば城地下のダンジョンに眠る国宝の鏡を取りに行く儀礼があったのじゃ! しかし女王のご体質故に延び延びになってしまっておる……そこでお二人にその儀礼の護衛をお頼みしたい。当然これはクエスト、報酬は高くお支払い致そう」
「これ! 次々にと頼み事を繰り返し失礼ですよ! 貴嶋!」
エリゼ女王が再び貴嶋を叱り付けようとする。
「私は……別に良いけど、紅蓮はこういうの嫌いだから……」
「いや、僕も良いよ。女王陛下とまた行動出来るなんて光栄だね! 是非お受けしたいと思うよ」
(エーーーーーーーッ!? 何故ッッ!?)
美柑は再び戸惑った。
「おおなんと有難い事か! では是非是非おねが」
紅蓮が貴嶋の話を遮って喋り始める。
「では、エリゼ女王陛下と僕達はダンジョン攻略をするパーティーメンバーって事だよね? では以降はクリアするまでは同じ仲間として行動して良いのだよね?」
突然の申し出に困惑する貴嶋。
「そ、それは……」
「それで良いのですよ。一本取られましたね、貴嶋。彼らの実力なら私の身の安全も完璧に守られましょう。一切の不安もありませんよ」
「そ、そうでしょうか……女王陛下がそう仰るなら……」
人々の手前、いつもの様に叱り付ける事が出来ない貴嶋。
「それじゃあどうしようかなあ、美柑あれから結局夕食が延び延びになってしまっているよね! では作戦会議という名の晩餐会を始めようか!」
「あ、それですね! それ賛成ですっ!」
魔法のオコジョ、フェレットも肩の上で喜ぶ。
「おお、それなら城で丁度晩餐会の用意が……」
「いえいえ、冒険者の晩餐会は冒険者酒場と決まっているんだよ」
「何!? 姫、じゃなかった女王を城外に連れて行くと!? そんな事が許されるかっ!」
貴嶋が思わず剣を抜こうとする。
カチッ!
「何!?」
次の瞬間、物凄い速さで動いた紅蓮が抜こうとした剣の柄頭に掌を置いて、剣を抜かせない様にする。
「貴嶋サン、話をややこしくしないでよ! 僕達は仲間のエリゼを悪い様にはしないさ! あんた達が束になってかかっても勝てないのだから、取り敢えずもう抵抗しないでよ」
「女王をエリゼ等と馴れ馴れしく、ぐぬぬ小僧……」
貴嶋が必死に剣を抜こうとしてもピクリとも動けない。
「貴嶋お止めなさい! 貴方が提案した事なのですよ!? 私の度胸を信じられぬのですか?」
「紅蓮やめて~ッ!! なんか今日の貴方変ですよっ!」
「……では離れた位置から監視は付けさせて頂く」
貴嶋はようやく剣を収めた。
「凄く……久しぶりです! 城のお外に出るのは……しかもここは庶民の繁華街ですわね!?」
軽く冒険者スタイルに変装したエリゼ女王が外の空気にはしゃぎ回る。
「ちょ、ちょっと女王……では無くてエリゼ! あんまり離れないで下さいよっ!」
美柑が慌てて追いかける。
「エリゼ! 君は状況の把握が出来る事は知ってるけど、ここにはスリだとかガラの悪い連中もわんさかと居るよ。危ないから僕が手を引こう」
紅蓮は女王陛下の手を躊躇無く掴んだ。軽く頬を赤らめる女王。
(エーーーーーーーーッッ!! ど、どうしたの紅蓮、壊れたあ!?)
いつもの行動と違い過ぎる紅蓮に美柑は戸惑いっぱなしだった。
冒険者の酒場に着く。中にはがやがやと色々な客が居た。
「エリゼ、耳大丈夫? これだけガヤガヤしてて苦しくないかい?」
「うん、大丈夫! 色々な音が混じっていて面白いわ。こんな経験初めて。貴方って凄く優しく気遣いある人なのね……」
「えーっとお二人さん、何頼みます?」
ジト目になった美柑がメニュー表を見る。
「そもそも紅蓮と美柑は、お酒が飲めるのですか?」
「当然飲めないよ。では注文は僕に任せてもらうよエリゼ。取り敢えず僕は琥珀炭酸と羊の串焼きとロブスターが良いと思う。他に何かあれば言ってね」
「じゃあ私はメロンクリームソーダ! え? 無い? じゃあレモンスカッシュで」
美柑が店員さんと会話しつつ注文をする。
「私は……つい最近、ギリギリお酒が飲める年齢には達しているのですが……皆さんと合わせて、いえ紅蓮と同じ琥珀炭酸にしますわ。冒険者の方は炭水化物は摂らないのですか? 肉ばかりのイメージが」
「あっははは! 当然、炭水化物も食べるよ! 何か頼めば良いのじゃないかな、美柑教えて上げて」
「はぁ~~~~~い、そうねっ! うーんとじゃあパエリアなんてどうかな!」
最初ジト目だった美柑が、笑顔でエリゼに応対する。
「はい、お勧めに従いますわ」
「お、来たね! 皆で食べようか、取り敢えず乾杯!!」
三人は炭酸水で乾杯をした。
「この様な肉の塊……食べた事無いのですけど……」
「美柑、お口が汚れない様に……かぶり付く方法を教えて上げて!」
「こ、こうかな!?」
美柑が位置を調整し、女王が串に刺さった羊肉をそのまま思い切り頬張る。
「あーあ、エリゼ、頬っぺたが料理のソースでべちょべちょだよ!」
「まあ大変! 動かないで!」
美柑がごわごわの紙ナプキンで、子供にする様に女王のほっぺを拭く。
「い、痛いです!!」
「ああ、ごめんなさい……」
「うふふふふふ、可笑しい、こんな楽しいお食事は初めて!!」
「ご満足頂けて、嬉しいよ、はは」
紅蓮は完全に宿の確保を忘れている。




