砂緒とフルエレと猫呼とイェラの新居
砂緒と雪乃フルエレ達は、ようやくニナルティナ港湾都市にある、新居となる予定の建物に着いた。
魔ローダー蛇輪は人目に付かない場所に隠してあり、取り敢えずトランクに詰めれる手荷物だけを持っての徒歩での到着だった。
「凄く……大きいですね……ここに住むのですか?」
砂緒が見上げるのは、7階建てのモダンな装飾の入った大きなビルディングだった。
「リュフミュラン王立冒険者ギルド・ニナルティナ支部・本店??」
イェラが看板に書かれた文字を読んだ。
「支店なのか本部なのか良く分からない書き方ね。相当に揉めに揉めた感じがするわ」
猫呼クラウディアが嬉しそうに言った。
「何だか凄く入り辛いわ……お家に入る度に、いちいちこうしたギルドの入り口を経なければいけないのかしら……? そんなお家いやぁ……」
そうこうしている間も巨大な冒険者ギルドの、我々世界で言うギリシャローマ建築風の柱が並ぶ豪華な入り口に出入りする人々が、トランクを両手に持って呆然と立ち尽くす一団を見て、この田舎者めがっ邪魔だ迷惑だっっ! という顔をして通り過ぎていく。
「フルエレさんご安心を! 新たなるご主人に、このギルドの喧騒をお見せしたくてお連れしたまでですよ、住人にはちゃんとVIP専用入り口がありますし、魔法エレベーターも完備してますから!」
瓶底眼鏡を掛けたセレネが、にこやかにフルエレに解説する。
「魔法エレベーターですと!? エ、エ、エレガは居ますか?」
砂緒が少し頬を紅潮させて尋ねる。
「いる訳無い、以上」
セレネはフルエレと話す時とは全く違い、不愛想にぼそっと答えた。
「エレガとは何なのだ?」
「え、砂緒ってエレガフェチなの??」
イェラと猫呼が嬉しそうに食い付いた。フルエレがちらっと冷たい目で見ている事に気付いた。
「何でもありませんから……」
皆はセレネに案内されてVIP専用入り口から魔法エレベーターを経て、ギルドマスター専用の七階オフィスに案内された。
「うっわ、すんごい見晴らし! ガチVIPよVIP!!」
猫呼がイェラと共に大きな窓から外を見る。当然まだあちこちに破壊の後があった……
「あら、いらっしゃいセレネ、またそんな瓶底眼鏡を掛けて……魔力でいくらでも視力矯正出来るのに……部員さん達はお元気かしら?」
如何にも超切れ者美人秘書という感じの女性がドアを開けて入って来る。ぴっちりとしたタイトスカートからすらりとした細い足が伸び、高いヒールを履いている。
「ピルラ……余計な事を言うな。それよりも新たなご主人様だぞ! 失礼粗相の無い様にな! 本当に素晴らしいお方なのだから、ちゃんと応接しないと承知しないよ!」
セレネが旧知の仲らしき、美人秘書系のピルラという女性と話すと、まるで少女歌劇の男役の様にきりっとした話し方になっていた。
「あ、あのセレネ? なんか雰囲気が……それよりこの御方は??」
「あ、ああ、あ、この人はピルラと言って、この冒険者ギルドを事実上仕切る女性です。フルエレさんはご主人として、執事だと思って何でもこの女性に、偉そうに命令してくれて良いのです!」
セレネはフルエレに話し掛けられると、いつもの様に赤面しておどおどする感じに戻った。
「この可愛い女の子が新しいご主人様ねえ?」
ピルラがじろじろとフルエレを値踏みする様にみつめる。
「私の事を忘れ過ぎでしょうセレネ」
砂緒が三人の間に立つ。
「あ、この生命体はフルエレさんの使用人ですから、無視してくれても良いです」
「ふ~ん? じゃあこの可愛い女の子があの魔ローダーに乗って、この街を破壊しちゃった噂の夜叉婦人なんだ……信じられないわね……」
ピルラは遥かに年下の女の子が新たなご主人と聞かされても実感が無く、旧ニナルティナ王国壊滅に不満を持つ人々が、根拠無く難癖で言っている中傷をうっかり言ってしまう。
「私……わたしが……やった訳じゃないのに……皆の為に戦ったのに……」
フルエレが俯いてぼそっと言うと、彼女の背中から凄まじい量の魔力が放出される。もし彼女が魔法が使えたとすれば、一瞬で皆が吹き飛ぶ程の魔力の量だった。
ピルラはフルエレから放出される魔力の量だけで冷や汗が流れ始めた。
「はあはあ……何? 何者なの……??」
「フルエレを侮辱する者は私が絶対に許しませんよ!」
ピルラが気付くと、この世界の魔法体系には存在しない電気系のほとばしる光を指先から放出し、凄まじい殺気を放つ砂緒が後ろに立っていた。そのままピルラはへなへなと床に座り込んだ。
「申し訳ありません。ご主人様、貴方達お二人は確かに、この冒険者ギルドの新たなマスターです。先程のご無礼お許し下さい。今後は手足と思い、何なりとお申し付け下さいませ」
ピルラは改まって深々と頭を下げ挨拶をした。
「そ、そそそ、そんな、分かってくれれば良いの、なんだか悪いわ、ピルラさん頭を上げて!!」
フルエレは急激になんだか申し訳無くなって、超高速で手を振った。
「も~なんでも良いけど、お腹が空いたの! 早くご飯食べて、私の新しいお部屋を教えて頂戴!!」
「私も風呂に入りたいぞ……」
猫呼とイェラが割って入る。
「そうですね、それでは新居に引っ越した記念に、私も皆さんと一緒にお風呂に入りますか!?」
突然砂緒が場面違いな事を言って皆が凍り付いた。




