魔王、沿革・アウトライン 1 神聖連邦帝国と魔王軍
―神聖連邦帝国、人々が幸せに暮らし笑顔が絶えない大いなる聖都。
「お父上、聖帝陛下、素のオートミールがお出来しました。お召し上がり下さいませ」
再び姫殿下が侍女達を従え聖帝の寝所に入る。
「………………贅沢は良くないと申した……しかし味は付けて良いのじゃぞ……」
「こ、これはまた再びご無礼を致しました……」
(難しいです……お父上……)
「うむ、では海苔を刻み、炒り卵が入ったふりかけを持ってまいれ。あの黄色いニクイ奴じゃ」
「これ、早く黄色いふりかけを持ってまいるのです!」
侍女が慌てて聖帝の料理番のシェフの元に走った。
「ほっほっほっ邪叛モズがその様な事を申しておったと……」
聖帝は食事が終わり、姫殿下と話をしていた。普段から親子は大変仲が良かった。
「そうなのです……決して告げ口して罰しようという事では無いのですが、父上のお考えセブンリーファ島の人々も兄弟である……その教えがちゃんと通じておらぬ事が許せないの私」
「ふむ……兄弟である……か。姫よ『伝説』は知っておるな」
「はい、我々聖帝の一族の中で『伝説』と言えば一つしかありません。遥かな古代、セブンリーフ島に平和に暮らしていた我が一族の王子の一人が高い志とフロンティア精神を抱き、一団を率いて東へ東へと旅立った事ですね」
聖帝は目を閉じたまま姫の話を繋げた。
「そうじゃ……内海を東に東に進み、やがてナノニルヴァの津に辿り着き、そこからさらに色々な紆余曲折の果てに青垣の山々に囲まれた、いにしえの聖地に到達した。そこから神聖連邦帝国の歴史は始まったのじゃ」
「それが……その『伝説』がどうしたのですか? お父上」
「不思議に思わぬか? セブンリーフ島で平和に暮らしておったという伝説があるのに、何故邪叛モズは巣くう蜘蛛の様な原住民共と言いおったのだ? 邪叛モズは聖帝の忠実な僕である事は判っておる。聖帝一族を侮辱する様な者では決して無いにも関わらずなのにじゃ」
突然の質問タイムに戸惑う姫殿下。
「それは……邪叛モズが……おっちょこちょいだからで御座いますね?」
「不ー不ー。そうでは無いのじゃよ」
「では何故なのでしょう」
「ではこの様な事を考えた事はあるかな? フロンティア精神を抱き東に向かった一団とは別に、当地に居残った人々はどうなったのか? と」
「居残った人々のその後……ですか? やはり技術力の高い北方列国になったのでしょうか」
「再び違う。もしそうなら忠臣の邪叛モズはユティトレッドを蜘蛛だの原住民だの言わぬはずじゃ」
「あぁ……」
「セブンリーフ島は概して、ニナルティナの北の飛び地と北の海を挟んだユティトレッド等の海峡北方列国群、メドースリガリァをかつて代表としてまとまっていたニ十か国程の中部小国群、そして魔王軍が存在し、無人の未開地等と言われておる南部の、大まかに三つの地域に別れておる。では果たして東に向かった一団が出発した、太陽に向かう浜はどこにあるかな?」
再び質問タイムが始まった。
「伝説ではどちらかと言えば……セブンリーフ南部でしょうか」
「うむ、実は聖帝の一族とセブンリーフ海峡の北方列国とは殆ど関係は薄い。そして中部小国家群と聖帝の一族は細いが繋がりはかつてあった。もしかすると小国の何処かに聖帝の血を細々と受け継ぐ国があるやもしれん。先程の話に戻そう、セブンリーフの地に居残った人々は、発展を目指し東に向かった一団とは真逆に、機械技術に頼り過ぎる生活や高度な都市文化を捨て、自然と共に、動物やモンスターと共生する暮らしを選んだ……やがてその生活スタイルは北方列国の人々達から蔑まれ、未開地だの野蛮人だの呼ばれる事になった……」
「……もしかして父上……」
「そうじゃ……現代、魔王軍と呼ばれておる人々は我ら聖帝の一族が東に向かった時に居残った人々の末裔、文字通り神聖連邦帝国と魔王軍は祖先を同じくする兄弟なのだよ……」
「それで……よく事情が分からない海峡の北方列国の人々を、邪叛モズは蜘蛛等と恐怖交じりに呼んだのですね……」
「うむ……魔王軍と呼ばれる一族の中に、隔世遺伝の様に時折聖帝一族並みに、姫よお前の様な巨大な魔力を持った者が生まれる……それが突如出現した魔王の正体じゃ」
姫殿下がハッとした顔をした。
「それでは紅蓮は何の為に魔王討伐に向かったのですか? 同族で殺し合うのでしょうか?」
「いいや違うのじゃ。紅蓮が向かったのは本当は魔王討伐が目的では無い。本当の真の目的は魔王軍との和合、神聖連邦帝国と魔王軍との再びの繋がりなのだよ」
「そ、そうなのですか? でも紅蓮はその様な事何一つ知りませんが」
「奴が真の聖帝の一族として、物事を歪み無く見る眼を持っておれば必ずや真実に辿り着く。魔王と和合を果たし、歴代魔王が持つ最強の魔ローダール・スリーを授かり戻って来る……そう思っておる」
「そ、そうであったのですね! 私少しホッと致しました。もし神聖連邦帝国と魔王軍の戦にでもなったらと……紅蓮よ本当に見事魔王軍との和合を成し遂げて下さい」
姫殿下は手を組んで目を閉じて祈った。
「もし……見事神聖連邦帝国と魔王軍の大連合がなった時……その時こそ、この私自らが神聖連邦配下の国々の大軍勢を率い、セブンリーフ北方列国に親征を挙行しようぞ。その時、歴代の聖帝が夢見て果たせなかった、全土の天下一統を成し遂げん!!」
突然聖帝はくわと目を見開き、拳を握り挙げた。いつもの優しい父上の顔では無かった。
「………………え?」
「ごほっごほっ」
気勢を上げた為か、聖帝が咳き込む。侍女達が慌てて聖帝の身体を寝台にゆっくりと寝かせた。
「お、お父上、ご無理を為さらないで下さいませ……」
(シューネ、どうすれば良いのでしょうか……)
姫殿下は幼馴染で知恵者の重臣、シューネに相談しなければと思った。
「姫殿下、貴城乃シューネ罷り越しました」
銀髪の目が据わった青年が、姫殿下が指定した部屋にはいって来る。しかし通常の家臣と違い、幼馴染である彼は、一切恐怖で畏まったり媚びを売る様な態度は感じられなかった。
「おお良く来ましたねシューネ、是非相談したい事があるのですよ」
ずっと自分で聖女の様な態度を演出していた姫殿下は、ぱあっと明るい自然な笑顔になった。
「何なのですか姫乃……いえ、姫殿下。私も忙しいのですよ」
「姫乃で良いのですよ! 昔は良く広い宮廷の中でかくれんぼをしたり、父の目を盗み私の手を引いて宮廷の外に連れ出してくれ、二人で街の様子を見たりしましたね……」
シューネは頭をぼりぼりと掻いた。
「何年前の話をしているのですか? 一体いつまで乙女のおつもりなのです! お早くどこかの良き王子とご結婚為さってください」
「………………シューネ」
しゅんと落ち込む姫乃を見て、シューネは内心少し心が痛んだ。
「私と貴方が少しでも会話しただけで、子供が生まれるだの私が国を乗っ取るだの囁く痴れ者のやからがわんさと宮廷には居るのです。二人では余り会わない様にしたいと思います。それで御用は何なのでしょう?」
子供が出来る……という言葉を聞いただけで激しく赤面してしまう純真な姫殿下。




