戦い終わって日常
砂緒がひたすら東に東に向かって馬で走り続けていた頃、イェラはようやくばったり猫呼と再会する事が出来た。
港湾都市の辺りにまでリュフミュランの正規軍と村の義勇軍がひしめき合って来たので、自動的にそれらに保護されて出会う事が出来た。
「砂緒様からお二人を保護する様にと指示を受けております! どうか離れないで下さい」
「正気かお前たち……あんなのの指示を真に受けてどうするのだ」
イェラが呆れていつもの癖で猫呼の肩に両手を乗せる。
「霧に巻き込まれた時は不安だったから、私はみんなに出会えて良かったよ……あれ、あんな所に座り込んでる人がいるみたい」
猫呼が指さす先には、建物の隅に項垂れる様に座り込む若い男性がいた。
「あれは……スピナ殿ではないですか!」
正規軍の騎士の一人が言った。その言葉を聞いて猫呼とイェラを先頭に皆が走り寄った。
「騎士さま大丈夫ですか!? お怪我は無いですか!!」
「気を付けろ、本物のスピナとかでは無く三毛猫仮面とやらが変装した姿かもしれん」
イェラがさっと猫呼を隠す。倒れこむ青年は体中がぼろぼろだが、美形の顔だけは傷一つ無くピカピカだった。
「これは……これは、可愛い、ね、猫耳のお嬢さん、初めまして。せ、占領反対派に襲撃されこのザマです。わ、私などよりどうぞ民間人の救護を……」
余程体面に拘る性質なのか、ぼろぼろの身体ながら騎士らしく胸に手を当て、軽く会釈するとしかしぷいっと横を向いてしまう。
「でも騎士さま……お怪我がひどそうですが」
なおも仮冒険者ギルドマスターの癖で怪我の心配をしてしまう猫呼。
「本人が要らぬと言っているのだ、放っておけば良いぞ」
イェラが猫呼の腕を引いて連れ去ろうとする。しかし猫呼は足を踏ん張って留まった。
「あの…騎士さま、よろしければ、おかーさーーん俺のチュニックどこ~~~? って……言って頂けませんか??」
「………………い、言う訳が無いでしょう。くくく……ね、猫耳のお嬢さん、わたっ私を笑い死にさせる気ですか……くくく……い、いてっくくく……」
何かのツボにハマったのか、普段無表情で高潔を装うキャラと違い、スピナはボロボロの身体で腹を抱えて笑い出した。騎士団もイェラも猫呼も場違いな爆笑を続けるスピナを怪訝な顔で見つめた。
あれから三か月以上が経っていた。
「フルエレ、いい加減真面目に手伝おうって気にならないの! 砂緒を見て、あれだけ人格的に破綻している彼でも普段は凄く真面目に働いているのよ!」
猫呼が指差すと、真面目に喫茶スペースのテーブルをせっせと拭き続けるボーイ姿の砂緒の姿があった。
対してフルエレは久しぶりに制服化したメイド服に着替えてはいるが、一切手伝う様子は無く雑誌を見たり、勝手にメニューを注文して飲んだり食べたりするだけだった。
「砂緒最近何か良い事があったのかしら……あれだけ殺気立った目をしていたのに、今は時々神像みたいに爽やかな顔をしている時があるのよね……怖いわ……」
フルエレはストローを咥えて上下左右に動かしてだらんとした。
「どうしたの……かしらね~~」
猫呼は、砂緒が時々フルエレの行動の裏をかく形で、城にすっ飛んで行っている事を知っていたが怖くて言えなかった。猫呼がなんとなく想像する通り、砂緒は七華との逢瀬を楽しんでいた。
「イェラもフルエレにただでメニューを出さないでよ! あ、あれイェラは??」
猫呼が調理スペースを覗き込んでもイェラは居なかった。
「おいフルエレ! 一つ仕事が出来たぞ、外で新人冒険者ぽい制服姿の女の子がうろうろしては迷っている感じだ。登録するのに躊躇しているのだ、優しくガイドしてやってくれ」
「あ、ちょっとイェラ! フルエレにただで食べ物出さないで頂戴!!」
野菜を握ったイェラがフルエレに指示して調理スペースに入って行った。猫呼が追いかけて行く。
「仕方ないわね……新人冒険者さんにお誘いか、やってみましょう……」
真面目に働きながらも時々一人でふふっと笑ったりする不気味な砂緒を置いて、フルエレは一人で入り口に向かった。
入り口のドアから外を眺めると、なにかハイソっぽい高級な制服に身を包んだモデルの様にスラッとした背の高い髪の長い少女が、入ろうか入るまいかひたすら迷いに迷っている感じでうろついている。
ただその少女が単なる女学生さんでは無くて、細くて長い剣を腰にぶら下げている事からも冒険者だと判った。ただスタイルに見合った整った顔には今時珍しい程の、ぐるぐる巻いた瓶底眼鏡が掛けられていた。
「緊張するわぁ……」
緊張する少女を前にしても、自分自身誘う事に緊張するフルエレが、はぁっと深呼吸すると外に出た。
「ああ、あの、冒険者さんいらっしゃいませ……? 何か御用ですか……」
「わたし……その……冒険者じゃなくて……よ、よよよ、用事が……その」
二人共見事にキョドっていた。
「あはははははは」
「何がおかしいのでしょう……」
突然笑い出したフルエレに対してカチンと来たのか、制服眼鏡少女がちょっとムッとした感じで聞いた。
「同じだから! 初対面の人と話すのが緊張するのが、同じだから笑ってしまって! ごめんなさいね」
「え……貴方みたいな可愛い子がですか??」
長身のスカートの長い制服眼鏡少女が意外……という感じでフルエレを見た。
「貴方だって背が高くてスタイル抜群なのに、私から見てもどうしてって感じよ!」
フルエレは思わず制服眼鏡少女の手を取ってにこっと笑うと、制服眼鏡少女は頬を赤らめた。
「わた、私はセレネと言います。雪乃フルエレという、ここの女主人に会いたいのです。メイドさん案内して……下さい。恐ろしい方らしくて、とても緊張しているの」
雪乃フルエレという恐ろしい女主人を探していると言われて、フルエレはしばし呆然とした。
「……それ……私です……」
「えええ!?」
制服眼鏡少女は両肩がびくっと跳ね上がるくらいに驚いて、フルエレと同じように黙り込んだ。




