メルヘンⅡ わたしの王子さま!! 後
「なんだ……この花?……しちか?……しちか!!」
いくら呼んでも七華は起きない。慌ててベッドに飛び上がると、七華の肩を揺り動かす。
「しちか? 大丈夫ですか?? 起きて下さい、七華!」
「うふふ、ふぁ~~~~もうなんですの砂緒さま……」
肩を揺すられ半笑いの七華が眠気まなこで起き上がると、うーーんっと背伸びをした。
「あ、あれ? 斬られたり毒を盛られたり、妙な魔法を掛けられたり、何か無いのですか?」
砂緒は七華の上半身をあちこち探る様に調べまわる。
「何ですか一体。あの……この無数の薔薇は……何ですの? 砂緒様が私の為に??」
「いや、これ違うのですよ、私にも何が何だか分からなくて」
本当に三毛猫は何がしたいのか訳が分からなかった。七華は目を閉じると自分の両手を胸に当てた。
「嬉しい……覚えておいで下さったのですわね……戦が無事終われば……一緒に過ごしましょうとお誘いした事を……しかもこんな演出までされて……」
「違うのですって!」
よく見ると砂緒が無理に起こした為に、七華が着ているネグリジェは乱れて脱げかけている。
「うふふ……砂緒さまがこんなにむっつりだったのなんて、凄く意外で素敵ですわ。あの言葉ばかり考えて飛んで帰って来たのですわね……」
「いえ、七華の無事が確認出来ましたので、これで帰ります」
来る直前のフルエレの眠る顔が浮かび、砂緒はきっぱりと断った……つもりだった。
「嘘ですわね……もしフルエレと上手く行っているのでしたら、どんな理由があれ、ここには来る事は無いですわね」
本当に人道上の理由から飛んで来たつもりの砂緒は言葉に操られた様に動きを止めた。同時に七華は脱げかけの乳房に砂緒の腕を抱き寄せた。
「フルエレは……とても良い人と思いますわ。けれど思い込みが強い子の様な気もしますの。いつも思わせぶりな事ばかり言っては、肝心な時になると拒絶ばかりするのでしょう……」
「………………」
「うふふふふふふ」
「……何が……おかしいのでしょうか?」
「そ、そんな深刻な顔をして、冷や汗を流さないで下さい。額に文字が書いてある様ですわ、図星と。そこまで裏表が無くてどうするのでしょう」
「や、ややや、やっぱり、か帰ります」
「ここまでにしておいて、帰るのは酷いですわ……」
七華は自ら着ている物を上半身から脱ぎ去ると、朝日の中で真っ白い裸身を砂緒に見せた。
「いやーちょっとこれは……」
「ちゃんと見て下さいまし……もしお嫌なら、特殊な能力でも使って突き飛ばして下さい……」
リュフミュランに来た直後の砂緒なら『どけ』の一言で済む話だった。
自分の体内をちょこまか走り回るハムスター程度に過ぎなかった人間の女性が、今や思春期の少年の様に裸を直視するのも難しい存在になっていた。
「どうすれば……?」
砂緒は弱ゝしく聞いた。
「お好きに……見て……触って……そこから先はお教えしますわ」
砂緒は言われるまま、目の前の美しく円錐型に飛び出た白い乳房におずおずと手を伸ばした。手が伸ばされた途端に七華が上から手を重ねて逃さない様にした。
「う……」
「砂緒さま……私だって恥ずかしいのです……心を定めて下さいな」
二人のやり取りを見定めて、侍女達が無言で部屋を出て、静かに扉を閉めた。
「しち……か……七華!」
そのまま二人は静かにベッドに倒れ込んだ。気が短い父王の視界外で命がけのイチャイチャを繰り返す、という遊びをして来た砂緒と七華だったが、この時二人は初めて深く結ばれた。
外は日が差しとうに明るくなっていたが、二人の密やかな動きはいつまでもずっと止まらなかった。
目が覚めると夕日がさし既に夕方になっていた。
「おはようございます。侍女に煎れさせた物ですが、珈琲をお飲み下さいまし……」
既にカッチリとドレスに着替えた七華が、ベッドに腰かけ微笑みながら両手で持った白い陶磁器のコーヒーカップを差し出す。
「あ、お、あ、おはよう……ございます」
砂緒は昔〇〇エさんで観たという、正座をして両手を付いて頭を深々と下げる、初めての朝を迎えた時に行うという挨拶をした。
「な、なんですのそれは!? 珈琲がこぼれてしまいますわ!」
七華が片手で口を隠して笑う。
「す、すぐに帰らないといけません。フルエレが……心配していると思いますので」
七華が本当に屈託なくにこっと笑った。
「勘違いしないで下さい、以前の様にフルエレに対抗しようとか、勝ち誇ろうとかそんな事はもうどうでも良くなりましたわ。……すぐにで無くとも良いのです、いつかフルエレにちゃんとお話しして下さいまし……ね」
「う……あ……お?」
七華は以前の様な尖った部分は消え去っていた。砂緒の想像以上に深刻な事態になっている事に今さら気付いた。




