メルヘンⅡ わたしの王子さま!! 前
急がなくてはいけないのに砂緒は一瞬フリーズしてしまう。しかし視界に入る立ち尽くすフルエレの魔ローダーを見つめて冷静さを取り戻した。
「おい! 魔呂の戦闘に巻き込まれた怪我人がいないか辺りを徹底的に探せ!」
(マロて……)
メドース・リガリァ等の中部各国が引き下がると、入れ替わる様にやって来たリュフミュラン正規軍が怪我人がいないか調べ始めた。もうすぐこの辺りは軍人でひしめく事になりそうだった。
「三毛猫は常に猫呼を避けている感触がしますね……それにこれだけ人が増えればイェラもそうそう襲われたりはしないでしょう」
砂緒の中でイェラと猫呼は大丈夫という計算になった。
「ここは正直にフルエレに言って、城まで飛んでもらいましょうか……一緒に行けばあらぬ疑いもかけられないでしょう」
ガンゴン!
砂緒はフルエレの魔ローダーまで行くと、軽く硬化させた拳で足をなぐった。
ウイーンとすぐさま反応して魔ローダーが片膝を着き、掌を砂緒の前に差し出した。ひょいと飛び乗る砂緒。
「フルエレ! 先程は悪かったです! お願いがあります!!」
砂緒は先程軽く不満を述べて飛び出した事を思い出した。
「どうしたの? 何故謝っているの??」
フルエレも幸い忘れている様で良かったと思った。
「フルエレ、聞いて下さい!」
「……砂緒来てくれて良かった……なんだか凄く眠たいの。今も危うく気付かない所だったわ」
以前兎幸がサーペントドラゴンを二匹程倒した直後にスリープモードに移行したのと同様、さしもの雪乃フルエレもほぼ一日中魔ローダーを動かし続け、さらには月まで行くという尋常じゃない行動の結果、激しい疲れが出ている様だった。
「う、うん、フルエレ……頼み事があるのですが……」
「……ごめんね、起きたら絶対言う事聞くからね……」
フルエレはもう意識が朦朧というレベルで謝ると、スッと手を差し出した。
髪を触りがちな砂緒に対してフルエレは手を繋ぎたがる癖がある様だった。砂緒はそれ以上無理やり起こす事は出来ず無言で手を重ねた。
「砂緒しゅき……むにゃ」
手に触れると安心した子供の様に、にこっと笑いながらスヤスヤと眠りに落ちた。
眠りに落ちる寸前でフルエレが余り普段言わない本心が出たのか砂緒はドキッとした。この子を守ろうと決意した。
「フルエレはやはり凄く可愛いですね、お返しに髪を触ります」
急激に眠り髪が乱れ、頬に掛かったフルエレの髪を起こさない様に整えると、そーっと手を離した。開いたままのハッチから外を眺めた。視界に衣図ライグが入る。
「衣図! 頼みがあります!!!」
掌から飛び降りると、衣図の前に走って行く。
「おお! やっぱり魔ローダーに乗ってたか! お前はやっぱり凄い奴だぜ! 色々聞かせてくれや! フルエレはどうした??」
「フルエレは疲れて寝ています! フルエレが起きた時にお腹が空いていると可哀そうなのでおむすびとお菓子を用意して下さい」
「お、おお?? おいおいなんだぁ」
砂緒は衣図の言葉を完全に無視して自分の言いたい事だけを言った。
「それとよく走る馬を二頭下さい。途中で捨てるかもしれません、すいませんが早く」
「お、おお?? 言いたい事だけ言うつまりかお前。殴るぞ」
そう言いながらもラフに指示してすぐさま馬を二頭用意させる。
「すいません急いでいます。あとイェラと猫呼が見つかりません。三毛猫仮面もそこらへんをうろついているかもしれません、警戒して下さい! それとフルエレの安眠を妨害しない様に見張りを付けて下さいよ!」
「お、お前……」
ラフが馬を二頭連れて来るやいなや、一頭に飛び乗りもう一頭のたづなを握り、挨拶も無しに言いたい事だけ言ってもう走り出した。
七華の事が決して重要だったりした訳では無いが、特殊能力がありそうな人間達の中では七華が最もか弱い存在だったので、仕方なく向かうしか無かった。
砂緒はあちこち破壊され、巨大な竜の死体がごろごろ転がる港湾都市を東に走りに走り抜け、ニナルティナとリュフミュランの境界にある山道に入るとへたり始めた一頭目の馬を捨て、二頭目の馬に乗り換えるとそのままひたすら山道を東に進んだ。
以前大迂回作戦の時にフルエレと二人で魔輪で駆け抜けた山道だった。月明りだけが頼りだったがもう朝に近い時間になっていた。
「ようやく城が見えてきましたね……」
リュフミュランの郊外に入り、遠くに城が見え始めた。以前フルエレと二人で、城の横に高い塔の様に立っていた、歴代王様に似せて塗り固め直していた巨像をぶち壊した為に、もうあの壮観な眺めは無かった。
「着いたっ!!」
城の三重の城壁の外側に到着する。
「砂緒様!? お急ぎですか!?」
「お急ぎです!!」
以前から何度も七華リュフミュラン王女と手を繋いで出歩いたり、馬車で出入りしているので門番からは当然顔パスだった。少し開いた門から躊躇わず駆け抜けていく。
「こんな朝早くからどうされました!? 戦場では無かったのですか??」
「七華に呼ばれています。早く開けて下さい」
一応城を壊滅から救い、七華とも親しい騎士・砂緒だったので城自体にもすぐに入れる。
「ああぁもう城の中は入り組んでてめんどくさいですね」
砂緒は七華が心配で内心イラ付いている事に自分でも気付いていない。一瞬ランプを盗み取ったが、辺りを見ると完全に朝日が差し込みもう明るかったので置き直す。
「七華! 七華!! 無事ですか??」
七華の部屋の前に立つと躊躇無くばんっと重厚な扉を開け、部屋の中にある天蓋付きの豪華なベッドに歩み寄る。砂緒の動きを察知したメイド姿の侍女達が数名無言で後から続き一緒に部屋に入る。
「……しちか……?」
七華を見ると、彼女が眠る豪華な天蓋付きのベッドの周囲には、無数の血の様に真っ赤な薔薇の花びらが敷き詰めてあった。




