大気圏突入、空から降りて来た二人、とどめを刺す
地上ではもはや深夜となり、多くの国の軍が魔ローダー回収を諦め撤収や野営の準備をする中、メドース・リガリァ軍だけがしつこく魔ローダーへの攻撃を繰り返した。
「我らメドース・リガリァ王国はかつてニナルティナやユティトレッドの北方列国を押しのけ、中部の諸国をまとめ盟主の座に就いた事すらある由緒ある国なのだ。しかし偉大なる王が亡くなられ威信は低下し百年も屈辱を味わって来た。この魔ローダーを手に入れ、再び栄光を取り戻す!!」
何発撃っても傷一つ付けられないにも関わらず、魔戦車の攻撃をひたすら続けるメドース・リガリァ軍だった。
「もう眠いよ……お兄様が心配なのにお腹は空くし眠くなるし、私って薄情な人間なのかな」
三角座りをして、同じく横に座るイェラの身体に、もたれ掛かる猫呼が眠い眼をこすりながら言った。
「そういう物だ。人間なのだからお腹も空くし眠くもなるのだ。寝てもいいぞ何かあれば起こしてやる」
「そんな……訳には……行かない……むにゃ」
兄が心配という猫呼の心情は真実なのだが、10代前半の少女として眠気には勝てなかった。イェラは眠り始めた猫呼の顔を笑顔で見ると肩を優しく抱いた。
眼前ではピクリとも動かなくなった巨大な群青色魔ローダーに、魔戦車の猛烈な攻撃が無機質に続いていた。
「フルエレ、これから地表に向けて大気圏突入という奴をやります。多少熱くなるという噂がありますが、気にする程ではありません。一緒に頑張りましょう!」
元の世界が近づきつつある時に砂緒が唐突に言い出した。
「え? それはどういう事? 熱いってどれくらい熱いの? 夏の暑さくらい??」
「やわな物だと焼き尽くされるくらい熱いという噂です。映画で観ました」
「ちょっと! 何でそんな重要な事最初に言ってくれないの? 一緒に居ようよ、こっちに来て!」
フルエレが不安で泣き声になる。
「駄目です、個人用の冷却装置があるかもしれないので、座席に一人で座っている方が無難です」
「嫌よ! もし死ぬなら砂緒と一緒に居たい」
「大袈裟ですって。月に行くだけで普通なら何度も死ぬ様な危険がありましたし、今度も恐らく大丈夫ですよ」
「もーーーーーーー!!」
「ほら、アラートが鳴り出しました。突入開始ですね……あれ、室内が真っ赤にならない、何故!?」
「え? もう始まっているの?? 至って普通だわ……室内が真っ赤になるの!?」
「はい、コタツの中に潜り込んだ様に室内が真っ赤になるはずなのですが……至って変化無しです」
機体の外側では鳥型の翼が摩擦を極限まで軽減する形状に変化し、金色の粒子が猛烈に放出されながら物凄い勢いで大気圏に突入していた。
しかし二人が操縦する室内は至って快適なままであった。
「何だこれは……金色の粉が降って……空が金色に光っている……」
イェラは猫呼が寄りかかる事も忘れて突然の夜空の変化に急に起き上がる。
「なぁに……眠い……」
「起きろ猫呼! 夜空が変だ。金色の帯が出来て金色の粉が降って来た」
イェラが言った様に夜空に突然金色の巨大なオーロラ状の物が何層にも発生し、金色の粒子が降り注いだ。
「もうすぐ地上です。飛び立った地点のまま! ほら大丈夫だったでしょうははははは」
「一か八かだった癖に偉そうにしないで欲しいわ!」
フルエレも恐怖感が無くなり相当ホッとして、嬉しくて軽く笑いながら喧嘩口調で言った。
「もしル・ツーが稼働していたら鉾で戦いますので、地表寸前で人型に変形して逆噴射を掛けます。衝撃があるかもしれません、気を付けて下さい!」
「はい!」
予告通り真っ逆さまに地表に向けて落ちていた鳥型の二人の魔ローダーは、文章で形容するのが困難な程の複雑な変形機構により瞬時に人型に変形すると、人型のまま翼を大きく広げ、金色に発光しながら一層大量の金色の星形粒子をまき散らしてバーストを掛けた。
「降ります」
「はい」
砂緒が合図すると、鉾を持った金色に発光する巨大な魔ローダーは、擱座したル・ツーとそれを取り囲む無数の魔戦車の間に、まるでメリーポピンズの様に恐ろしくふんわりと地上に降り立った。
「ド派手過ぎるだろう……砂緒、フルエレ……何事だ」
「何なのよ~~眠たいしピカピカ光るし、頭がふにゃふにゃよ……」
帰還した二人の魔ローダーをポカンと見つめるイェラと猫呼。
「……神だ……」
どこの国の誰か分からないが、兵士がポツリと呟いたのをイェラは聞いた。
「何かややこしい事になっていますね。ル・ツーの周囲に魔戦車が陣取っています」
「各国の軍隊がル・ツーを武装解除しようとしてるのね……」
「どうしますか?」
「え、私が決めるの? 砂緒が決めて欲しいわ……」
「ではこのままル・ツーの操縦席辺りにこの鉾を突き刺してみます」
言うな否やいきなり魔ローダーが鉾を振り上げた。
「ふわー止め止め。駄目よ。禁止です」
フルエレが念じて鉾を振り下ろす動作をロックする。
「ほら、またですよ。私が言った事は大抵禁止じゃないですか。私はフルエレに尽くして尽くして尽くし続けですが、フルエレは本当に私の望みは大抵拒否しますよね。何もしてくれないです」
「……そんな言い方しなくたって」
上の操縦席からのフルエレの声が悲し気に変わったので慌てる砂緒。
「あ、いいえ、違うのです。違うのです。よく考えたら猫呼の事もありましたし、出来れば生け捕りにしましょうか」
「そうよね!」
途端に明るくなったフルエレの声。
「構わん、連中は敵では無い文句は無いはずだ、連中に当たらん様に撃て!!」
そんな会話をしている最中だった、いきなりメドース・リガリァ軍の魔戦車がル・ツーに向けて攻撃を再開した。
ドドドドドオーーーン
「うわ、あっぶな~い、私達に当たるでしょう……失礼ね……」
「当たっても痛くも痒くも無いとは言え、確かにカチーンと来ますね」
二人の魔ローダーはル・ツーに猛攻撃を加える魔戦車達をぼーっと眺めた。神々しく降臨した割には形無しな状態になっていた。
「どうしますか? 魔戦車を二~三カチ割ってみますか?」
「いやそれは駄目です!」
等と再び言い合いしている時だった、二人の魔ローダーが接近した事でアラートが鳴ったのか、今まで動きを止めていたル・ツーが突然動き出した。
動くと言っても項垂れた状態で肩を左右にぐりぐり動かし、なんとか起き上がろうとする足掻きの様な動きだった。
「うわ、動いた。危険なので止めを刺します、良いですね?」
砂緒が許可を取る間も大きな剣を振り上げ、魔戦車に対して威嚇する様な動きをするル・ツー。
「分かったわ……私も砂緒と一緒に止めを刺します。横に来て欲しいわ」
「ようやく分かってくれましたか」
すぐに下の通路から這い上がって来た砂緒は、フルエレの座る操縦席の後ろから操縦桿に手を重ねた。
「では一緒にまずはこの大きな剣を無効化しましょうか。肩を狙いましょう!」
「……はい」
二人が念じると大きな鉾をゆっくり振り上げ、そのまま暴れ始めたル・ツーの剣を握る肩に向けて鉾を突き刺した。
ズギュル!
表現の難しい鈍い音と共に巨大な鉾が肩に突き刺さると、そのまま抉る様に回転させ、剣を握っていた方の肩を完全に切り落とした。
ズシャッ、ゴキーーーーン!!
ル・ツーの腕と大きな剣が砂浜に崩れ落ちる不気味な音がした。同時に冷却液だか機械油だか何かがブシューっと噴き出した。
「なんだか機械なのに気持ち悪いわ……」
「はははははは、初めての共同作業がこれとは、なんだかおあつらえ向きな気がしますよ」
「よし、外れた肩の内部を狙え! 撃て撃て撃ちまくれ!!」
すかさず魔戦車部隊に攻撃を指示するメドーサ・リガリァの司令官。二人の魔ローダーを無視する形で猛烈な攻撃が繰り広げられる。
「言っては悪いけど……なんだか鬱陶しいわね……これ」
「私もフルエレと全く同じ意見です」
ウィーーン、グイイイーーン
片腕を無くしたル・ツーが再び突然動き出し、もがく様な動きを始めた。
「このままでは周囲に被害を出しかねません。動かない様に片足を潰します」
「いいわ、分かったわ」
そう言うと二人の魔ローダーは片足を上げ、ル・ツーの太もも辺りを思い切り踏み潰そうとする。
ゴシャッ!!
しかし魔ローダーの重みと踏む力を持ってしても潰すまでには至らない。
「突き刺します!」
「うん……」
再び大きく鉾を振り上げると、ゆっくりと狙いを定め、自らの機体の足で押さえる太ももの付け根に向けて鉾を突き入れる。
ブシューー!!
再び大量の機械油か何かが噴き出す。片腕と片足を完全に切り離されたル・ツーはその場に崩れ落ち、完全に動きを止めた。
もはや機械として完全に機能を失った様だった。
「……操縦席を無理やり開けてみますか」
「そうね、砂緒に任せるわ」
二人の魔ローダーがしゃがみ込み、片膝を着いてル・ツーの操縦席のハッチと思しき辺りに指を掛けた。




