月の鉾を引き抜く…
「……ほら……あそこ……何か建っていますね……」
フルエレがひとしきり泣いた後に唐突に砂緒が口を開いた。
「…………え?」
目が点になったフルエレに、砂緒が怪訝な顔をする。
「え?」
「……え?」
二人はほぼ同時にお互い、えっと聞き直す。
「フルエレには見えませんか、ほらこれですよ、拡大! 拡大! モニター画面を指差しながら画面を拡大させると、何か金属的な棒状の物の影がうっすらと見えた」
「わっわっ、何かしらこれ!? はは、早く行ってみみ、みましょうかっ!!」
突然顔を紅潮させテンションマックスでしゃべり出すフルエレ。
「どうしたのですかっ!? フルエレ強烈に赤面していますよ、それに体温も凄く高くなっている気がします!」
「……早く行きましょうよ……」
砂緒はなんだか意味が良く分からなかったが、取り敢えず棒状の物が見える所まで魔ローダーを飛行させた。
棒状の物に接近すると、月面に唐突に突き刺さった魔ローダーサイズの武器の様だった。
「何なのかしらこれ……槍?」
「この幅広の刃先は、これは槍では無くて、鉾という物でしょうね」
「ほこ……?」
砂緒は月面に唐突に突き刺さる鉾を見て、自身が乗る魔ローダーのサイズの巨大化が終わり、通常サイズに戻っている事に気付いた。
「しかしこれはラッキーですね。取り敢えず抜いて貰っておきましょう」
「ええ!? 本気で言っているのかしら?? 置いている物を勝手に持っていくのは犯罪よ!」
フルエレの律儀過ぎる発言に驚く砂緒。
「ちょっと待って下さい、月面に物を置くなんて尋常な行為じゃないです。映画で観た事があるのですが、こういう過酷な場所に設置している物は、取りに行ける技術を習得した時点で、その者が持って行っても良い事になっているんですよ」
「そんな理屈知らないわ! 軍隊か役所に届けて落とした人が現れない限り勝手に持って行くのはネコババよ」
「フルエレこそ本気ですか。地面に突き刺さっている伝説の剣等は抜いた者が貰って良いという国際的な風習があるのですよ。そもそも月面にお巡りさんもいませんし、交番もありませんよ!」
「コウバンて何かしら? 風習? そんな話私知りません!!」
言い合いしていて何だかだんだん可笑しくなって来て笑い合った。
「はい、そういう訳でもう抜きますね!」
笑いあった後に砂緒が何事も無かったかの様に唐突に抜こうとする。
「ちょっと待ってまだ抜かないで! 見て見て、刃先の部分が上を向いてて、柄の部分が地面に突き刺さってる。これは尋常な状態じゃないわよ。放っておきましょうよ」
「もう言い合いも疲れました、抜きます!!」
「ダメッ抜かないで!!」
言い終わってフルエレがまた突然ハッとした顔になって赤面する。
「どうしたのですかフルエレ、何の脈絡も無く突然赤面を繰り返して」
「もういいわよっ! このやり取り嫌いよっ抜いて頂戴」
フルエレの許しを得て早速変形を解除して、魔ローダーを元の人間型に戻すと、早速柄の部分が月面に突き刺さった巨大な鉾を両手で握る。
「では抜きますね……」
珍しく緊張した砂緒が操縦桿に力を込めた。
「あれっ」
砂緒が声を上げる程、拍子抜けする程にあっさり簡単に何の抵抗も無く抜けた。
「やりましたよ! 丸腰だった私達の魔ローダーに遂に武器が手に入りました」
二十五メートルの魔ローダーサイズの巨大な鉾を、片手で宇宙に掲げて無邪気に喜ぶ砂緒。
「おめでとうなのかしら……でももう勝負がある程度、決着がついてから武器が手に入ってもね」
「そうですねえ……みんなが心配なのでそろそろ帰りますか?」
「そうね、こんな所まで来れたのも砂緒のお陰ね……楽しかった! 帰りましょう」
二人はあたかも自動車で行楽に来ていたかの様に気軽に帰還を決めた。
「仮に地球と同様な星の場合、帰還時に衝撃があるかもしれないので、私は自分の座席に戻ります。フルエレもシートベルトをしっかり閉めて下さい」
そう言ってさっとフルエレの後ろから立ち上がると、座席下のシャッターを開けた。
「あっ砂緒、地上に戻ったらまたね」
フルエレが不安そうに手を差し出し、二人はするっと手を触れ合わせた。
「大袈裟ですね。下の座席に移動するだけですよ!」
しかし物凄いスピードで移動出来るのだから大気圏突入能力もあるはず……等とする考えは砂緒の勝手な思い込みだった。もしそんな機能が無かったらどうするつもりだったのだろう?
「鳥型に変形!」
砂緒は気分を出す為に声を出して変形を命令すると、二十五メートルサイズのままだが鳥型に変形し、鳥の足で鉾を掴むと金色の粒子をまき散らしながら、ふわっと飛び上がった。
そして翼全体を金色に発光させながらぐんぐんと速度を上げ、凄まじい速さになって最後は航跡だけを残してビュンッと飛び去った。




