気が付けば成層圏… どこまでも行こう
再び急上昇し、先程よりもさらに高くまで飛び上がると、パッとル・ツーを離す。もはや三毛猫も叫ぶ気力も無くなっているのか無言で運命を受け入れる。
ヒュルルルル……ドドドドドーーーーン!!!
空気を切り裂く音を立てながら、くるくる回転してそのままぐしゃっと砂浜に叩き付けられるル・ツー。見ようによっては虐待に見えなくもない。
「お、おい! どこが最強の機体なのだ!? 凄く弱いぞ」
惨状を目撃してて冷や汗をかくイェラ。
「う、うそ信じられない……砂緒とフルエレって何者なの?? このままだとお兄様が死んじゃう!!」
先程と言っている事が逆転して来た猫呼クラウディア。その眼前で再び立ち上がろうとするル・ツー。
「もう止めて! お兄様も砂緒も止めて!!」
泣き声になる猫呼。
「まだ動いていますね! もう一度くらいやれば潰れるでしょうか??」
ひらりと巨大な鳥型の魔ローダーが飛来して、震えながら起き上がろうとするル・ツーを再びガシッと掴むとそのまま急上昇を開始する。
「まだやるの!? もう殆ど動いてなかったじゃないの!?」
「微妙に動いていました。私の理想としては完全停止を確認するまで何度でもやりますよ」
フルエレは砂緒の事が恐ろしいと思った。
そのままグングンと急上昇を続け、地球の世界ではジェット戦闘機が飛ぶ程の高度まで上がると、ひゅんっとル・ツーを地表に投げ付ける。物凄い勢いで急降下を始めるル・ツー。
「しかし……ここは成層圏と言うのでしょうか? 地表がとても美しいですね」
「ほんとだ……世の中ってこんな風になってるんだね……凄く綺麗……」
もはや落としたル・ツーの事はそっちのけで二人は地表の美しさに見とれた。
「これって、どんどん果てしなく上まで飛ぶとどうなるのでしょうか?」
「え?」
フルエレは砂緒の言葉に好奇心が激しく刺激された事を自覚していた。フルエレももはや戦闘の事などどうでも良くなっていた。
ヒュルルルルルルルルーーーーーードドドドドドドーーーーン
「うわああああああ」
「きゃああああ」
突如空から灰色の物体が猛スピードで無人の砂浜に落下し、物凄い量の水しぶきと砂塵を巻き上げる。ちょっとしたクレーター物の衝撃波だった。とっさにイェラは猫呼を抱き抱え背中で庇う。
「今度こそ動かないか?」
「お兄様……」
しばらく見ていてもピクリとも動かないル・ツー。
ドドドドドン、ドドドーーン、ドドドーーーン。
「うわあ今度は何なのだ!?」
「きゃあっ!?」
ル・ツーに恐る恐る近付きつつあった二人に、今度は別の轟音の連続と衝撃波が襲う。慌てて引き返す二人。
「撃て! 撃て撃て!!」
「群青の魔ローダーの乗員を引き摺り出せ!」
五十匹のサーペントドラゴン達が砂緒とフルエレによって全て倒され、今度は群青の魔ローダール・ツーが落ちて来て動かなくなった事で、南からニナルティナに進軍し活躍の場を探し求めていたセブンリーフ大陸中部各国の軍が、今頃ル・ツーに対して大型魔法や魔戦車で猛攻撃を始めた。
「あの群青の魔ローダーはメドース・リガリァ軍の物だ! 雑魚国は下がれ!!」
中部各国の中では軍事的色彩が強く、魔戦車を複数装備しているメドース・リガリァ国だった。
「何だと貴様ァ!!」
中部各国同士で諍いまで発生していた……
「何をやっているのだこんな時に。砂緒とフルエレはいつ降りて来るのだ」
「お兄様が八つ裂きにされてしまう……竜騒ぎが兄の仕業なら仕方無いのかもしれないけど……助けたい……」
ズドーーーン!!
突然擱座していたかに見えた魔ローダーの上半身が起き上がり、項垂れた様に座り込むと、いきなり腕だけ振り上げて、接近していた魔戦車数両に剣を振り下ろして真っ二つに割った。爆発する車両。
「ま、まだ生きているぞーっ!」
「離れろ!!」
「お兄様……もうやめて……」
しかし歩き回るだけの魔法力がもはや無いのか、中の操縦者が落下で怪我をしているのかそれ以降また動きが止まり、距離を取って再び魔ローダーへの猛攻撃が再開された。
「無駄な戦いだな」
イェラが猫呼を抱き抱えながらポツリと言った。
ル・ツーが猛攻撃を受けている時、鳥型に変形したままの姿でとうに宇宙の境である高度百キロを越え、さらにぐんぐん飛び上がり高度五百キロ辺りまで達していた。
「凄い……夕方から夜になっちゃったね。星の帯が綺麗……直接的に見える気がするわ」
大気汚染の殆ど無いセブンリーフの夜空と比べても、とても綺麗な星空がモニター上に広がっている。いや星空という程度では無く、大型望遠鏡で写した銀河の写真の様な物凄い光景が眼前に展開していた。
「朝とか昼からこれだと分かりやすいですが、これは夜じゃなくて宇宙ですね。私も図鑑を覗き見したりな程度で、こういうのぜんぜん詳しく無いのですが」
「うちゅう……」
「ここまで来るのに酷い重力加速度だとか酸欠とかに陥らなかったので、何かしらの高度な人体への防護措置が施されている……という仮定で、どうせなら月まで行ってみませんか?」
「月!? 月って行けるの??」
「ここに、酸素500時間等と書いてあるので三分の一減っても到達しないなら帰りましょう。最もフルエレが疲れてなければですが」
「全然疲れてないよ! 何だか良く分からないけど……砂緒が行くというなら行こ……」
フルエレは砂緒の手を握った。
「はい! 一緒に行ける所まで行ってみましょう……」
砂緒がフルエレ越しに背中から操縦桿を握ると、加速を念じると機体の外側では一つ一つが小さな星の形をした金色の粒子が翼から放出され、数回くるくると回転しながら航跡を残し、凄まじい速度で加速を始めた。
「乗り降り口と思わしき部分に魔法瓶をありったけ設置しろ!!」
メドース・リガリァ軍の指揮官と思しき者が、再び動かなくなったル・ツーの腹部に高い梯子を掛け、粘着性のある機械油で沢山の魔法瓶を設置すると退避を指示した。
「爆破っ!!」
ドドドーーーン!!
しかし魔法瓶程度の爆発力ではル・ツーの腹に傷一つ付けていない。
「私どうすればいいのだろう……あの人達は別に悪い事はしていないのに……やるせない気がする」
猫呼が様子を見ていて涙を流す。
「それは被害を受けたニナルティナの住民がするならともかく、関係無い大陸中部の軍の連中だからな。嫌な気分がしても仕方が無い」
イェラが冷静に分析した。
「しかし助ける訳にもいくまい。罪人である事は事実だ。耐え忍べ猫呼」
イェラは猫呼の両肩に手を置いて言った。
「………………」
そのまま二人は黙って成り行きを見守るしか無かった。




