前世の希望通り③
それからひと月が過ぎようとしていた。その間の出来事を少しだけ本にでも記しておこうと思う。もし彼女が再び、例えマチルダ以外の姿でも、現れた時には渡せるように……──
学園に戻った後、ローズやヒューゴ先輩、オスカル皇子を含め、私達は敵と戦った旨を伝えるため、皇帝の座に招かれました。
話を全て聞いた皇帝は、元皇后陛下がローズ暗殺を企てたこと、その他諸々の罪により、無期懲役の監獄入りにするという判決を下そうとしていました。
死罪にしなかったのは、皇帝が力に翻弄された自分自身に責任を感じていたからでしょうか。ただ、死なずに一生閉じ込められたまま、というのは人によって死よりも重いことがあります……そこで私は彼女をローランスの領地で働かせることで、罪を償って貰うことはできないかと提案しました。もちろん監視下の中でです。
当たり前ですが、これは随分と反対されてしまいました。皇族であるヒューゴ先輩やオスカル皇子、そしてローズに。彼女が反対するのも無理はありません。相手は自分を危険な目に合わせた張本人なのですから。
しかし元皇后陛下のことを背後で操っていたのはノアが倒した敵であり、それは人間ではなく、人間が作り出した強い負の思念でできた人ならざるもの。強力な思念が集まり具現化した姿が、彼女の持っていた魅了の力に惹かれて取り憑いてしまったのだと……そうギャルル……(ギャルルはお友達になったルナシーです)が、念力のようなもので私の頭に喋りかけてきました。
憑かれたモノが消えた彼女からは、ポッカリと今までの悪事の記憶が抜け落ちたように感じました。自分がなぜ死ぬまで監獄なのかと困惑している様子でした。息子であるオスカルに必死で助けを求めるほど……。彼は、「俺も一緒に罰を受けます……だから母上も罪を償って下さい……」と涙を流していました。
「セリンセちゃんは人が良すぎる。いくら操られていようとも、知らないでやったことだって罪は罪だよ。それで人を殺めようとしたなら尚更。既に彼女は言い逃れできないほどたくさんの人を傷つけているんだ。それを無かったことにして幸せに生きるだなんて、傷ついた人達の気持ちはどうなるの?」
ヒューゴ先輩にはこう言われました。怒っているようにも感じ、その通りだと何も言えなくなった私は、口を閉ざしました。しかしヒューゴ先輩のお母様……新しく即位されることになった皇后様が車椅子のようなものに腰かけた姿で現れたのです。
「ヒューゴ、もう私のことは良いのです。人は怨みや憎しみでは救われません。私はこの先ずっと、陛下や彼女を許すことはできないかもしれません。しかし、罰を与えたいわけではない」
「……っ」
「それに彼女に罰を与えるのであれば、彼女を娶った皇帝はどうなりましょう?……力に左右されていたのは陛下も同じこと。彼女の愚行を放っておきながら、彼女に全ての罪を擦りつけるのは格好が悪すぎます」
この時の先輩のお母様が、あまりにも痛快でかっこよく、鳥肌が立ったことは今でも覚えています。
陛下にとってこれは特大ブーメランだったでしょう。案の定皇帝は痛みの含んだ表情をしていましたから……
こうして元皇后様であるオスカル皇子の母親はローランスの領地で働くこととなり、今はロバートづてに、まるで憑き物が落ちたように一生懸命働いていると聞いています。
そしてオスカル皇子は今も学園に通いながら、暇さえあればボランティアをしに各地を飛び回っているみたいです。
ヒューゴ先輩は覚悟の上で皇太子となりました。現在はエルザ様に見守られながら、皇帝になるべく更なる教養等を身につけています。
それからローズの魅了の力ですが、力の効果はあるものの、私のそばにギャルルがいることで他のルナシーはこの学園に寄ってこれなくなりました。
ギャルルの話によれば、ルナシーは強力な魅了の力によって生徒の負の感情が黒く染まった時に、感染し体を豹変させるらしく……それがどうしたことか、一度私の体に入ったギャルルが学園にいることで、制御ができるようになってしまいました。
原理はよくわかりませんが……私は本当に周りに恵まれていて、なんと運のいいことなのでしょうね……
……というわけで、無事に推し達を死なせない未来にできたので、これからはみんなを幸せにすることに全力を注ごうと思います。
きっとピピとノアのお母様がマチルダの中からいなくなったのは、二人の闇堕ちを回避できたからなのでしょうから……。
私は筆を置き、パタンと本を閉じた。
「姉さん、こんなところにいた。ピピと兄さん見なくていいんですか?」
「えっ、何事……⁉︎」
「今庭園の中に二人きりにしてきましたけど……」
「……ひぃっ、ナイスよノア!すぐに行かなきゃ!ギャルルは絶対に鳴き声出さないこと、約束できる?」
「ギャギャッ」
「……すっかり息ピッタリだ……」
小さく溜息をついたノアを置いて、私は猛ダッシュで庭園に向かう。そして大きな緑の観葉植物に身を隠しながら、ベンチに腰掛ける推しカプの様子を伺っていた。
いつ二人を見てもニヤニヤしてしまうわ……だってピピもアレクもずっと想い合っていたのでしょう?……ずっと両片想いで、やっと結ばれただなんて……なにそれ、最高じゃないっ!二人ともほんとに……良かったねぇぇ……!
感極まって涙が出てくる。原作の二人を知っているから尚更のこと。
「ピピ……アレク、と呼んでみてくれないか?」
やだぁ……私までドキドキしてキュンとしちゃうわ……ちょっと待って、私の心の準備をさせて……
「……ア、アレク……様」
「……っ……」
わ〜〜っ……‼︎……あ、ありがとうございます!本当に、世界に響き渡るほどお礼を申し上げたいっ!
恥ずかしさを隠せずピンクになる頬に、キョロキョロと視線をどこに向けていいのか迷っているスカイブルーの瞳。最後に様をつけちゃうところも何もかも……
うちのピピが可愛すぎる……!そして何よりあのお兄様が、赤面してる〜〜っ?き、貴重だわっ、!ちょっと私の推しカプ、可愛すぎない……⁉︎
心の悶えが振動として植物達に伝わり揺れていく。その瞬間フワッと私の体が持ち上がった。
「⁉︎……ノ、!」
「静かに」
ノアが私を横抱きにして、庭園の外まで運んで行く。
「あんなにカサカサ揺らしてたら二人にバレますって……いつ叫び出すかと焦りましたよ」
「はぁ……はぁ……ありがとうノア。助かったわ……」
ピピノアの破壊力とノアにお姫様抱っこをされたダブルパンチで息を止めていたため、呼吸に乱れが生じていた。
「ねえノア……ひとつ聞きたいんだけど、お兄様は私達の卒業と同時に二人を平民に戻すことにしたのよね?」
「……はい」
「でもそれだと結婚できないんじゃない……?」
なぜならこの世界では、貴族は貴族同士の結婚が義務付けられている。
「できるように変えるんですよ。何もかも先輩頼みで癪ですが、皇帝になった暁には法を改正すると約束してもらいましたから。もちろん書面で」
「……⁉︎」
そう言ってにっこり笑うノア。笑顔はとてもカッコいいのだけれど、背後に黒いオーラのようなものが一瞬見える。私はゴシゴシと目を擦った。
この徹底ぶりは敵に回したら確かに恐ろしいわ……前にヒューゴ先輩の言っていたことがようやくわかった気がする。
「今すぐどこか別の貴族の養子になったほうが、ピピと兄さんが結婚することも容易いですけど、俺達は貴族の生まれではありません。それにローランス以外の家族になるのは違うと感じたので……」
「そう、だったのね……ありがとう、ノア。ピピとお兄様のこともだけど、暗殺者のこととか、私の知らないところで守ってくれて……」
「いえ。結局俺のほうが助けてもらって……カッコつかなかったですし」
数週間前、ノアが私を守ってくれていたことを、ヒューゴ先輩が詳しく教えてくれた。突然停まった馬車でも、眠っている間もずっと……。
どうしてそこまでしてくれるの……?
「あ、ノア。ネクタイ、ずっとつけたままだったから返さないと……」
「姉さん。このネクタイの意味、知ってますか?」
その瞬間、ドキッと胸が高鳴った。首からネクタイを外そうとした手は、上から掴まれて動かせない。体の熱も上昇してきた。
────私の全てを捧げます
それは、男性からの愛のプロポーズの意味。
「学園のジンクス、聞いたけど……ノアのは信頼の証でしょう……?」
「……周りくどい言い方やめます」
「……?」
「好きです」
「……っ、⁉︎」
「俺はどうしようもなく、あなたのことが、好きなんです……」
彼のその表情は切なく儚くて、胸がむず痒い。彼の想いが自分に向いていると知って、呼吸が苦しくなっていく。
なんだろう、なんなんだろう、この気持ちは……苦しいのに嬉しくて、幸せで……涙が出そうだわ……
「これからは俺の番だから。覚悟してて」
「……きゃ、きゃあ〜〜……」
私の体をぎゅっと抱きしめながら耳元で囁くノアの声に、たまらず小さな黄色い叫び声をあげてしまう。彼の腕の中が優しく、愛おしく。我慢できずに涙がこぼれていた───
最後まで読んで下さった読者の皆様、ありがとうございました〜〜!
視点も変わったりして読みにくかったかと思いますが、ここまでお付き合い下さり本当にお疲れ様でした!笑
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