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前世の希望通り①



 ──ここはどこ……?


 そこは暗くて何も見えない闇の中。地に足をつく感触も鈍い。


『うっ、うう〜〜っ』


 誰かが泣いている。

 そうだ……この子は……──


「ぼたん」

『……っ!』


 前世の私だ。夢の中でも泣いていた、大切なもう一人の私。

 真っ暗闇の中、彼女の姿だけはよく見える。私は蹲って泣いているぼたんの隣に座った。


「ずっと、ここにいたのね」

『……私ね、学生の頃は割と優秀な生徒だったんだ……』


 それは、前世で彼女の生きた世界の話なのだろう。彼女の生きた国、日本での……。


『スポーツだってそこそこできたし、先輩には可愛がられて後輩には慕われて、テストだって良い点を取れてた。……でも社会人になって、急に不器用になっちゃって……今まで器用だと思って生きてきたのに、どうして社会に出たらつまづいてばかりなんだろうって思ったらね……、私、自分の考えや気持ちを相手に言葉にして伝えることが、すごく難しかったの。気づいたら自分がどうしたいかじゃなく……、周りはどうしてほしいのかばかり考えてた。だから仕事が、全然楽しくない……』

「……うん」

『それを、心の中で全部会社や周りのせいにしてたんだ……どうして私が上司と後輩の仲介をして、仲を取り持たなければいけないんだろう……他人のミスを私に押しつけてくるのやめてよ。私だってキツイのに、みんなが嫌がる仕事をして何で給料は上がらないの……?認めてくれない会社が悪い、って……最低でしょ?』


 そう言って彼女はまた鼻を啜る。同時に前世での彼女の葛藤が頭の中に流れ込んできた。


──もっとすごいことができたはずなのに!もっとキラキラした人間になるはずだったのに……!どうしてこんなところでくすぶって、どうしてこんなに我慢ばかりしてるの?


 どうして、どうして、どうして……っ!


 勉強ができたらまともな人生歩めるんじゃなかったの?周りに振り回されて、ちっとも自分らしくいられないじゃん!こんな会社潰れればいいっ!


 ……だけど一番……そうやって環境や周りのせいにして、立ち向かえない……弱くて怖がりな自分が、大っ嫌いだ……っ……──


 一人で震えて泣いている。心の中で会社や周囲に対して文句を言ってしまう自分と、文句を言うだけで何も問題を解決できないダメな自分で、ぐるぐるぐるぐるしてきたのだろう。それが彼女の本当の気持ちを閉ざしていた。

 この子はただ……本当は……


「ぼたんはただ、誰かの役に立ちたかっただけなのにね……」

『……!』

「本当はただ"ありがとう"って、言われたかっただけなのにね」

『……っ……そう、だ……そうだった……私はただ、役に立ちたかっただけ……っ』


 まるで本来の自分の姿を思い出したように、ぼたんから流れる涙は止まらない。いつからこうして泣いていたのだろう。

 はやく見つけたかった……遅くなってごめんね。


「誰かの役に立てたら嬉しい。誰かがありがとうって言って助かってくれたら嬉しい。本当のぼたんは、そういう子……それなのに、自分に合わない会社の規定やルールに従ううちに、本来の姿を閉ざさないと生きていけなくなってしまったんだね。……それってやっぱり、環境や社会のルールの()()でいいと思わない?」

『……え……?』

「ぼたんは頑張れば頑張るほど、損する世界にいたんだと私は思うわ」

『でも、環境や周りのせいにするなって……そうやって社会のせいにするのは、心が弱いからだって……大事なのは自分次第、って……っ』

「ぼたんは繊細だから、そんな無責任な言葉にも心を痛めてしまう。だから何も言えなくなって、ひとりで抱え込んでしまったんでしょう……?自分のことを、ダメだダメだと追いつめてしまったんでしょう……?」

『……っ……』


 言わないんじゃなく、言えない。弱音を吐くこと、悩みや不安を口にすること。ぼたんにとってその行為が肯定された記憶がなかったから。言ったところで相手の言い分を押し付けられ、何も変わらないことを知っていたから。


「そういう正義の言い分って、どうして伝わってほしい人に伝わらないくせに、伝わらなくていい人を苦しめていくのかしら……」


 まるで言葉の暴力じゃない……ぼたんには必要のない言葉なのに。彼女の世界も大概おかしいわ……


「ぼたんが本来の姿を閉ざした原因は、そういう決めつけた回答や古くからある社会のルールよ。環境のせいにしちゃだめ、社会のせいにしちゃだめって……、ぼたんは何のせいにもできないから、うまく環境に馴染めない自分が悪いんだと錯覚を起こしてしまった……そうして自分を責め続けてた。ねぇぼたん。周りのせいにはしてはいけなくて、自分のせいにはしていいの?……それに、そんなにあなたを苦しめてくる他人の言うことって、本当にぼたんにとって必要だった……?」


 きっと今の私なら、必要ないと割り切れる。そんな正義の言い分達は大したことじゃない、私は私だからと放っておくこともできる。なぜなら、大好きな推し達がそばにいてくれるから……でもぼたんのそばには誰もいなかった。心を、守ってくれる人が……唯一の心の拠り所だった推しの存在も、原作の中で殺されたのだから心もポキッと折れてしまうだろう。


『わかってた、本当は自分のことも大事にしなきゃってわかってたんだ……相手も自分も悪くない。だから人の言うことに惑わされないように、振り回されないようにって……わかってても、私にはそれができなかったの……っ』

「そうね……それだけ前世の私は、人のことを考えられる優しい人だったのね……」

『……っ?』

「それって、自分がボロボロになってもまだ、誰かの()()を考えられるってことでしょう……?相手は推しでもないのに?……優しすぎるくらい優しいわ……」

『……っ、優しいわけじゃ……!』


 ううん、本当に。相手の何倍も心が痛んで苦しくても、困った相手のことを助けようとしてしまうほど。ぼたんは頼られては放っておけない。本来の姿が役に立とうとしてしまう。それが例え自分の限界を越えていても……

 みんなが支え合って周りを思いやれる。変なルールや規則も無い。上下関係なく意見を伝えられる環境がある。もしも何にも縛られない自由な世界だったのなら、ぼたんはもっと自分らしくありのままでいられたのかもしれない。


「ぼたんは自分のことを認められないでしょうけど、それでもいいの……認められなくても、私がぼたんのことを認めてる。それは魂を越えて自分のことを認められたってことよ?ロマンがあって素敵じゃない?」


 彼女はスーッと優しい涙を流しながら小さく頷いた。


「もう我慢しなくていい。ここでは弱音吐いたっていいし、愚痴だってこぼしていい。私がぜーんぶ受け止めるっ!世間の理想や価値観に囚われずに済んだのなら、ぼたんはきっと必要な時に弱音も吐けたし、それを吐いたら楽になれたはずだから……"こんなに頑張ってるのに認めてくれない会社が悪いね!よーし、次のステップにいってやる〜〜!"……って」

『そう、かな……?』

「周りや環境のせいにすることで、心が強くなれる時だってあるわ。人の数に対して答えが一つだったら、それこそ変じゃない?」

『……っ!』


 やり方や考え方、性格だってみんな違うのに、答えが一つなのっておかしい。答えはたくさんあっていいはずじゃないか。

 周りのせいにすることが弱った心を守る防御だったり、環境のせいにすることで自分の居場所はここじゃないと鼓舞できる人だっているということ。


「それにね。今ある私の幸せは、全部ぼたんのおかげよ。きっとぼたんは、好きな人や物のためなら立ち向かえるの。だからこうして推しのために転生までした。私はそんなぼたんのことを、とても誇りに思うわ……」


 彼女の瞳から再びポロポロと涙が溢れ出す。


「ぼたん。前世を頑張って生きてくれて、ありがとう……心から感謝してる」

『……こちらこそ……なりたかった私に、なってくれてありがとう……っ……すごく、そういうあなたになりたかった…………』


 私も。あなたがぼたんで、心の底から良かったと思う。


"セリィ……"


「お兄様……?」


"お願いよ、目を覚まして……"

"姉さん……っ"


 遠くのほうから、聞き慣れた推し達の声が聞こえてきた。

 きっと現実の世界から呼んでるんだわ……私、どれくらい眠ってるの……?


『呼んでる……そろそろ戻らないとだね。あなたには帰りを待ってる人達がいる。私の代わりに、どうかみんなを頼むね。それで私の分まで幸せになってほしい。それが私の、最後の願いだから……』


 その願いに、ううん、と首を振る。


「私の中からぼたんは消えない」

『え、』

「だって一緒に推しを救う約束でしょう?」

『……っ⁉︎』


 ぼたんにギュッと思いきり抱きついた瞬間、閉じていた私の目がパッと開いた。瞬時に自分の内側から現実に戻ってきたことに気づく。

 すると両手から、火傷するのではないかと思うほどの熱を感じとった。




♢天の声♢


明日も更新予定です!今週中には完結させますので、どうぞ最後までよろしくお願いします╰(*´︶`*)╯

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