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ノア⑧



「ノア!……えっ、セリィ……⁉︎」

「っ!」


 それから間もなくして、ピピとアレク兄さんが走ってきた。ピピの足元にはマチルダがいて、二人を連れてきてくれたのだろう。


「ノア、一体何があった⁉︎」

「……俺に寄ってきたルナシーを、姉さんが庇って、自分の中に……」

「まさか、ルナシーを自分で入れたの……っ?」


 小さく頷けば、信じられない……という表情を浮かべるピピ。徐々に青ざめていく。

 ルナシーを無理矢理自分の体に入れるとか。なんてことをするんだって、思うよな。俺だって思った。そんなこと、普通なら考えついたとしても実際にやろうと思わない。

 姉さんは突拍子のないことばかりして、俺がどんな気持ちになるか知らないで……っ……──違うだろ?俺が黒い感情を呼び寄せたりしなければ、こんなことにはならなかった……姉さんがあの状況で俺を庇わないはずがない……俺が悪いんだ、俺がもっと強ければ……!


「え……でも待って……ルナシーが体に入ったなら豹変するはずでしょう?それなのにセリィはどうして豹変していないのっ?それにルナシーが来るほどのことって……ノア、何を言われたの……?」


 困惑と心配。動揺の色が目に見えてわかる。

 ピピに、言えるわけないよ。実は俺達の母親はもう死んでいて、孤児院に置いていかれたのは、捨てたわけじゃなく守るためだったなんて……もう死んでるのに、今更知ったところで苦しむだけだろ?


「とにかくここは雨で濡れる。セリィもお前らも体調を崩せばなんの解決にもならないから、急いで学園に戻るぞ。話はそれからだ。ノア、そのままセリィを任せても平気か?」

「……はい」


 腕の中の姉さんはピクリとも動かない。俺は彼女の体をぎゅっと抱きしめた。


 それから学園まで戻り、姉さんを医務室のベッドで寝かせる。治療してもらおうにも、どこにも異常がなく、ただ眠っているだけの彼女の状態を誰も判断しようがない。

 その間アレク兄さんがローランス家へ一時帰省できるよう迎えを呼んでくれていた。「ロバートに診てもらえば何かわかるかもしれない」からと……。

 ふと、兄さんの言葉を思い出す。


『だからもしその気持ちまで消してしまっていたら、公爵令嬢は意識を取り戻さなかったんじゃないかと俺は思う……』


 豹変した体から出した黒塊を、元の体に戻さなければ意識は戻らないのではないかという仮説。俺は首を横に振った。

 大丈夫だ……姉さんの負の感情は体から出ていない。だから大丈夫……


「バカじゃない?ねえっ!目覚ましてよ……!お人好しのバカ……っ」


 医務室にはもともと先客がいて、ローズ嬢が事の真相をオスカル皇子に全て聞かされた様子で、とても動揺していた。しかし姉さんがルナシーを自分の中に入れたことを説明すると、急に怒り出したのだ。


「信じてみてもいいって、言ったじゃない……」


 そう呟きながら涙を流す彼女もまた、姉さんに救われたのだろう。たぶん何も喋らないが、端で頭を抱えているオスカル皇子も。


「ノアくん」


 同時にその場で話を聞いていたヒューゴ先輩が口を開いた。


「話はわかったんだけど、君には何があったの?何か言われたから、自我を保てなくなったんでしょ?」


 その言葉に思わずピピを見れば、タイミング良く目が合う。


「……それは、言えません……」

「ノア、もしかしてだけど…………お母さん、亡くなってた……?」

「……っ!な、んで……」


 知ってるんだ……?

 あからさまに驚く俺を見て、ピピは納得したように小さな溜息をついた。


「やっぱり。私が傷つくかもって、言えなかったのね……」

「……?」

「これは、孤児院に入る前の夜のことよ……お母さん隠れて、泣きながら謝ってたわ。私達に」

「……っ」


 それは、俺の知らない遠い記憶の話……。


「だからどうしたの?って、泣かないでって、声をかけに言ったんだけど……余計泣かせちゃって」

「…………」

「私に言ったの。『ピピとノアは、世界で一番愛おしい双子よ。だからあなた達は、どうか生きて幸せになって……』って」

「っ、」

「それで、子供ながらに感じたわ……お母さんとはもう会えない。あれがお母さんなりの、最期の別れの挨拶だったと……」


 何も知らなかった。俺は愛されていたはずの日々も、遠い昔のことのように忘れてしまっていた。

 あんな地獄に置き去りにされた憎しみと恨みのほうが強くなっていったから……


「ノアはそういうお母さんの弱い部分、見てないから。捨てられたって思ったよね……だから余計に、この世にもういないと知って、苦しかったんでしょう?」

「……っ!」

「ごめん、私が黙ってたから……お母さんは私達のこと捨てたわけじゃないんだよ、生かすためだったんだよって、言えたら良かったんだけどね……孤児院での生活が辛くて、その時は生きてることのほうが苦しかったから、そんなこととてもじゃないけど言えなかったの……だって言えばノアは、一緒に死なせてほしかったって、思うでしょう……?」


 ピピの左目から、一筋の滴が流れる。


「……ピピ……あの頃ずっと……」


 一人でそれを抱えながら、生きてきたのか……?

 カビの生えたパンでも、濁った水でも、命を繋ぐために耐えた。ボロボロの服は着替えなんかなくて、軋んだ黒の髪の毛を切ることもできない。毎日のように石や木の枝を投げられ、暴言を吐かれて。あんな地獄のような生活に耐えながら、ずっと母親の願いを抱えて生きてきたのか……?


『どうか生きて』────『もう楽になりたいよ』

『幸せになって』────『幸せって、なんだったっけ』


 ピピが聞いたという母親の最期の願い。それはまるで呪いのようだ。一緒に死なせてほしかったと思うのは、ピピも同じだっただろう……──


「ごめん……っ、一人で背負わせて……」


 そう口にしたら、涙が溢れていた。


「ううん、違うわ。ノアがいたから生きていられたの……それで私達、セリィやアレク兄様に出会って、生きたいって思えたでしょう?幸せをたくさん貰ったじゃない」

「……あぁ」

「さっきね、セリィと約束したの。絶対にみんなで生きて帰るって。今までセリィが約束破ったことがあった?」


 そうだ……俺も彼女と約束した。死んだら許さない、姉さんが死んだら俺も死ぬと……。


「セリィは必ず約束を守るわ……」


 目を閉じたままの彼女を見ながら、ピピは切ない声で呟いていた。

 それから俺は、人間ではない何モノかに母が殺されていたこと、母が力の消滅方法を探してたから殺されたことを話す。ピピは「そうだったのね……」と言うだけだったが、口に出さずとも胸を痛めていることはわかっていた。


 しばらくして、迎えの馬車がやってくる。そこにはローランス家のロバートも同乗していた。

 ヒューゴ先輩は気を利かせてくれたのか、オスカル皇子やローズ嬢を連れて医務室から出る。


「ロバート!なんでもするから……っ、どうしたらいい、?教えてくれ、頼む……!」

「落ち着いて下さい……話は伺っております。ルナシーという未知の生物を自ら取り込んだと」

「あぁ、負の感情が黒く染まった瞬間人間に感染するんだが、俺の代わりに姉さんが……」

「そうですか……状態を確認しますので少しの間待っていてくれますか」


 そう言われ、ベッドの仕切りの外で待つこと十分程経過した頃……


「確かに聞いていた通りお嬢様の状態は至って正常です。身体異常は見られません。このような症例は初めてなのでこれは推測にすぎませんが……きっと今お嬢様は、自分の中の精神と向き合っておられる。私も最善を尽くして治療方法がないか探しますが、目覚めるかどうかはお嬢様次第かと……」

「……そんな……っ、お願いよロバート!豹変の兆候さえあれば私達はセリィを救えるの!」

「今のお嬢様は深い眠りについている状態なので、悪に取り憑かれたというわけではないのです……ただ、セリィお嬢様のそばにいて下さい。お二人が初めてローランス家へやってきた日のように。それが、今私に言えるお嬢様の心の治療法です。私の知っているお嬢様は、あなた方のことを心から愛していますから」

「…っ!」


 ──ただそばにいるだけで、姉さんは目を覚ませるのか……?


『ねぇノア!今度ピピとアレクお兄様が、曲がり角でタイミング良くぶつかるようにしたいんだけどっ……』

『ノアっ、隠れて!今ピピとお兄様をここに呼び出し中なんだから……え?隠れないで待ってればって?……わかってないなあ。私がいたら意味ないのっ』


 こんな時に鮮明に浮かんでくるのが、ピピとアレク兄さんをくっつけようとする姿だなんて……不思議と笑えてきた。

 姉さん。あなたの希望通り、二人とも気持ちが通じたみたいですよ。だから、早く戻ってきて……早く目を覚まして、それでいつもみたいに発狂したり、悶えて下さいよ……


『ノアくーん』

『ノア……!』

『ノーアっ!』


 そう呼ばれる度、彼女は何の承諾もなく俺の胸を高鳴らせた。


『ノア──』


 俺はあなたのことが、どうしようもなく好きなんです……──




♢天の声♢


ピピノア尊い〜〜( ; ; )

この回でノア視点もラストとなりまして、残り三話で終わる予定です!

そこで読者様に質問なのですが、この後書きを作者のモチベーションアップのために毎回使っていましたが、消したほうが読みやすいなどの意見がございましたら教えていただきたいのです(>人<;)

ここでは言いにくいということでしたらTwitterもやっておりますので、何かご意見ある方はお待ちしております!よろしくお願いします〜〜

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