ピピ⑦
「ん……」
ゆっくり頭を上げ、目を開けると……
「……⁉︎」
私の体は兄様を下敷きにし、怪我した腕に強く抱き締められていた。
頭上からは暖かい木漏れ日が降り注いでいる。光に照らされる彼の姿は、とても神秘的で色気すら感じられた。私は兄様の体からパッと離れる。彼も体を起こすと、私の目をじっと見つめた。
「ケガ、ないか?」
「……っ、……私のことなど放っておいても、いざとなったら飛べましたのに!」
瞬時に背中から羽を出して、空を舞うことだってできたの。だから怪我してる兄様が私のことを庇う必要はなかったと、そう言いたいだけ。なのにどこか反抗的で、やっぱり可愛くない……セリィみたいに守ってくれてありがとうと、うまく伝えられない……
「そうか、それは悪かったな」
「……っ……」
違うのに……謝らなければいけないのは、勝手に転げ落ちた私のほうでしょう?それなのにどうして、何でも許すかのような優しい顔をするの……?まだ傷口だって痛むはずなのに……胸が、苦しいわ……
「兄さん!ピピ!」
傾斜の上のほうからノアの姿が見えた。そして私達の姿を見て「よかった無事か」と、ホッと胸を撫で下ろした様子。
「兄さんすいませんっ、今敵に逃げられたんで追いかけます……!俺が始末しとくんで、さっさとピピと仲直りお願いしますよ。仲直りしてなかったら許しませんからっ」
「いや、俺も行く……って、もういねぇ……スピードだけはノアに全く歯が立たないんだよな」
そう感心しながら頭をポリポリと掻くアレク兄様。
相手がノアから逃げたということは、もうフード男も限界なはず。これ以上兄様は戦わずに済みそうで一安心した。
ノア、ありがとう……
「仲直りか……ノアの認識と合ってるかわからんが」
「……?」
「ピピ。今までお前の気持ちに気づかずに、たくさん傷つけて……本当にすまなかった」
「っ、!」
兄様は私に向けて頭を下げる。
私が恋愛感情を持っていることを、彼は知っていると思ってた。でも違ったのね……どちらにせよ、困らせてしまったことに変わりはないわ……
「私のほうこそ、勢い任せに兄様を困らせることを言って……ごめんなさい……」
「やっと覚悟決めたから。ピピに伝えておきたいことがあるんだ」
アレク兄様は、きっとあの日伝えた告白に返事をしてくれようとしている。
私の想いは届かずに散っていく。そんなことはわかっているから、ただそばにいられるだけでいい。自分から離れておいて、虫がいいと言われるかもしれない。それでも……兄様が愛する人と幸せになるその日まで、それ以上は何も望まないから……どうかそばにいさせてほしいの。断られた後でもう一度、ちゃんとそう伝えよう……。
「ピピが学園を卒業して、天命も果たし終えたら……──俺達、結婚しようか」
「……っ……」
その瞬間。そよ風が、まるで見届けるように私達の間を通り抜けた。同時にドクンッ、と胸が高鳴る。
「俺は、ピピのことが好きだ」
「…………」
「いつの間にか、妹ではなく、異性として好きになっていた」
「…………」
「ピピ?聞いてるか?」
「……〜〜っ……⁉︎」
「……ふはっ……反応遅」
わざわざ言われなくてもわかるほど。鏡を見なくても自覚できる。
顔が熱くて火照ってたまらないもの……!
目の前で兄様は真っ赤になる私を見て、大好きな笑顔で笑っている。久しぶりに見たその表情に、更に体温が上昇し、キュンと音が鳴った。
「また私のことをからかって……!」
「ないから。本気。こんな大事なことを、俺が冗談で言うと思うか?」
思わないわ……でも私に都合が良すぎる返事で、信じられるはずないじゃない。だって……兄様が私を好いてくれるなんて、まるで夢の中の話なんだもの……
「ただその気持ちは許されるものじゃない。俺はお前達の兄である限り好きになることも、当たり前だが結婚することだってできない。そう思うことでピピへの想いを封じ込めていた。言い訳をしていた……けど本当は、怖かったんだ……」
「…………」
「周りに疎まれやすい俺が、ピピのことを幸せにできるのか。俺のそばにいるよりもっと、幸せにできる奴がいるならそのほうがいいだろって……」
「……私のことを、想って……?」
そう聞けば、眉を下げて笑う。その表情が切なくて、たまらない気持ちになった。胸が疼く。涙が出そう。
「それでも、ピピが俺を想ってるって知ったら、必死で抑えてたものが止められなくなった。……もう誰にも渡したくない。思い通りに幸せにできなくても、どうか俺を選んでほしい……」
「…………」
初めて聞いた兄様の気持ちに、我慢できず涙が溢れる。
「俺を、選んでくれるか?」
「……うっ、うぅ〜〜……でも、私達は兄妹で、結婚、できますか……っ?」
「父さん達に許しは得た。お前達が学園を卒業したら平民に戻す。ノアも了承済みだ」
いつの間に、そんなこと……?ノアだって一言も言わなかった……
「やっぱりこれは、夢なんだわっ……だって兄様が私のことなど!」
「どうしたら信じてくれるんだ?」
「……それは……キ、キスをしていただけたら!もちろん唇に……!」
何を思ったか、そんな台詞を突発的に口から出していた。普段は素直になれないくせに、こんなことは思いつくのだから自分でも意味がわからない。
してくれるはずないという気持ちから、つい言ってみてしまったの。図々しいわ……
「…………」
思った通り兄様の目が開き驚いている。そして今度はガシガシ、と強めに頭をかいた。
「あ"〜〜……そういうのは正式に婚約してからだろ?許しは得てるといってもな、一度そういうことをしてしまうと歯止めってものがだな……」
兄様は頭を抱えながら、ブツブツと地面に語りかけている。そして深くため息をついた。
「一回だけだぞ?……俺が我慢できなくなるから」
「……っ⁉︎」
心臓が、はち切れそう……いっぱいいっぱいで……
艶のある整った顔が、ゆっくりと自分に近づいてくる。私は我慢できず、兄様の顔面を両手で抑えてしまった。
「やっぱりダメ、ダメですわっ!兄様がしたいと思ってくれないと嫌です……!」
キスしてほしいと言ったり、ダメだと言ったり、本当に私は我儘ばっかり。そんな自分が嫌んなってまた涙が出てしまう。
「兄様はこんな我儘で素直じゃない私で、いいのですか……?」
「……わかってないなあ……俺がピピのこと大好きなんだから、ピピがいいに決まってるだろ」
「……っ、」
私の手を自分の顔から離すと、兄様の唇が私の唇に重なる。驚いて一瞬息が止まった。バクバク揺れる心臓と、一際熱を持つ唇が、全身に幸せを伝えていく。
彼にそっと両頬を掴まれながら、私は目を閉じた──。
「ピピ。これからもずっと、そばで笑っててくれ。それが俺の幸せだから」
「……〜〜っ、はいっ!」
「うおっ……!」
勢いよく兄様に抱きつけば、そのまま彼と一緒に緑の生い茂る地面に倒れ込む。
「愛している。ピピ」
「……!私も……あなたを愛しています」
お互いに目を見つめ、愛を語り合った。
私は一生、今日のこの瞬間を忘れないわ……──
♢天の声♢
本当によかったねえ〜〜!( ; ; )
この回でピピ視点終了となりますが、頬を染めるピピちゃんとそれを見て笑顔になるアレクの図を書くのが好きでした♡
いつまで経ってもアレクはピピちゃんを怒らせたり照れさせたりしてニヤニヤしてそうです笑




