ノア⑥
※ノア視点です。
オスカル皇子の護衛をして一週間が経過した。それとなくローズ嬢の周りにも気を遣いながら彼のことを探っていたため、豹変する生徒は出なかった。
やはりルナシーの出没は彼女が原因で間違いない。
姉さんには言わなかったが、俺はずっと考えていた。入学前から暗殺を指示した人間に目星はついていたため、どうするのがいいか、どうすれば暗殺者を殲滅させられるかということを。
俺は姉さんのように誰にでも手を差し伸べるような人間じゃない。大切な人を傷つける者は躊躇なく全員消す。
姉さんはこんな俺をどう思うだろう……嫌いになるだろうか?……けど、早く戻りたい。あの人のそばに、早く……
「ねぇオスカル、私やっぱりアレクがそばにいたほうが安心だと思うの」
「……言っただろ?こいつらにしか学園に出現する悪霊は倒せないって」
こんなやりとりを聞くのは一体何度目か。
今日は学園は休みだが、二人の護衛のため町に出てきていた。当たり前だがオスカル皇子の護衛はまだ別にいて、双方から厳重に守られている。
俺達は彼らの後ろをついて行っているだけで、護衛の必要はないし、時間の無駄だと小さく溜息が出た。これも今日までの辛抱だと割り切るしかない。
町を散策中、ローズ嬢がふと振り返り、俺達を見比べる。
「ピピ、ノア。以前付けていたものはどうしたの?」
「……と、言いますと?」
「白髪よ。よく似合っていたのに」
「…………」
彼女の言いたいことは大体読み取れた。戦士の力を持つ者、とは知らない町民から、ジロジロと見られては陰口を言われる俺達に対し、気になって仕方がないというところか……
その間も町民を魅了している彼女には「お嬢さん危ないよ」「こっちにおいで」と優しい言葉がかけられている。
「二人ともこんなに綺麗な瞳をしているのに、髪の毛のせいで悪く言われるのはすごく勿体無いじゃない」
その言葉に既視感があったのは、この世界の本を読んでいたから。本の中の俺達は彼女に救われていたのだろうか。
少なくとも今の俺は何も感じないが……
「見えるものを見えなくさせれば、みんなちゃんと二人のことを見てくれるようになる。だから、もう一度白の髪にしましょうよ」
「いえ、結構です」
「え……?」
即答で断れば、怪訝そうな顔をされた。そんな顔をしたいのはこちらのほうだ。
今俺達が白髪にでもすれば、姉さんがやっていることが全部無駄になってしまう。俺がどんな思いで離れ、我慢してると思ってる。
正直周りがどんな目で俺達を見ようがどうでもいい。それでも、浮き彫りになってしまうんだ……大多数に合わせ、俺達を変えようとするローズ嬢に反して、そもそもの認識を変えようとする姉さんとの違いが。
というか、あの本通りにこの人は同じことを言ってくれるんだな……
ここ数日間仮眠しかできていなかったのもあり、なんだか馬鹿馬鹿しくて笑えてきた。
「俺達のためを思って言ってくれてるんでしたら気にしてませんよ。それにピピの髪形は学園内で密かに人気になってるので、受け取る側次第ではないでしょうか」
「…っ」
笑顔を顔に貼り付け、完全に彼女を言い負かしてやる俺の隣で、ピピは何も言わず口をつぐんだまま。静かに感情を閉じ込めている様子だった。
……早く戻ろうな、ピピ。
暗号化した文字で連絡を取っていた兄さんは、もう覚悟を決めたみたいだから。ピピのことは兄さんに任せる。それが姉さんも喜ばせることに繋がるだろうし……
「ねえねえ、さっき噂で聞いたんだけどね?」
向けられる陰口をすり抜け、ふと俺は聞こえてきた会話に耳を傾ける。どうやら外のカフェテラスで近況報告をしていた女性達のお茶会らしい。
「陛下には皇后陛下の他に愛した女性がいたみたいよ?」
「まあ……そうなの?それじゃあ愛人ができたってこと?」
「それが、元々はその女性が婚約者だったって話らしいの」
幸いオスカル皇子やローズ嬢は衣裳店に入っていったため、会話は聞こえていなかった。
「じゃあ奪ったのは皇后様のほう……?」
「詳しくはわからない。ただ、今宮殿内は滅茶苦茶らしいわ。近頃両陛下の仲があまり良くないという話もあったし……」
「陛下のほうから見初めて結婚したみたいだけど、私達よくよく考えてみれば皇后陛下のこと何も知らないわよね?出回っている情報がないし……」
「実は生き残りの魔女、だったりして……それでこの世界を乗っ取ろうと……!」
「…わ〜〜っ、…もう、そんなわけないじゃないっ!あんたは人を驚かすのがほんと好きなんだから〜」
「結局皇族同士のいざこざなんて、庶民の私達には関わりない話よ」
噂に対し面白おかしく言い立てているが、皇后陛下は魔女ではない。彼女はローズ嬢と同じ、魅了の力の持ち主だった。
今まで魅了されたであろう皇帝や周りの者達が、こぞって彼女を皇后の座に就かせていただけ。皇后としての教育等を受けてこずとも、魅了の力で乗り切れていたのだろう。
ただオスカル皇子が生まれた年……俺達も同じだが、魅了の力はその年に生誕したローズ嬢にも宿っていた。彼女が成長する度に皇后の力は徐々に少しずつ減少していったと推測される。
そしてローズ嬢が学園に入学したと同時に、皇后の力は完全にこの世界の主人公に引き継がれたらしい。そう考えれば、先日先輩から聞いた話とも辻褄が合うのだ。
現皇帝が、当時婚約者であった先輩の母親に、泣きながら自分はどうかしていたんだと謝罪しに来た、という話から……。さぞ皇帝は、自分の愚かさに気がついただろうな。
先週行われた新入生歓迎パーティーで、姉さん達がダンスをしている最中、『ノアくんと片割れのピピちゃんに話しておきたいことがあるから、時間ができたら僕の部屋に来てほしい』と先輩に言われていた。そしてこの間料理店から飛び出したピピを追いかけた後、先輩の部屋へ向かい、彼の生まれや両陛下の話を聞いたというわけである。
先輩が実は隠し子であり皇子なのだと聞かされた時は驚いたが、すぐに納得した。位の高い人間だとは思っていたから。
ただ高貴な人間だとわかったところで、彼の前で取り繕う必要はない気がした。
色々と先輩のおかげで理解できたが、ただ姉さんに素性を明かしたことはまだ許していない。
『ノアくんごめん。影もたぶんいたけど、僕が実は皇子だってこと、セリンセちゃんにバラしちゃった』
『……バラしちゃったじゃないんですよ。わざとですよね?狙われるってわかってて言いましたよね?』
『こわいなあ…っ!だからごめんって、!学園内は大丈夫だろうけど、一応夜中の見張り頼むね!』
そう言い逃げてった先輩には心底溜息が出た。
隠し子ということは機密事項だ。知られてしまえば口封じの為に何をされるかわからない。皇族には、絶対に知られてはいけない秘密に対し、影という者らが存在する。本来秘密を知った場合は宮殿に一度連れて行かれるのだが、一昨日ローランスの馬車が襲われそうになったことと、彼らの身体に仕込んでいた武器の装備を考えれば、影の中に潜んでいた暗殺者だったことは一目瞭然だった。
「ノア」
「……あぁ、考え事してた。何?」
ピピと二人、衣裳店から少し離れた場所で待機中。
「私の我儘に付き合ってくれてありがとう」
「……」
「本当は、セリィ達と離れたくなかったでしょう?ノアなら離れずに動くこともできたはずだし、ノアが私の気持ちを汲んでくれたことはわかってるの……」
「……それだけじゃないけど、ただ、俺達はもう二人ぼっちじゃないから。孤児院の中で空腹と痛みに耐えていた、この世界に絶望してた頃とは違う。頼ってもいいと思える人達がいる。……アレク兄さんとの問題はピピの中でしか解けないけど、姉さんのことはさ……あの人は自分が痛めつけられるよりも、俺達が傷つくほうがたぶんずっと苦しいんだ」
「…っ!」
ピピはまるで同意したかのように涙をポロッと流した。例え性格は違っていても、俺達はお互いがお互いの気持ちを感じ取れる。
「セリィは……そういう子だわ……」
どこまでも姉さんの深く濃い愛情に触れたら、逸らしたって目に入ってしまう。彼女の包み込むような優しさと温もりが。
「それに俺達……人を好きになれただろ?」
「っ……」
「ピピの気持ち、わかるよ。大事だからこそ二人のこと、失うのがこわいよな」
「……こわい……本当はずっと一緒にいたいのに、こわくて臆病で、素直になれないの……」
「うん。だから素直になれないピピの分まで、俺が二人に伝えればいいんじゃない?」
潤む瞳を大きく開くピピに、笑顔を向けた。
できないことを無理してやる必要はない。できる片割れの俺が代わりにやればいいんだ。
それで、ピピが思っているよりずっと、素の自分を受け止めてくれる人は多いんだって伝わればいいと思った。
♢天の声♢
ピピノアの会話が少しだけど、やっとまともに書けた気がする…!!




