作戦決行!③
「セリンセちゃんが学園で売名運動してる〜……」
「ヒューゴ先輩…!エルザ様もっ」
庭園での賑わいが落ち着き、お兄様と片付けをしていた頃、エルザ様と先輩がお茶デートから戻ってきた。
「お二人とも、本当にありがとうございました…!無事注文販売分完売しました!」
「わっ、すごい!良かったです…!」
一緒に喜んでくれるエルザ様は今日も麗しい。その隣でヒューゴ先輩は、考え事をするような素振りを見せた。
「……ひとつ疑問なのが、セリンセちゃんの目的は黒を世界に浸透させること、だったよね?確かに、黒ゴマデザートで食わず嫌い解消には手応えがあるんだけどさ、……ただ、この世界で本当に嫌われているのは黒いモノじゃない……髪が黒いノアくんのような、生物だよ」
「…っ……」
ヒューゴ先輩って、悉く痛いところつくなあと思う。初対面から只者じゃないと感じていたけど、実は皇子だったんだから只者じゃないはずだわ……
先輩に言われた通り、このセカでは黒い生き物が忌み嫌われている。だから黒ゴマが人気になればピピノアも避けられなくなるかと言われれば、そうではないのだ。
今は戦士の力を持つ者としてオスカルやローズのそばにいるため、原作同様徐々に受け入れられてはいるだろうけど……
「この黒ゴマ作戦は、嫌煙されがちな黒自体を名前で言葉にすることによって、民衆に馴染みやすくなる効果を期待しました。もちろん先輩の言った通り、黒い生物を避けられない世界にするための効果があったかと言われれば、そんなことはないと思います。そこで、お二人にもう一つお願いがあるのです……」
「お…?まだ何か策があるのかい?」
「策というより、これは一か八かの賭けですが……」
「賭け?」
「……マチルダ」
そう呼べば、庭園前の木の上で私達の様子をこっそりと覗いていたマチルダが下りてくる。
「…⁉︎」
すると、エルザ様もヒューゴ先輩も今度ばかりは驚いて目を見張った。
「私の相棒で、名前をマチルダと言います。学園長には許可をいただきました」
この学園では危険な生物以外の動物を飼うことは禁じられていない。許可を貰えれば自由に学園を連れて回ることもできる。ただ他の生徒へ迷惑行為をした場合、強制的にペットは帰還させられるし、もちろん賠償金も支払わなければならないためリスクが大きく、ここで動物を飼う人間は滅多にいないのだ。
ヒューゴ先輩の蛇は微妙なラインだが、きっとあの部屋の中での飼育ならと条件付きなのだろう。
「私やお兄様がマチルダと一緒にいても、全然違和感がなく……興味を持ってもらうどころか、むしろ遠ざけてしまうと思うんです……」
「……ぶはっ、ははははっ!」
ヒューゴ先輩が突然、お腹を抱えヒーヒー笑い始めた。
マチルダを見て爆笑できる先輩もどうかと思うが、この世界では黒猫は異常に避けられている。
見れば不吉なことが起こる、触れば寿命が縮むなどという言い伝えもあった。
もちろんそんなわけがないのだが、これも植え付けられた思い込みによるもので、そう簡単に拭えるものではない。もし生徒に視界に入れることすら不快だと抗議された場合、マチルダは精霊の力で姿を隠す形でしかこの学園にいられなくなってしまう。だからこれは、一か八かの賭けなのだ。
「なるほどなるほど。セリンセちゃんが考えていることは大体わかった。相棒のマチルダを僕らが可愛がればいいんだろう……?」
「私で良ければ、マチルダさんとも仲良くさせて下さい」
「っ、⁉︎」
部屋で蛇を巻きつけていたヒューゴ先輩はまだしも、エルザ様が快く了承してくれたことに驚く。
「エルザ様……いい、のですか?その……言い伝えとか……」
「ふふっ、セリンセさんは私の偽りの姿をハッキリと似合わないと言ったのに、こういうところでは気を遣うのですね」
「そ、それは……っ、申し訳ありませんでした……」
そういえば、初対面のエルザ様に私はとても失礼なことを口走ったんだった……その格好は不釣り合いだとかなんとか……本当に何様のつもりだったんだろうか。
「いいえ。事実を言ってくれたではありませんか。私はセリンセさんとお友達になれて、こうして頼ってもらえて嬉しいです」
「エルザ様……」
いい人すぎやしませんか……?
人柄もお姿も何もかもが輝きすぎて後光が差している。隣にいるヒューゴ先輩の顔半分が光で見えなくなるほどに。
「……ちょっとセリンセちゃん?僕もマチルダと戯れたいぞ」
エルザ様に見惚れていたのがバレたのか、視界に無理やり割り込んでくる先輩は少々顔がむくれている。
「本当にいいのですか……?」
「いいも何も、僕は猫も好きだ。何を考えているのかさっぱり読めないところが」
「実は私も、動物を触らせてもらえなかったので、触れてみたいのです……今少し触ってみてもよろしいでしょうか…?」
「あっ、はい…!マチルダは人慣れしてますので」
エルザ様は少し緊張した面持ちでしゃがみ込むと、マチルダの頭をそっと優しく撫でた。
「……わ、……すごい。こんなに柔らかくて、気持ちがいいのですね……それに、なんてお利口でかわいいの……」
感激するように言葉を漏らすエルザ様は、相手が黒猫だということを忘れさせてくれる。
……というより、マチルダとエルザ様の相性が良すぎなのよ…!黒猫と金髪の王子様……正しくはお嬢様だけど、絵本の中から出てきたのかと疑うほど美しい。このまま実写版の童話を一本撮影したいくらいだわ……
「エルザ様。今マチルダがゴロゴロ、と首から音を鳴らして気持ちよさそうにしているのは、撫でられてリラックスしている証拠なんですよ?」
「そうなのですか…?……マチルダさん、私のほうが癒されてますよ」
マチルダに話しかけるエルザ様がまた可愛らしくて素敵だ。そんな彼女を先輩は愛おしそうに眺めていた。
あぁ、早くこの二人がくっつきますように……と願わずにはいられない。
「今後、私のそばにマチルダがいても普段通りでいてくれたら、嬉しいです……」
「はっ、?……マチルダと共に何かしてほしいというわけじゃないのかい?話の流れ的に」
「え……あ、いえ。可愛がっていただけるのでしたらもう十分です……」
「そうか……ははっ、なんだ。当たり前すぎて拍子抜けしてしまったよ」
「……それが、当たり前じゃないんです……」
この世界では当たり前じゃない。
祭典での事件の日、ノアの髪色を見た多くの人が、視線、言葉、全てでノアの存在を拒絶していた。
そして学園でピピノアが黒髪に戻った時も……祭典の日こそ酷くはなかったものの、陰口は少なからず聞こえていた。
そんな世界で、ヒューゴ先輩やエルザ様に出会えたことには意味がある。
「先輩達が、どんなに私に希望を与えてくれてるか……」
「セリンセさん……」
言っていて、思わず涙が浮かぶ。
マチルダを見ても態度を変えないでいてくれることだけじゃない。
ローズに魅了されず、一緒に笑ってくれる。友達だと言ってくれる。
それはまるで、決まっている未来でも変えることができる、推しを救える未来にできる、そんな希望を与えてもらっているようで……
「このお礼は出世払いでさせていただきますので〜っ」
なんて、恥ずかしさから涙を誤魔化すように叫んだ。
「……ははははっ、!出世払いって…!セリンセちゃん出世するつもり?それに、何のお礼なのかさっぱりわからんよ」
「お礼をしなければいけないのは私のほうではないですか……っ」
再び爆笑するヒューゴ先輩と、慌てた様子のエルザ様。
出会ってまだ日が経っていないのにも関わらず、もうこんなにも大好きになっていた。
すると、私達の様子をずっと見ていたアレクがボソッと呟く。
「俺も、兄として……男としてもケジメをつけないとな」
「え、?」
「セリィが今やれることを頑張ってる姿を見て、俺も覚悟が決まった」
「お兄様……?」
太陽の光に照らされ静かに笑うアレク。まるで何かがふっきれたかのようで……その姿がかっこよく、私はカメラを向けることすら忘れてしまっていたのだった。
私とアレクはその日、黒ゴマ栽培のこともあったため、ピピノアを学園に残しローランス家へ一時帰省することになった。
二人を置いて帰るのは気が引けたのだが、お兄様に帰らなければならない用があったのに加え、ヒューゴ先輩が、『せっかくの休暇なんだから、家に帰ってゆっくり休むといい』と私も半ば強制的に……。そして帰り際に『君の信じたい人達を、信じていいよ』と耳打ちされた。
一体どういう意味だろうと考えていた帰り道、突如ガタッと馬車が揺れ動きが止まる。外は霧で視界が悪く、何かあったのではと扉を開けようとしたが、アレクに止められた。
まるでこうなることを知っていたかのように「大丈夫だ」と一言。すると馬車は再び動き始める。
動物でもいたのかな……?と、呑気に馬車に揺られては、ローランス家に辿り着く頃にはすっかり忘れていた。
その晩、私は夢を見る。
暗く深い闇の中、誰かの啜り泣く声がした……──
♢天の声♢
私もマチルダ思いきりモフりたいっ!




