作戦決行!②
「それでセリンセちゃん、具体的にはどういった作戦なんだい?」
ローランス領地の人らが経営する料理店に皆様を招待し、昼食を済ませ只今作戦会議中。
エルザ様も半ば強引に連れてきた。
「もう既にここの料理店にお願いはしているのですが、まずは皆様にデザートの試食をしていただきたいのです」
「試食か…!楽しそうだね」
「私も本当にお邪魔してよろしいのでしょうか……?」
「何言ってるんだ!僕がいてほしいんだよ……!」
ヒューゴ先輩が安易にエルザ様に甘い台詞を挟み込むので、こちらの気が散ってしまう。
「私としてもエルザ様にご協力いただきたいのです。この間のパーティーのように、エルザ様の影響力は凄まじいので」
「セリンセさんが、そう言うのであれば……」
少し照れながら言うエルザ様を見て、なぜか先輩が満足気な表情になった。
「試食なら私達にもできそうだね、ニック」
「えぇ……ですがセリンセ譲、一体何を試食するんです?」
「よくぞ聞いてくれました……!少々お待ち下さい」
そう言って私は全員分の試食用デザートをシェフの元へ取りに行く。
そして店員の方に手伝ってもらいながら全員の前にそれらを置いた。
「これは……っ」
「な、なんです……?」
プロンツ家の二人は、目の前に置かれた全ての黒っぽいデザートに目が点……状態だ。それもそのはず。ローランス家以外では作られていないから、全て初めて見るものだろう。
「黒ゴマで作ったプリンにクッキー、そしてドリンクです。そのプリンの上にデコレーションとしてふりかけてあるのが、実際の黒ゴマになります」
「黒い、ゴマだ……初めて見ました」
「やはり色のせいか、全体的に少しグロテスクのようにも感じますが……」
恐る恐る目の前のデザートを眺めるリズ様やニック様とは裏腹に、ヒューゴ先輩は既にドリンクを飲み始めていた。エルザ様も興味津々といった様子で、思わず笑ってしまいそうになる。
「うまい、うまいぞこれはっ」
まだ試食することに躊躇していたプロンツ姉弟は揃ってヒューゴ先輩を疑わしそうに見ている。
ふふっ、本当にそっくりだわ……
「黒ゴマはもちろんそのままでも食べられますし、黒い皮には人間に必要な鉄分なども含まれる栄養価の高い食品なんですよ」
「へえ……でもそのようなものがどうしてここへ?」
まだ少し疑いの目でニック様はプリンやクッキーを眺めている。これが大半の人のリアクションだろう。
「実はこの黒ゴマは、ローランス家の暖かい土地で栽培しています。この世界の人達は黒いゴマができても食べようとは思いませんよね。きっと見たことも食べたこともない……私はその点を、利用しようと考えました」
「セリィちゃんはどうしてお食べになろうと……?」
「それはですね……食べられることを知っていたからです。それにうちには優秀な研究者もおりますので」
植物に詳しいローランス家のロバートとプロンツ家は気が合いそうだと思った。
「例え自ら食べるのが不安でも、食べても平気だと近くで誰かが証明してくれれば、食べてみようと思えるかもしれません。皆様にはその宣伝役をお願いしたいのです」
「なるほど。僕達が他の生徒に勧めればいいというわけですね?」
「実際にはただ誰かの目につく場所で食べる、ということで構いません。無理に勧めてもらわなくて結構です。飲食可能かつ、人の集まるような場所でだとありがたいのですが……勇気が必要なことですのでもちろん無理にとは言いません」
まだこの世界では浸透していない食べ物を食べるということ自体も、これを生徒の目につくところで食べるということも、前世から慣れきっている私には到底想像もつかないような不安があるだろう。無理強いはできない。
「僕は役に立つどころか嫌煙されそうだが、それでもいいのかい?」
「とんでもないっ、ヒューゴ先輩はエルザ様と幸せそうに食べていただければ、すごく役に立ちます…!」
「エルザと、楽しそうに……?」
「はい」
ひとつ頷けば、ヒューゴ先輩は隣に座るエルザ様を見た。
「エルザ。僕と一緒に、食べてくれる?」
うっ……そんな言い方はずるいわ……こちらが悶えてしまうじゃないっ!
対してエルザ様は、「私でよろしければ」と謙虚な姿勢で返事をするのだ。
王子様のようでもあるのに、お淑やかさも兼ね備えた無敵のお方ね。このカプも尊すぎる……っ
「セリンセさん、食べてみてもよろしいですか?」
「あっ、どうぞ!」
エルザ様は丁寧に一口プリンを口に運んだ。
「……ん……美味しい……」
「…!」
「甘くて、なんだか不思議な味ですね。クセになりそうな……」
そう言って二口、三口と止まらない様子。気に入ってくれたようだ。
続けて、リズ様やニック様も誘われるように口に入れた。ちなみにアレクやピピノアはローランス家で見慣れているので、お兄様は微動だにせず静かにドリンクだけ飲んでいる。
「甘くて美味しい……泥のようで絶対美味しくないと思ったのに」
「本当だ……これは女性が好みそうな味です……!」
「ふふ、確かに男性はあまり好まない方もいるかもしれませんが、きっと甘党な男性にはハマると思います」
ノアはあまり甘いものが得意ではないけど、どうやらヒューゴ先輩やニック様は平気そう。
「セリィちゃん、私達も力になれるかわからないけど、やってみます!」
「あ、ありがとうございます…!」
「セリィ、それで決行はいつなんだ?」
アレクは逆に甘党なので全部飲み干していて、私にそう聞いた。
「明日の昼食時に。皆様、よろしくお願いします!」
温かい表情で返事をいただけば、一層気合が入ることこの上なく……──
♢ ♢ ♢
翌日、二人組三チームに分かれ、早速実行に移した。
ヒューゴ先輩とエルザ様は一番人の集まる大広場にて黒ゴマクッキーと共にお茶をし、プロンツ姉弟は食堂にて食後のデザートに黒ゴマプリンを食べる。
そしてその間私とアレクは黒ゴマドリンクを飲み、様子を見ながら散歩した。これは私自身に影響力やブランド力はないと理解してのことである。むしろローランス家の二人が怪しいドリンクを飲んでいると思われかねない。
そんな心配をよそに、三日間同じことを繰り返しては、想定よりも早く頭に描いていた光景が現実となった。
現在、庭園前には大勢の生徒で賑わっている。黒ゴマで作ったものを試飲食してもらっているのだ。
そして気に入った方にはチラシを配り、とりあえず数量限定で注文も受け付けることにした。まだ知ってもらう段階だけど新しく事業を起こし、これから黒ゴマ栽培を拡大していく。
ローランス家の管轄で仕事を探している領民に、栽培や販売等をやってもらえれば彼らの懐も潤うに違いないわ。あとのことは人任せで申し訳ないけど、これは一石二鳥、いや三鳥くらいの利益ね……特にエルザ様は予想通り、インフルエンサーでしかなかったもの。
「セリィの目論見通りってところか?」
「確証は無かったけど……あとはきっとロバートがなんとかやってくれるわ。黒ゴマについても研究してた彼なら、拡大して栽培するのもお手の物のはずよ。そしていずれは世界的に浸透させましょう?」
「ふはっ、恐ろしいな。商人に向いてるんじゃないか?いや……、事業家か?」
この作戦は黒が嫌われる世界を逆手に取っての、黒いモノが美味しいという意外性を狙った行動だった。
ただこの成果は全て、協力してくれた皆様のおかげで生まれたもの。
その上、近づきづらいであろう私やアレクがいるというのに、庭園まで来た生徒が続々と近づいてきたことに驚いた。
まさか話しかけられるとは思わず、私のほうが動揺してしまったわ……
と同時に、やはり植え付けられた認識は変えられると確信した。
♢天の声♢
補足ですが、黒ゴマドリンクってラテのことです。
美味しいですよねラテ系の飲み物って……




