不穏②
──次の日の朝。
嫌な予感は的中した。
「セリンセ・ローランス!そしてアレクサンドル・ローランス!貴様らの双子は今日から俺の護衛となった…!」
施設にピピノアの姿は無く、アレクお兄様と共に学園に向かうと、偉そうに踏ん反り返っている皇太子殿下が待っていた。その隣にはローズが。そして大勢の取り巻きが周りを囲み拍手している。
「……」
「そうだろう、そうだろう。ハハッ、言葉も出ないかっ!俺の気をひこうとアピールしたのに、なぜ取られたのかと焦っているんだろ?」
まるで勝ち誇ったような高笑いだ。
気になる単語があるけどそれは無視するとして……
「ピピとノアはどこですか……?」
「あ?……あぁ、ヤツらは俺達のクラスに変わるために今は不在だがそのうち来る」
「…っ、⁉︎」
クラスが変わるですって……?やばい、このままだと原作通りになってしまう……
昨日のピピの言動からして、オスカルの護衛をする代わりに私やアレクを巻き込まないでほしいと頼んだか、アレクへの想いを断ち切るために都合が良かったからか……相手はオスカルだ。脅されていることも考えられる。
「色々勘ぐっているようだが、ヤツらのほうから護衛になると言ってきたんだぜ?無愛想で珍妙な貴様などよりも、天真爛漫で正義感の強いローズのほうがいいってな」
「……っ、?」
「ちょっとオスカル、そんな言い方したら私があの子から奪ったみたいじゃない。いくら戦士の力っていうのを持っていたって、私はまだ幼い頃に殺されそうになった日のことを疑ってるんだから……」
「あぁ……そうだったな」
オスカルは宥めるようにローズの肩を軽くポンと叩く。
私はそんな二人に腹を立てているどころではなかった。ドクドク、と血が逆流しているみたいに全身が疼く。
「とにかく!貴様にもう用はないということだ。構ってほしさにあーだこーだと言われても困るから忠告しておく」
声高らかに嘲笑うオスカルの表情を見ながら、私の頭はピピとノアのことでいっぱいだった。
まるでローズがいるから護衛することに決めたような言い方に、手足が少し震えている。
まさかピピノアに魅了の力は効いていて、遅効性だった……?そうだった場合アレクもいずれ……──
信じたくなくて、私は無意識に首を横に振る。しかし原作の力を考えれば可能性はゼロじゃなかった。むしろ今までが奇跡の連発だったのだ。
セリンセ、しっかりして……!例えみんなが魅了されたとしても、死ぬわけじゃないわ!と、自分で自分に喝を入れる。
まだ私にはやれることがある。推しは死なせない。絶対に死なせたりしないから……
「ローズと俺様に嫉妬して、良からぬことを考えるなよ?」
「……ピピとノアを傷つけるようなことがあれば、何をするかわかりませんが」
「な、んだと?……まあいい、最後だから特別に言いたいことがあるなら聞いてやろうじゃないか」
私の心情を察したのか、庇うようにアレクが私の前に立っていた。
「殿下。僭越ながら」
「なんだ」
「二人に戦士の力があるから護衛にとおっしゃいますが、殿下は襲ってくる敵を理解していますか」
「そ、それは……あれだ、悪霊だ…!不気味な生物がこの学園を襲ってくる!」
不意の質問に、オスカルの口調は辿々しくなる。
「実際に目で見て、戦おうとしましたか?」
「…っ、な、何が言いたい……!」
「おかしいですね。殿下はアムール男爵令嬢のことを正義感が強いとおっしゃいましたが、彼女は昨日セリンセより安全なところにいて守られていました。一体正義感が強いとは、どういう人のことをおっしゃっているのですか?」
その言葉にハッとするようなオスカルと、「そんな言い方酷いじゃない…!昨日のことだったら、アレクが私を安全な場所にと言ったんでしょっ⁉︎」と、鼻息を荒くし訴えるローズにアレクは続けた。
「ひどい……?セリンセは誰よりも痛みに耐え、全てを受け入れる覚悟まで決めているというのに……何も知らずに踏み躙るあなた方のほうが酷いと思いますが」
涙腺が耐えきれず、思わずポロッと涙がこぼれ落ちてしまう。アレクは私の手首を引っ張り、大きな背中で隠してくれた。余計に鼻がツンとなる。
自分のことをわかってもらえてるって、こんなにも温かい気持ちになるのね……
「な、!無礼者!俺は守られるべき皇族なんだ……!元々孤児だった奴隷を盾にして何が悪い!俺はいずれ威厳高き皇帝になる男なのだからな……!」
それはまるで、自分に言い聞かせているようだった。
原作の中でオスカルは、母親から厳しい教育と指導を受けていた。誰にも舐められてはいけない、お前が一番偉いのだから、と……。
自分の意見や感情を否定されることに怯え、それを隠してきたオスカルだが、ローズと出会い彼女と過ごす時間が拠り所になっていく。
彼女にだけ見せるヘタレ……弱さとのギャップにより、ヒーローとしてまずまずの人気だったが、この表向きの俺様はいわば偽物なのだ。
「もしもそれで良いとお考えならば、この世界は終わるでしょう」
「っ、!」
アレクの言葉にオスカルが言葉を詰まらせ、少しの不安の色を見せた。
「アレク!私はあなたも一緒に、そばにいてほしい……っ!あなたがオスカルのそばにいれば、もっと素敵な」
「それはつまり、俺の妹をひとりぼっちにしろと言っているのか?」
「…っ…ち、ちが、!」
刺すような目と低い声が、近寄りづらさを過剰にする。アレクがローズにこんな態度を取るなんて、原作では考えられない出来事だ。
「……き、貴様達は黒き戦士が離れ気が立っているだろうからな。今日のところは許すが、またローズを侮辱すればわかっているな?……次はないと思え」
なんとか強気な態度を見せているが、顔の引き攣り具合からきっとアレクの表情にビビったのだろう。
オスカルがローズを連れぞろぞろと人がいなくなると、いつものお兄様の優しい顔に戻った。
「セリィ、大丈夫か?」
「私は全然……それよりお兄様、ローズにあんなことを言ったら魅了された人間から何をされるか……」
「俺のことは心配しなくていい。むしろ……この事態は俺が招いたことだ。セリィにまで辛い思いをさせて悪い……」
私は首を横に振る。ピピのことを思いながら私のことまで心配するアレクが切なくて、胸が痛くなった。
全てを背負うようにして生きるアレク。やはり私では頼りにならなくて、二人の存在を探してしまう。
ここにピピがいれば、アレクのことを真っ先に笑顔にさせられるのに……ノアがいれば、アレクの負担を減らし安心させられるのに……
大好きな二人が今はもうそばにいない。怒って頬を膨らませるピピの可愛い顔や、呆れたように見守るノアの優しい顔が……愛おしい笑顔が見られない……
それでも──
『これ、つけててくれませんか?』
『信頼の証として』
ノアが私に言ったこと。もしかしてノアはこうなることをわかっていたのかもしれない。だから私にネクタイを託したんじゃないかって……
ただ都合のいいように解釈しているだけかもしれないけど、信じて待っていてほしいという意味の"信頼の証"だったんじゃないかって……。
ノア、ちゃんとつけたよ……
首に巻いてきたノアのネクタイを制服のマントの上からぎゅっと押さえる。
もうローズに魅了されてるかもしれない。それでも信じるよ。いつか戻ってくるって信じてる……──
♢天の声♢
ざまぁしないと言ってきたけど、そのような展開になってきてない?大丈夫??( ̄▽ ̄;)(自問自答)




