不穏①
ピピがアレクに告白した……ピピが想いを伝えられたこと自体は嬉しいはずなのに、胸がこんなにも苦しい……
だって違うの……私はこんな切ない告白を求めていたわけじゃないわ…!
部屋の外で隠れたままの私は、ピピの切ない想いが乗り移ったように涙がとめどなく溢れてくる。
再び部屋の中を覗けば、アレクはひとり動揺して動けない様子だった。
「お兄様も少しくらいは、ピピの想いに気づいてると思ってたけど……恋愛事にはまるで鈍感なんだわ。阿呆よ……」
「…………」
ノアの物言いたげな視線には気づかず、私は言葉を続けた。
「というか、ピピもノアも私のことをなんだと思ってるの……?二人の受けた辛さに比べれば、私が髪を引っ張られたことくらい、どうってことないじゃない」
まるで力を持つ自分が私のことを傷つけたみたいに言ったピピが頭から離れない。本当に私達から離れてしまうような不安に駆られる。
ノアは私の涙塗れの顔を大きな両手で自分のほうに向けた。
「俺達にとって、あなた方は命よりも大事なんです」
当たり前にそう言うノアに、涙腺が狂ったように涙が出てくる。
だめなの。それじゃあ私がここにいる意味が……
「わかりませんか?姉さんが俺達にそうであるように、俺達もあなたを傷つけられたくない」
「……っ、でも、」
傷つけられてもいいの……例え殴られたって蹴られたって、私はそばにいたい……
あんな切ない別れのような挨拶を到底受け入れられるはずがないわ……
「すいません。俺がピピにもっと配慮すべきでした」
「え……」
「俺もあの漫画を見てなかったら、同じ事考えてたかもしれないので」
そう言いながら、ノアは綺麗な指で私の涙を拭う。
ノアに原作を見せたことで、いらぬ負担や不安を背負わせたと思っていた。だけど……逆にそれが良かったと?
「ひとまず俺がピピを追いかけます。姉さんはアレク兄さんと先に帰ってて下さい。たぶん兄さんもあの調子じゃ時間が必要です」
「え……ノア達置いて帰れないよ」
「…ふはっ、もう子どもじゃないんですから。大丈夫。心配しなくても、ピピは絶対連れて帰りますよ」
「…………」
いつのまに、こんなにも頼りがいのある青年になったのだろう。
二人の黒髪は目立つため、一般民にも驚かれ、あらぬことを言われるかもしれないというのに……私はノアの堂々とした姿に見惚れてしまった。
もちろん幼少期から頼りがいはあったけど、比じゃないほどに彼は大人へと成長している。
「わかった……ピピのことお願いね」
「はい」
ノアの返事を聞き、私は部屋の中で動揺しまくっているアレクの元へと足を踏み出す。が、ぐっと腕を掴まれ引き戻された。
「姉さん」
「ん、何か言い忘れ?」
「これ、つけててくれませんか?」
ノアはシュルシュルっと自分の首から取り外すと、私の手に握らせる。渡されたのはチェックのネクタイだ。
「ネクタイ……?でも明日からも使うでしょう?」
「予備あるし、最悪つけなくても平気です」
「だけど、どうして急に……」
「あなたに、つけていてほしくて」
「……ノ、ア?」
まるでノアまで離れて行くような……ふとそんな予感がした。
ドクンドクン、と嫌な音が響く。凍りつく体。声が出てこない。
「信頼の証として」
信頼の、証……?信頼って……どういう意味だっけ。
言葉通り、頼りにして信じることだ。
「じゃあ行ってきます」
ノアはそう言い残し、外へ繋がる階段を颯爽と下りていったのだった。
信頼……──
スー……ハー……と大きく深呼吸して、アレクのいる部屋の中に入る。未だに固まったまま動けずにいるアレクは、表情にはわかりづらくとも戸惑いの目をしていた。
「アレクお兄様」
「……あ、セリィか……」
「ピピならノアが連れて帰ると言ってくれたから平気よ」
「……話、聞いてたんだな」
盗み聞きしていたことにお咎めは無く。それよりも今彼の頭の中はそれどころではなさそうだ。
「お兄様、少し話をしても?」
「?……あぁ」
「そこのソファに座って」
アレクを淡白なソファに座らせれば、今度はこの世の終わりかと思うほどの空気を醸し出し、頭を抱え始めてしまった。
これは……相当どうしていいのかわからないみたいね……
「俺は……今までずっとピピのことを苦しめていたらしい」
「……そうね。確かに苦しかったと思うわ……ピピはずっとアレクお兄様のことが、恋愛感情で好きみたいだから」
「…っ、!セリィは知っていたのか……?」
「私もハッキリと断定できたのは最近だけど……お兄様にピピの想いを否定してほしくなかった」
きっと実の妹である私だからこそ告げられること。
ピピがお兄様に対する気持ちを男の人として愛しているなら、それは紛れもなくピピの恋情であり愛情だ。
「……否定したわけじゃない。ピピは俺しか知らないから良く見えてるだけで、視野を広げて関わっていけば気の合う男はたくさんいる」
「それでもいいじゃない。ピピはお兄様より素敵な男性がいたとしても、お兄様のことが好きだわ」
「っ、……」
そもそもアレクよりいい男なんている……?
包容力から生まれたような空気を纏い、切長の目に鼻筋の通った顔。ライラック色の肩まである髪は私の畝った髪とは違い、まっすぐとしたサラサラ髪だ。ビジュが抜群に良くて、それでいて伯爵家の後継者なんだから欠点がひとつも見あたらないわ……感情のわからない目だって、アレクお兄様の場合はカッコいいもの。
ただ思ってた以上に、恋愛事には自信がないというか消極的というか……殻を破らせるにはノアの言う通り時間が必要なのかもしれないけど。
「お兄様はピピのこと、どう思ってるの?」
「……俺は、大事な家族だと」
「そこに恋愛感情は全くない?」
「…………仮にも兄妹だ……どうにもできない」
「っ!」
ドクンッ、と心臓が大きく跳ねる。
それって……つまり……アレクはピピへの感情を、自分の中に押し込んでいるということ……?
「お兄様…!本当はピピのことがっ」
「言うな。それ以上は言うな……俺は兄としてお前達を幸せにする責任がある。悪いセリィ……心配してくれてるのに」
「……っ」
もどかしさに顔が歪む。責任なんて捨ててしまえと言いたい。でも、これがアレクサンドル・ローランスという男だった。恋には奥手で一途で、責任感が強く優しい。
そうだ。そんな彼だからこそ幸せになってほしいと願ったんだった……
それから私達はノアに言われた通り、先に学園のほうへと戻る。
「お兄様。ピピの幸せを思う気持ちもわかるけど、アレクお兄様も幸せになってほしい。それだけは、忘れないでね」
「……あぁ、ありがとな」
ポンっと私の頭に乗せた手には覇気がなく、切なく笑ったアレクの顔が、ネクタイをつけていてほしいと言ったノアの表情と重なった。
今ピピとアレクが両片想いをしているかもしれないという、前世からの願ってもない事態が起きているはずなのに、どこか曇った心は晴れないまま施設に辿り着く。
部屋に戻りしばらくの間、窓からピピノアの帰りを待っていたが、二人は帰ってこなかった────
♢天の声♢
読んで下さっている方、ブクマ等して下さっている方、本当にありがとうございます!!
まだもうちょっと続きますが、最後までお付き合いいただけると嬉しいです( ͡° ͜ʖ ͡°)あれ、前も同じこと言ってたかも?




