黒の戦士①
ローランス家で過ごす休日はあっという間に終わり、私達は再び四人で学園に向かった。
ノアにご褒美と称した突然のキスをされてから、私は彼の顔をまともに見られないでいる。言葉通りギクシャクしてしまい、馬車の中でもピピに隣に座ってもらった。折角アレクの隣に座れたはずのピピに申し訳ない気持ちもある。が、嫌な顔ひとつせずニコッと愛らしい笑顔で了承してくれたのだ。
ごめんピピ……でも思い出すだけで体が熱くなるの……感触がリアルで、心臓が飛び出そうになってしまうの。ノアの隣は安心で満たされるのに、今はちょっと落ち着かないみたいだわ。
最終的に、もしかして、私のことを……?……なんて、バカなことを考えてしまったのには理由がある。原作の中で彼は、何人かの女子生徒に言い寄られキスをせがまれた時に『好きな人としかしません』とバッサリ断ったのだ。もう原作に惑わされないと決めたにも関わらず、その言葉を思い出しては簡単に動揺してしまった自分が恥ずかしい……
「ノア…、やっぱりセリィに何かしただろ」
「……少しは意識してもらえたってことですかね」
推しイケメンの二人を目の前にして、私は隣のピピの腕を学園に着くまでぎゅうっと握っていた────
一旦宿泊施設の部屋に戻り、それぞれ制服に着替えた後また私達は集まった。講義が始まるまでもう時間に余裕がなかったため、学園の外に生徒は見当たらない。ピピノアの黒髪を晒すのに相応しい絶好のタイミングだ。
「……!」
黒髪に戻したノアと目が合うと、居た堪れず目が泳いでしまう。
あ〜〜、これから気合を入れないといけないのに、ノアったらなんてことをしてくれたの……?
……違うわ、ノアは何も悪くない。そもそも私があんなみっともない格好でノアの部屋に行ったのが間違いだったのに。
あのキスもノアの中でご褒美って言うんだからそうなの。そうよ、ノアだってキスしたいお年頃。きっと私がマチルダとキスする感覚でやったに違いないわ!
「…………すごく勘違いされてる気がする……」
「ん?なんだ」
「あ、いやなんでもないです……」
それから私達は学園に向かった。
お兄様と分かれ、まだ慣れない教室に入った瞬間、みんなの目の色が一瞬で変わる。「うわっ」と悲鳴に近い声が聞こえたり、ヒソヒソと話し声が聞こえた。
この調子だと、今日中に二人の黒髪は学園内に広まるだろう。私達は予想通りの反応に気にせずそのまま講義を受けた。罵詈雑言を直接言いに来られなかっただけまだマシだ。
そんな中、初めて私達に声をかける人物が現れたのは教室を移動している時だった。
「白髪から漆黒に変わったか」
「…っ」
振り返ると、そこには威圧感のある声と佇まいで。つりぎみの目に深紅の髪色をした彼は時期この国のトップとなる人間。前世で私が嫌っていたオスカル皇太子殿下の姿があった。
周りには誰もいない。ヒューゴ先輩も真面目に講義を受けているのなら、年齢もクラスも違うオスカルに一々合わせていられないだろう。
というか、白髪のピピノアのこと気づかれてたの……?
ヒューゴ先輩がオスカルに言ったとは考えにくい。もしそうなら私は既に仕留められているだろうから。
こちら側に歩いてくるオスカルに気づかれないよう、私はピピとノアに小さく声をかけた。「何があっても殿下に絶対に手を出さないで。私に任せて」と。
「おい、お前。ローランス伯爵家のセリンセと言ったなあ?」
「……はい。お初にお目にかかります。セリンセ・ローランスと申します」
目の前にまで来たオスカルに、一応礼儀正しく挨拶をする。
嫌いな相手と関わらないことは前世の教訓だったけど、一度死んだと思うと不思議となんでもやれる気になるわ。それに今の私は頑張る理由が明確にわかっているから生きやすい。ただ推しのために尽力すればいい。
「まさかお前のような小娘が、こんなに立派に育ててくれると思わなかったぜ」
「……っ」
突然頭上の髪の毛を鷲掴みにされ、痛みで顔を歪めてしまう。
「ほ〜〜、随分と黒き戦士を忠犬として飼い慣らしたもんだなあ?」
殿下は両隣にいたピピとノアを舐めるように見ながら言った。二人がどんな顔をしているかは見なくても大体わかる。
本当ならばオスカルなんて、ピピノアの手にかかればけちょんけちょんなんだけど。今敵に回してやりたいことを妨害されたくない。
「お前達双子は戦士の力が宿っているはずだ。なあ、こいつらを俺にくれよ。俺の奴隷にしてやる」
「…………」
だけどやっぱり……むっか……つく〜〜……っ!一発殴ってやろうか?……だめだめ、我慢よセリンセ。落ち着いて……
「俺の支配下に置かれるなんて名誉で光栄なことだぜ?下僕民だった底辺が、この俺様を守って戦えるなんて泣いて喜べっ!」
本当に、クソ野郎。誰よこんなのヒーローにしたの……原作より酷いわ。ローズがそばにいないから?
「……殿下、お言葉ですがこの二人は私の何よりも大切な家族です。それだけは譲れません」
「なんだと?」
偉そうに高笑いを浮かべていた表情から一変、ギロリと睨まれる。
「今俺の命に反いたか……?」
「失礼ながら。……ですが、神に戦士の力を授かった以上、この学園の生徒は全員守ります。オスカル殿下が例え一番偉かろうと、ここでは一生徒です。お願いですから、平等に守らせて下さい」
「……そんなことを言って、ただ自分のそばにおいておきたいだけだろうがっ」
「……!」
「セリィ!」「っ、!」
その瞬間勢いよく突き飛ばされ、床に尻餅をつく直前にピピノアが瞬時に受け止めてくれた。そしてひざまづくノアの膝に一旦座る。
「ありがとう……」
「セリィ、もう何もしないのも我慢の限界だわ」
そう言ってギュッと抱きしめ私の胸の中に顔を埋めるピピ。そして思い切り髪の毛を掴まれてジンジンしていた私の頭上に、ゆっくりとキスを落とすノア。
「ノ、ノア…っ!」
驚いて頭を押さえ、小声で訴えた。頭に伝わった感触が柔らかく、唇にされた時のことを思い出してしまう。
しかし見上げて見えたノアの顔がただただ切なくて、こっちまで泣きそうになった。私の体を受け止めた彼の大きな手が震えていたことに気づく。
あぁ、こんなに心配させちゃダメね……
「ハッ!そんな下僕に愛されて満足かセリンセ・ローランス。たかが伯爵家の娘が、いい気になって……」
私はノアの膝から立ち上がると、もう一度オスカルに向き合った。大丈夫だと伝わるように、二人の手をギュッと握って……
「どうせ汚く醜い孤児を誘拐してまでして育てたのは、伯爵家を戦士の力で反映させるためなんだろ?」
「…っ……!」
どうして、誘拐したことを知ってるの……?
「なぜ俺が知ってるのかって?あれはまだ俺が九つの時、夢の中で神からお告げがあったんだよ。孤児院にいる黒髪の双子に、将来戦士の力が宿ると…。そして双子が何者かに誘拐されることもなあっ!」
九歳っていうことはまさかっ、私が前世の記憶を取り戻したと同時に、オスカルも神のお告げを授かったってこと……⁉︎
私が生まれ変わったことで時期が変わった…?それで内容も未来を予言するものだから、誘拐されることも加わったんだ。でもそれなら……
「神のお告げがあっても、二人を引き取りに来なかったのはどうしてですか?殿下は二人の力を欲しがっているように見えますが……」
流石にあの日からこれまでの月日があれば、誘拐したのがローランス家だとわかったはず。
「……フハハッ!あんな悪魔のような汚らしい生き物を育てようと思うのはお前みたいな変わり者しかいない。俺はずっとこの時を待っていた。セリンセ・ローランス、お前の欲しい地位はなんだ?俺にそいつらを渡せば、金もいくらだって手に入るぜ?」
「…………」
つまりもし誘拐自体が無かったとしても、オスカルはハレルヤ学園に入学する間際まで何もするつもりがなかったというわけ?
あぁ。本当に、二人に対して愛のカケラも見られない……
「……話が通じないわ……ほんっと、腹が立つな。何が、ぜ?よ……何もいらんっつーの」
全て小声で呟いているのだが、たぶんそれなりに聞こえていた。オスカルの顔が段々不機嫌になっていったのがその証拠だ。
しょうがないでしょ、私の堪忍袋の緒が限界に達したんだから。
ピピノアもずっとこんな風に、私のために腹を立ててくれていたのだ。
「あぁ、申し訳ございません殿下。ローランス家は社交の場には疎く、口が多少悪いもので……ですがもう一度申し上げます。ピピとノアのことを悪魔とおっしゃる方に渡すことはできません。地位やお金は関係なく、私自身が二人のことを大好きだから嫌なのです。ですので例え殿下の命でも、断固としてお断りいたしますっ!」
「…っ…」
「その代わり、オスカル殿下が被害にあわないよう二人が全力で悪と戦いますのでご安心下さい」
そう言ってにっこりと最上級の笑顔を向けた。作り笑いの。実はビビリでヘタレのオスカルというのを知っているからこそできた啖呵だった。
たぶんこれ、あとでローズに愚痴るやつだわ……
♢天の声♢
おのれオスカル〜〜っ!!
(※今頃言うのもなんですが、ざまぁではございませんのでご了承下さい)




