いざ、歓迎パーティーへ!②
※セリンセ視点に戻ります。
ピピはアレクお兄様に気持ちを伝えるため、私達と一先ず別れを告げた。しかし私達はその後をこっそりついて行き、様子を伺っていた。
ローズの周りの輩が頭のおかしなことを言い出したところで出て行こうとしたのだが、ノアが私の腕を掴んでそれを止める。
ピピが一方的に酷いことを言われ、内心強い憤りと怒りで私は爆発寸前だった。
ローズも黙ってないで何とか言いなさいよっ!
魅了の力に慣れきって、あれが普通になってるんだわ。
ついには罵声だけでは飽き足らず、ピピはローズの取り巻きの一人に突き飛ばされてしまった。
その瞬間、『ピピ…!』と叫ぼうとした私は、後ろから大きな手で口を塞がれ、腰には腕が回されぎゅっと動きを静止させられる。
「…っ⁉︎」
驚いたと同時に、目線の先ではさらに驚くべきことが起こっていた。
アレク、お兄様……うそ……魅了の力から自我を、取り戻した……?──
そう思ったら、今度は涙が視界を遮ろうとする。
お兄様は後ろに倒れそうになったピピを支えると、そのままピピを連れて会場の外へ出て行ったのだ。
すると私の動きを止めていたノアの腕と手も緩くなり、体を解放してくれた。
「ノアっ、アレクお兄様が戻ったわ…っ!ピピの愛が届いた!ピピ、すごい〜〜……」
だってこれは、本当に二人が推しカプになるのも私の夢じゃないって話で。我慢しようとしても目から飛び出た涙がこぼれ落ちる。
「どんだけですか……それに、兄さんは戻ったんじゃないですよ」
「……?」
ノアがハンカチで、私の化粧まで落ちないようそっと涙を拭いてくれている。
「最初から令嬢のことを好きになっていなかったんです。兄さんがそんな簡単に、力に左右されるのはおかしいと思ってました」
「ど、どうして…?彼女の力は本当に強くて」
「アレク兄さんは既に祭典の時に彼女の力に気づいてたし、しかもそのあとも俺の髪が不吉だと言われたことに、嫌悪感を抱いてたから……当人が言うのもあれですけど」
「えっ、あの時聞こえてたの…⁉︎」
ノアの黒髪がバレた時、ボソッと聞こえた、本当に黒が嫌いなんだろうと思うほどの『……不吉』という言葉。
ローズが黒いものを嫌いでも、否定するつもりはない。好みは人それぞれだから。ただ、それがこの世界に生まれた人の普通でなくてはならない宿命になっているのなら、そんな宿命は変えたいわ……
「あの日アレク兄さんは力の効く範囲にいたはずですが、それでも俺達のことを思ってくれました。それが今になって避けるなんておかしな話なんです」
そうだとすると、……アレクお兄様よりローズの近くにいたのは、ノアなんだけど……?
そんなことが頭をよぎり首を横に振る。
「原作、読んだでしょう?この世界の主人公は彼女なの。例えあの時に効かなかったとしても、この学園に入ってしまえばありえないことが起こる……」
ここはもう、彼女専用の色恋のための城みたいなものだわ。乙女系の漫画って、こう考えると当て馬や脇役に対して無責任なのね……
「では俺が証明しますよ」
「えっ?」
ノアはそう言うと、ニヤッと少し楽しそうに?私の手を引いていく。何人もの人達が一人を取り囲んでいる場所まで。
「ローズのものを横取りするなんて……」
「憎たらしい女だ。あぁいう女はすぐ男を騙してたぶらかせるんだ」
ピピがいなくなってもなお、愚痴を言っている彼らには心底嫌気がさした。
やっぱりどう考えても関わりたくはないけど……
「でも、アレクが……」
まるで絵に描いたような悲劇のヒロインみを発揮する彼女に、ため息が出そうになる。
「あの不届き者を処罰するために外へ連れ出したんだろう」
「あぁ、きっとすぐに戻ってくる」
はあ……?と思わず口に出そうになり、ぐっと歯を食いしばった。
近くに来た私達に気づくこともなく、ローズを慰めることに必死なその様は、なんというか馬鹿馬鹿しいと思えてならない。
もしピピが男を騙して操れる悪女だとすれば、もうアレクお兄様はここへは戻ってこないんですけど?とも言いたくなる。
「ローズ嬢。先ほどは姉が大変失礼致しました」
ノアが円陣の中心人物に声をかけると、中からローズの姿が鮮明に見えた。
……近くで感じる甘い匂いと、空気。私でも感じ取れる彼女の魅了は、少女の時よりも格段に強くなっている。
けど私には甘ったるすぎて、逆に魅了されずに平静を保ててるのかもしれないわ……
「……?姉?髪の色が一緒ね……もしかして双子?」
「はい。ローランス伯爵家養子の、ノアと申します」
あっさりと素性をバラすノアに、私はビビり散らかしている。す、好きになってないよね?と内心ビビっているのだ。
「ローランス?って、アレクの弟になるの?それじゃあさっきの子も……」
「義理の妹になります」
「……義理」
『義理』という単語が気になったのか、ローズは小さく呟いた。
「でも本当に妹だったのね?アレクも言ってくれたら良かったのになぁ」
「あ、それと殿下が貴方を探されていましたよ」
「えっ!…本当?」
嬉しそうなその反応は、あまりにもわかりやすい。既にこの時からローズは皇太子に想いを寄せていたのだろうか?原作ではそんな素振りなかったけど……
「ノア、教えてくれてありがとう」
……っ⁉︎──
ノアのことを呼び捨てしたローズに、まるで時が止まったような感覚になった。
あれ、おかしいなあ……?胸の辺りが、変だ……
「姉さん、……姉さん…っ」
「…!」
別の場所へと意識がとんでいたところ、ノアの声で呼び戻される。
「彼女は殿下を探しに行きましたよ」
周りを見渡すと、ローズを中心に円になっていた取り巻きは誰もいなくなっていた。
「そ、そっか…………って、何であんな嘘を……?」
「俺、どうでもいいことに時間使いたくないんです」
「ん、?」
「つまり、彼女の恋愛に利用される無駄な時間はいらない。二人が両想いになることが変わらないなら、グダグダやらず最初から両想いにさせればいいと思いませんか?」
「っ…!」
そ、その手があったか…!オスカルは嫌いだしローズも苦手だし、興味がなさすぎて全く気がつかなかった……やっぱりノアは天才だわっ!
「それに、証明できたでしょ?」
「へ……」
「俺に彼女の力は効いてません」
「……うそ」
「ここで嘘ついてどうするんですか」
そう言ってノアはフッと小さく笑った。
「本当に『ノア』って呼ばれても、何とも思わなかった?『ありがとう』ってお礼を言われても、胸がドキドキしなかったの…?」
ヒールを履いていても見上げないとノアの顔が見られない。心臓はドクドクと壊れそうなくらい音を立てていた。
あぁ、やっぱりこわいんだ……信じていても、ノアがローズを好きになってしまうかもしれないということが、こんなにもこわい……
「……ドキドキ、してますよ」
「…っ、や、やっぱり…っ」
「今目の前にいるあなたに、です」
「……⁉︎」
ノアの突然の言葉に驚き、目玉が飛び出そうになる。
まるでプロポーズかのような台詞だわっ!しかも顔が良……すぎて……
あまりの巧みな推しの口説き文句に、心臓を貫かれていないか胸付近を確認してしまった。
「名前を呼ばれて胸が高鳴るのは、あなたにだけです。笑顔にさせたいと思うのも、喜ばせたいと思うのも」
「…っ」
そんな恋人に送るような台詞を言われてしまえば、私が簡単にときめいて狼狽えてしまうって知ってるでしょう…?
「姉さん、今度俺にご褒美下さい。あの漫画通りにならなかったことへのご褒美」
「それは全然いいけど、どうしてノアには魅了が効かなかったの……?それに本当にアレクお兄様に効いてなかったとすれば、どうしてピピを無視したの……?」
「兄さんのことはあとで直接聞くとして、俺に効かないのは姉さんがそばにいるからですよ。先に本物に出会ったんだから、そんなもの効くわけがない」
「…………何を言ってるのかわからなくて、頭が爆発しそうだわ」
だってノアの言っていることはありえないもの……
そう思うのに、さっきローズにノアを呼び捨てされたことでモヤがかかったように感じた違和感は、すっかり彼の言葉で消えていたのだった。
♢天の声♢
ノアの忍耐どうなっとんねん……と思いながらみんな読もう……




