ピピ④
「あの……アレク兄様……?」
会場の外に出ると、学園の近くまで歩いていた。ふと辿り着いた先の噴水を見れば素敵にライトアップされている。
ローズさんには誤解されたままできちんと謝罪できなかった……私に不敬や無礼があれば、セリィやアレク兄様、そして育てて頂いたローランス家の名誉に関わることだわ。
「ピピ、これ羽織っておけよ」
「っ!」
少し肌寒い中フワッと私の体には兄様の着ていた上衣がかかる。自然と呼ばれた『ピピ』が嬉しくて、キュンと心臓が跳ねた。
「風邪ひいたら大変だ」
その彼の纏う空気の温度にホッとする。
いつもの調子でいけば『どうして私のことを無視したんです⁉︎』と、無神経に可愛げのないことを口にしてるところだけど、今は兄様の優しさがただ嬉しくて素直に感謝を述べていた。
「アレク兄様、先ほどは私が恥ずかしい醜態を晒していることに我慢ならなかったのでしょう?勝手なことを言ってごめんなさい……彼女にはもう一度きっちり謝罪して、」
「違うんだ」
アレク兄様の低い声が私の言葉を遮る。
「俺は今日一日中何も手につかなかった挙句、ピピのことで頭がいっぱいだった…!」
「…っ…⁉︎で、でも、兄様は……」
「あぁ、そうだ。知らないフリをした。お前達を彼女に近づかせないために、今はそうするのがいいと思ったんだ……けどすぐに後悔したよ。ピピのあんな顔見たら弁解したくてたまらなかったし、本当はすぐにでも謝りたかった。酷いことをして、すまなかった……」
と、兄様は頭を下げた。
本当に酷いお人ですわ……私が貴方様をお慕いしていることはもう把握済みでしょうに。
義理の妹といえど、私と兄様が結ばれることはない。私は兄様と彼女が結ばれる瞬間も、笑顔で喜んでいなくてはいけないの。
きっと私が祝福できそうにないことを、見透かされていたのね……だから私に近づいてほしくなかったんだわ。先程のように身勝手で我儘なことを言ってしまうから。
それでも優しい兄様は私のことを突き放しきれなかった。って、なんて酷いのかしら……どう見ても酷いのは私のほうじゃない。
「私が兄様の、邪魔をしていたのですね……」
そう言葉にするとまた涙が出そうになって、アレク兄様に見られないよう背を向けた。
ダメよ……笑顔で、応援しないと……
「邪魔なわけないだろ?むしろ邪魔して来るのは……」
「いいのですっ、気を遣わないで下さい…!余計惨めになってしまうわ……はっきりあのお嬢様がお好きだとおっしゃってくれたほうがっ」
応援できるはずだから……
「は……?ピピ、お前何言ってるんだ?」
「で、ですからっ、先ほどのお嬢様のことをお気に召しているのでしょう……?」
「…………とんだ勘違いをしてくれてるようだな?」
「いっ、!」
アレク兄様は私の背後から腕を回し、私の両頬をつねった。
「痛いですわ!」
その痛みの反動で振り向き、キッと涙で滲む目で兄様を睨む。が、彼に見下ろされる瞳に不覚にもときめいてしまった。
結局、アレク兄様がどんな方と結ばれようと、私は兄様のことを想い続けるんだわ……叶わない上に敵わない、なんてね……
「俺が自分の欲のために、ピピにあんな態度取ったと思ってるのか…?心外だ」
「え……」
それって、彼女のことが好きになったからではないの……?
「全然わかってないようだから言わせてもらうが、俺はお前達が何より可愛い。セリィだけじゃないぞ。ノアも、ピピもだ」
「……では、どうして……」
「彼女は過去に祭典で、暗殺者に狙われていた子なんだ」
「…っ!」
それは、私が留守番をしていた日に起こった事件。
私とノアはあの事件があったことで、大切な人を守れるように強くなろうと決めた。
「名前はローズ・アムール。アムール男爵家の令嬢で、ピピと同じ養子だ。階級だとピピのほうが上。だからってわけじゃないが、さっきのことは気にすることはないし謝罪も一切しなくていい」
「でもそれでは、ローランス家の名が……」
「そんなことは考えんでよろしい」
「!」
両頬の次は、今度は鼻をつままれて、目を閉じてしまう。そんな私を見てなのか小さく笑った声が聞こえたので、ポスッと彼の胸を叩いた。
「じゃあ兄様は、また狙われるかもしれないと彼女の護衛を?」
「それも違う……彼女の周りにいた奴らの言動、おかしかったろ?執拗に退学しろと訴える。俺に向けられたピピの独占欲に対して、馬鹿みたいに出て行けと同じことを繰り返す……」
「…!独占欲ではありませんっ」
「違うのか?」
「あれは、その……八つ当たりですわ!」
「あぁ、まあそういうことにしておこう」
棒読み……私の気持ちを知っているのだから、私がいくら言い訳をしたところで無駄よね。
「セリィとノアが助けた時も似たような違和感があった。あの日はノアの髪を見られたのもあったが、令嬢の周りにいた者は害なす者を容赦なく傷つけようとする」
「あ……だからさっき髪の色のことを?」
そう聞けば、アレク兄様はひとつ頷く。
つまり、髪が黒だからという理由で排除されるというわけではなく、彼女の敵になりそうな相手であれば排除しようとする、ということ?
「俺はあの令嬢が周りに与える影響がどんなものなのか調べるために近づいた。胸糞悪かったけど、それが一番手っ取り早かったからな」
ため息を吐きながら兄様は私の頭に手を置いた。
この大きくて優しく、強い手がずっと大好きで安心する……
「ただそれだけのことで、ピピが想像したようなことは全くない。朝無視したのも、ピピ達がさっきみたいな奴らの被害に遭わずに済むと思ったからだ」
……そう、だったのね…………
兄様は、彼女の周りの人間から私達を守ろうとしてくれていた。
兄様の口から真実を聞いて納得し、押し殺した心が温まっていく。
「この頭、セリィが考えたのか?」
「あ……はい、まだ自分でも見慣れませんけど」
「似合ってる。素材がいいとなんでも似合うな」
「…っ!」
「ふっ、はは」
「ま、またからかいましたね…⁉︎」
「いいや、すごく綺麗だ。綺麗すぎてこのまま誰にも触らせたくないなあ?」
「……っ、?」
触らないでって私が言ったから、マネをして言ってるの…?やっぱり私のことをからかってるんだわ!
そう思うのに表情ではどうにも嘘がつけず、悔しい……
「だからお嬢さん。ここで一曲踊っていただけないだろうか?」
「…ひゃっ」
突然アレク兄様に手を引かれると、そのまま体にスッポリと入る。そんな強引な彼に戸惑いながらも、罠にはまっているような気がした。
「こらピピ、体離すなって」
距離を取ろうと離れようとすれば、グイッと体を引き寄せられる。
ち、ちか……い……全身の熱が上昇して発火しそうだわ……っ、やっぱり兄様のこういうところがずるいのよっ!
「音あんまり聞こえねぇな……むしろ静かでいいか」
「…………」
「ピピ。俺はどんなことがあってもお前らの味方だってこと、忘れるなよ」
熱い顔を持ち上げれば、暗くなっていく空とアレク兄様の穏やかに笑う表情が重なってとても綺麗。それがこんなにも胸を締め付けては離してくれない。
一体何度泣かせてくれようとするのでしょうか……
静かな誰もいない空間。まるでそこは、二人だけの世界にいるみたい……
神様……どうか今だけは、兄様のことをひとりじめさせて下さい……──
♢天の声♢
神「させてあげるよ〜〜!全然させてあげちゃう!!どうぞごゆっくり〜〜っ!」




