ピピ③
※ピピ視点になります。
ハレルヤ学園に入学して、久しぶりにゆっくりアレク兄様と話せると思ったのに……彼の目には拒絶の色。
白髪の私に気づかなかったのだと思いたくても、私達の師匠でもあるアレク兄様の目が良いことなど知らないはずがない。そんな彼が私に気づかないわけないの。
アレク兄様……彼女のことが好きになったから、私は邪魔になったのでしょうか?
他のどの殿方に嫌われようと、避けられようと構わない。ただ、兄様にだけは……兄様だけは……──
迎えた新入生歓迎パーティー。私に用意されていたドレスを着てセリィに見せると、いつものように大絶賛してくれる。
いつだってセリィは私達の味方で大好きな姉様で。アレク兄様も、そうなのよ……ずっと……意地悪でも、バカにされても、ちゃんと伝わるもの。私達の味方でいてくれるって。
だからどうしても、私が見たアレク兄様は信じられないの。無視された時は悲しくてたまらなかったけど。
近くにあの可愛らしい女の子がいたから誤解されたくなかったのだとしても、私が今まで見てきた兄様は絶対に無視したりしないわ……セリィも『おかしい』『何かの力が作用されて私達のことがわからなくなっているのかも』と言っていた。
大きなパーティー会場にて学園長らの挨拶が終わると、ゆったりとした音楽が流れ始める。
パーティーではテーブルにて立食も可能ということだけど、主なメインイベントとしてみんなダンスを踊る。意中の相手がいる場合は、その方をお誘いしてダンスをするみたい。新入生は先に立食や会話をして親睦を深め、ダンスをしたい方はするといった感じね……
「ピピ、もしまた無視されたとしても、それはアレクお兄様がおかしなことになっているからであって、決してピピのことを拒絶しているわけじゃないからね」
「でも……私の気持ちなんて言ったところで、兄様は……」
それは、こんな時だからこそ、兄様に私を可愛いと思ってもらえるようにとセリィが提案してくれたこと。
『なんでもいい。話したかったことでも伝えたい何かでも、ピピの本当の気持ちをお兄様に言うの。もしまた思ってないことや嫌なことを言ってしまったとしても、それでいいからね。ピピのありのままで』
「正直お兄様が元に戻るかはわからない……でもピピの言葉を聞けば、多少は思い出させることができるかもしれない。ピピには辛い思いをさせてしまうけど、私が見てきたアレクお兄様にはピピの存在が絶対に必要だわ。お兄様を本当の意味でへなちょこにできるのはピピだけなの」
「へなちょこ、って?」
「うーん……そうだなあ。そばにいて心から安心したり、心を許せるってことかな」
「だったらセリィのほうがよっぽど……っ」
「いいえ。お兄様は私に過保護だったから、安心よりも不安のほうが多かったと思う。責任感は強いほうだし、弱音だって私には吐いたことがないわ。でもピピとノアが私達の家族になってくれてから、アレクお兄様は間違いなく変わった。心に余裕が生まれて、二人のことを心から信頼してるの。ずっと言えてなかったけど、お兄様を自由にしてくれてどうもありがとう」
私とノアに向けられた、誰より美しいお辞儀には感謝と敬意が示されていた。彼女から出る空気は優しくて、無性に泣きたくなってしまう。
どうしてセリィはいつも、私達の心を満たしてくれるのかな……なんの力も無かった私達が、そんな大それたことができるはずないじゃない、そう思うのに……セリィはどこまでも私達の存在を認めてくれるんだわ。
「だからね、ピピ。あなたがいい。ピピだからアレクお兄様に届けることができる……」
私はその言葉に頷くと、鼻の奥がムズムズしてそれを押し込めるように笑った。
ねえ、ノア。私達は一体どれだけ幸せ者なのかしら……忌み嫌われていた黒髪で生まれたからこそ、こんなにも大切な人の存在が大きくて優しくて温かいと感じられる。自分でも呆れるくらい大好きでしょうがないの……ノアだってそうでしょう?もう、その顔を見たら一目瞭然ね……──
私はセリィをノアに任せ、アレク兄様を探していた。
そこは会場の設置された立食場の一角。
「ねえ、アレク。この私とダンスを踊っていただける?」
ふと聞こえてきたその声はとても甘く、断る思考なんて持ち合わせないほどだった。心がざわついた。
私はアレク兄様が彼女に返事をする前に、勇気を振り絞り声をかける。
「アレク兄様…っ」
「……兄様?…アレク、妹がいたの?」
「…………」
彼は何も答えない。こちらのほうを見向きもしない。
兄様じゃない……やっぱり、どう見ても違うのよ。
『ピピ、その傷どうした?』
『は……リスに噛まれたあ?また動物相手に喋ってたんだろ〜……ったく、手当てするぞ』
『痛いけど我慢な。……ん、よく気づいたなって?……ふっ、そりゃあしょっ中見てるんだから気づくだろ』
今目の前にいるアレク兄様は、まるで兄様の体をした違う誰かみたいだわ……本物の彼に、会いたい……会って、『ピピ』って呼んでもらいたいの。
「答えないってことは違うのね」
カチューシャをつけ、華やかなドレスを身に纏った女生徒はローズさんというらしい。彼女の周りには数名の男女がまるで取り囲むようにそばにいた。
よっぽど人気のお嬢様らしい。そんな人気の方がアレク兄様のそばにいてダンスを申し込んでいる。そんな事実に胸が痛んだ。もう既に私は、この感情を自覚している。
「どなたか存じ上げませんが、今から彼は私とダンスをしますので」
そう言ってローズさんはニッコリと笑顔になり、アレク兄様の腕に自分の手を回した。その瞬間、頭で考えるより先に咄嗟に声が出ていた。
「っ!さ、触らないで……!」
「……⁉︎」
「嫌、嫌よ……っ、私以外の方に触られるなんて……ピピがついてきてくれたらいいのにっておっしゃっていたのは、どこのどなた…?」
やだ、これじゃあ完全に八つ当たりじゃない!
周りから見れば我儘で強情な妹。こんな私は可愛いと思ってもらうどころか、恥ずかしい晒し者だわ……それでも止まらない。涙が滲んできてはポロポロとこぼれ落ちる。
「…………」
「私に言ってくれたことは全部嘘だったの?ひどいわ……っ、私兄様の言葉に何度も救われて、それで……!」
「ちょっとっ!今ローズに命令したわね?ひどいのはどっちよ?」
「それに彼女のことを侮辱した。自分のほうが偉いとでも言いたいのか?」
「最低だな」
え……なに……
彼女の周りから突然出てきた人達に、何がなんだかよくわからない。
「ごめんなさい。そんなつもりでは……」
確かに触らないでと大声を出してしまったのは失礼だけど、彼女のことを侮辱したつもりは一切ない。
「ごめんなさいって言えば許されると思ってるんだー?」
「悪いと思ってるんなら今すぐ退学しなさいっ!」
「たい、がく……?」
この方々は一体何を言っているの?
「この学園から出て行って」
「出て行け!」
「彼女に二度と近づくな」
「今すぐここから消えろよっ」
「…っ!」
一人の男子生徒が私の肩を思いきり押すと、反動で私はドレスの裾を踵で踏んでしまう。
し、しまった……後ろに転んじゃう……っ!
そう思った瞬間。
腰には鍛え上げられた腕の感触があった。私はその温もりを知っている。
「……っ」
兄様……?アレク兄様なの?
彼の腕は私の体を支え、丁寧に立たせてくれた。
「なるほどな……結局髪の色は関係ないわけだ?」
「アレク……?」
静観していたローズさんの眉間にはなぜだか力が入っている。
「もう我慢できん」
「…っ?」
頭が追いつかない中、アレク兄様は私の手を握るとしっかりと目を合わせてくれた。
ただそれだけのことなのに、また涙が出そうになる。
「おいで、ピピ」
「……⁉︎」
そう言って彼は私の手をひいて、パーティー会場の外へと走り出したのだった。
♢天の声♢
ピピ〜〜〜〜!!!( ; ; )
すきだ〜〜〜〜!!!!




