いざ、歓迎パーティーへ!①
ヒューゴ様……じゃなく、ヒューゴ先輩と別れた後アレクお兄様を探したけど、翌日になった今もまだ会えずにいた。普通であればお兄様も私達のことを探しているはずなのだが、ローズが近くにいるのだとしたら会えないのも不思議じゃない。原作での再会より時期が早まったのと、なぜかローズが原作よりもアレクに懐いている様子だったのが気がかりである。
今日は夜に新入生を歓迎した学園全生徒が集まるパーティーが開かれるので、そこではお兄様に会えるだろうけど、できればオスカルやローズに会うのは避けたいところ。
難しいわ……ローズとアレクお兄様が近くにいれば、オスカルとの接近も避けられない。
オスカルは今頃俺様かつ絶対的な存在にある自分に従わないローズに興味を持っていて、ちょっかいを出しているはずだからだ。アレクお兄様にピピを可愛いと思ってもらおう大作戦を決行しようものなら、関わりたくない二人と必然的に関わらなければいけなくなる。
おまけに昨日の集会の場で私達が彼らに見つからずに済んだのは、ローズやオスカルそれぞれの周りに人が集まっていて視界を防いでいてくれたからだった。そして短時間で終了してクラス別行動となったからであって、今日の夕刻から始まる長丁場のパーティーではそうはいかない。
結局推しを救うにはメインキャラとの対面も免れないってわけね……
覚悟は決めていたはずだったのに、土壇場になって勇気が必要になる。恐怖のアトラクションに乗る直前みたいな感じ。
「ノア。そんなに警戒しなくても平気だよ。もし殿下に髪のことを知られたとしても、二人には手出ししないだろうし、私がやろうとしてることも気づかれなければいいんだから」
ノアは昨日ヒューゴ先輩に言われたことが気になっているのか、私のそばを片時も離れようとしない。授業の合間を縫って、ノアと再度図書館に来てからも来るまでもずっとである。
ローランス家にいるときは割と自由に動いてやりたいようにできていたはずだけど、今は気の張り方が尋常じゃなかった。
私が転生者で自分がこの学園で死ぬ運命にあると知った手前、危機感を持つのは当然と言えば当然なんだけど、私の使命としては推しをただ救うのではなく幸せになってもらうことが前提だ。
このままだと大好きなノアの笑顔も見られないわ……
「姉さんは昨日初めて会った人のことを信じすぎです。あの人が黙っているとは限りません」
図書館には昨日のことが嘘のように、穏やかな日差しが窓から差し込んでいた。
ただ周りに生徒は見当たらない。悪魔が出たと妙な噂が広がってしまったこともあり、しばらくはこんな状態が続くだろう。良いのか悪いのかわからないが、おかげでこうして事後の調査がしやすい。今後に繋がる手がかりはないかという調査だ。敵が現れる意味は無かったとしても、原作に描かれていない部分があるとノアが証明してくれた。これからは原作ではわからなかったことを少しずつパズルのピースのように埋めていくしかない。落ち着いたらエルザ様にも話を聞こうと思う。
「信じる……っていうよりも、嬉しかったのかもしれないわ」
「え、?」
「ヒューゴ先輩に、私はこの世界にいないといけないような気がする、って言ってもらえて。……ほら、ピピとノアを養子にしたと言っても環境が良いのはローランス家のおかげだし私自身は何もできてないなーとか、むしろ祭典に行くって我儘言った時はノアのことだって傷つけたりしたから何やってるんだろう〜とかさ」
「それは…っ」
「うん、ノアは優しいから違うって言ってくれる。……それに私達に恩も感じてるでしょう?返さないとって、思ってるでしょう?」
「っ……」
「私はいつもそれに甘えちゃうの。そんな自分のことがまた許せなかったりするから、私に全く情の無いヒューゴ先輩から、率直な言葉でそう言ってもらえたのが単純に嬉しかったのかもしれない……」
「あの人が、姉さんを口説こうとしているとしたら…?」
「私を?……ないないっ!自分に好意を向けられてるかくらいは流石にわかるよ」
「…………」
「……ノア、なんか怒ってる?」
というより、何かを言いたそうな綺麗な顔だ。
「いえ、怒ってません。呆れてるんです」
あー、そうそう。そういう顔も大好きなんだけど、やっぱり笑ってほしいな〜〜……?
と、ノアの顔を覗き込めば、「なんですか」と言ってパッと顔を逸らされる。しかしその横顔から見えた頬は赤く染まっていた。
呆れていると言ったノアが急に照れるわけなかろう。
「……?ノア、もしかして熱あったりしないよね?」
「…………ふざけてるんですか」
「ふざけてないよっ、熱あるんだったら今すぐ」
「熱なんかないですから…っ!」
ノアのおでこに触ろうとすれば、手で妨げられてしまった。
あれ、やっぱり怒ってない…?
「……そうやって俺のこと煽るのやめてください」
「え……」
そう言ったノアの声が少し苦しそうで。私が何かしてしまったんだろうけど思い当たることすらわからず、こんな顔でも内心焦っている。
「簡単に特別なんじゃないかって勘違いするんですよ」
「ノ、ノア、なんのこと…?」
「姉さんにとって俺は義理の弟で、ただそれだけの関係でしかない。それでもう十分だろ、満足してろとも……思うのに……」
「……うん」
「今も……昨日会ったばかりの人間に、姉さんの気持ちが動かされたってことに嫉妬するし。姉さんはいずれあの人に惹かれてしまうかもしれないって……」
「ん?」
んん?ノアは私がヒューゴ先輩を好きになると思ってるの?なんで……?
「俺が警戒してるのは身の安全だけじゃないですよ。これ以上あの人と親密にさせたくないとか、他の誰にも姉さんを奪われたくないと思う俺の未熟さと弱さです」
「…っ、私そういうつもりで言ったんじゃ」
ないんだけど……つまりノアは私がヒューゴ先輩に恋をして自分から離れていくんじゃないかって不安になったってこと?…………なにそれ、エモすぎじゃない?
「それに、なんか向こうは俺と違って余裕があってムカつきました……」
かわいすぎか……
ノアのちょっと拗ねたような表情が素晴らしくて、思わず頭を抱えてしまった。
推しが尊い……生推し強しだわ。
「ノア、忘れちゃったの?私の気持ち悪いほどの愛を話したじゃない。推しが幸せにならない限り自分の幸せなんてありえないわ。それに私はノアのそばから離れないし、これから先もずっと一緒にいるよ。ノアがそれを望んでくれる限りね」
「……いいんですか。そんなこと言ったら俺、一生とか言いますよ」
「ふふ、じゃあ私は一生ノアのものね」
「…………ほんと、意味わかって言ってるんですかね」
独り言の様に呟いたノアの声はなんと言ったのか聞き取れなかったが、「セリィ……」と私の名前を呼ぶもう一人の推しの声が聞こえた。
か細く聞こえた声の方に振り向けば、ピピがトボトボと悲壮感まみれで歩いて来ている。
「ピピ……?何があったの?」
「アレク兄様を見つけて、それで……声をかけようと思ったんだけど」
涙をスカイブルーの綺麗な瞳に浮かべている。不覚にもそれが美しくて、私はそんな意識を飛ばすように首を横に振った。
「目があったのに、無視されたわ……私のことを拒絶するような目で」
「えっ!」
私とノアは思わず顔を見合わせてしまう。それはアレクお兄様が魅了の力でヒロインのことを等々好きになってしまったということを意味していた。
「アレクお兄様の近くに…、昨日の頭にカチューシャをつけた女子生徒はいなかった?」
心臓がうるさく音を立てる。ドクドク脈を打つ。
「……うん。いたわ……カチューシャの可愛らしい女の子」
そう言ったピピの左目からは涙が溢れていた。
「ピピ……」
自分よりも身長の高いピピをそっと抱きしめると、彼女の細く逞しい体が震え出す。
原作では例えヒロインが好きでもアレクお兄様はピピノアの味方でいてくれたはずで……私はそれを信じたい。今は拒絶されたとしてもいずれは二人の味方になってくれるはずだから……
──本当に?……それで本当にいいの?それがいつかもわからないのに。
「ピピ。私に考えがあるの。聞いてもらえる?」
うまくいくかはわからないけど、私達にはヒロインに埋められない歳月と絆がある。ローランス家の愛は魅了の力に負けないことを証明するしかないわ。
♢天の声♢
さーさー盛り上がって参りましたよ〜〜!




