15歳、始まりの日⑥
「つ、付き人とは……」
「あぁ、オスカル皇子が予定していた護衛が見つからないから、見つかるまで僕に守れってさ。どうも神のお告げでこの学園が何かに襲われると予言されたみたいだけど」
ヒューゴ様は体に巻きついていた蛇を専用ケージに入れた後、私達を目の前の風変わりな椅子に座るよう指示した。
まだヒューゴ様は図書館での出来事は存じ上げていない様子。
原作ではピピノアが皇太子を守る役割を担ってこの学園に入ってきているため、その代役を彼が任されたといったところだろう。彼も原作では出てこなかった人物。
どうしても皇太子様は自分を誰かに守らせたいみたいね。
「その彼が探してる戦士って黒髪らしいんだけど、ノアくんもそれ地毛じゃないよね?」
「っ!」
ひ〜〜っ、なんて洞察力…!皇太子がピピノアの代わりに任命するくらいだし、この人実は只者じゃないんじゃ……っ?
私は気持ちを落ち着かせるように、ヒューゴ様にはバレないよう小さく息を吐いた。
「ノアは……今わけあって頭が少し禿げているんですっ」
「っ、⁉︎」
「なのでそれを隠すために被り物を……一応お相手探しの学園ですし、初日から禿げてるなんて広まっては困ります。ですから、ヒューゴ様もこの事はどうか知らなかったことにしていただけないでしょうか」
「……地毛じゃないってことを?」
「はい」
な、なんとか誤魔化せた……?
隣のノアから無言の圧を感じる。
だって、こんな初日からバレてしまったら嫌な意味で目立ちまくりじゃない…!ピピもノアも黒髪がバレても平気だと言うけど、周りはきっと刺すような目で見てくるわ……祭典でノアの髪を見られた時のように。
「セリンセちゃんってほんと面白い子だね。……それじゃあ僕と婚約してくれない?」
「はい…?」
「君は僕を見ても悲鳴をあげなかったし、驚きさえしなかった」
いや、驚きはしましたよ?だって体に蛇巻きついてる人なんて滅多にいませんからね…?と心の中では突っ込むものの、私の顔がこんなだからわかりづらいというのも事実である。
「そんな子にここで出会ったのはまさに運命だよ。セリンセちゃんが僕と婚約してくれるんなら、もちろんノアくんのことも黙っててあげる」
なんとまあ、投げやりなプロポーズだわ……それだけ彼は女性から拒否され続けてきたのかもしれないけど。
「…?ノア?」
ものすごいオーラを漂わせながら、突然頭に手をかけたノア。
するとかりそめの白髪から深みのある黒髪が露わになる。
「えっ⁉︎」
「言いたければどうぞ。その皇子に」
ちょっと、ノアくん何やってんのーー!せっかく禿げてるって嘘までついたのに意味ないじゃない……あ、もしかして禿げてるなんて言われたのが気に食わなかったの?嘘だよ〜〜嘘に決まってるじゃ〜〜ん……第一そんな簡単に外せないようにしたはずなんだけど?
「……やっぱり黒髪だったか」
「っ?」
ヒューゴ様の顔がニヤリと笑顔になり、いかにも悪そうな顔つきになった。
もしかして、わかってて言ってたの?それとも私の嘘が下手すぎてバレた……?
「急にハゲてるなんて言い出すから、笑い堪えるのに必死だったよ。セリンセちゃんって期待を裏切らないね」
そう言ってヒューゴ様は我慢ならなかったのか爆笑している。
本当はノアが黒髪だってわかってて言ったんだ……
じゃあさっきの私の嘘は茶番でしかなかったってこと?なにそれ、恥ずかしすぎじゃない……
ヒューゴ様の心の中は、今目の前で盛大に笑ってしまうほどずっとヒーヒーだったのね……でもこの人、ノアの黒髪を見ても驚きもしなかったわ。例えわかっていたとしても、この世界では見慣れないはずなのに。ノアに対する嫌悪感も無さそうで、自然と恥ずかしさよりその嬉しさのほうが増していく。
「あーこわいこわい。そんなに睨まないでよ。僕よりこわいなぁノアくん。せっかくお姉さんが嘘ついてくれたのに、僕が彼女に婚約してだなんて言ったからそれバラしたんでしょ」
「え……」
なに、どういうこと……?
無言のままノアはヒューゴ様を睨み続けている。
「わかりやすすぎるよ君。それに相手が僕だから良かったけど、皇子に知られてたらセリンセちゃんはまず消されてるね」
「っ……!」
「皇子の話と君達の話を統計して大体のことは理解した。ノアくんがルナシーってのと戦える戦士で、セリンセちゃんが体から出た負の感情を元に戻したってところかな。でも本来ならその戻す行為はしなくていい。ルナシーはその負の感情に寄ってくるから」
思わずゴクンとひとつ、唾を飲み込んだ。全部お見通しだ。やはりこの人は只者じゃないと、もうひとりの私が呟く。
「再びルナシーが寄ってきたら同じことの繰り返しで、セリンセちゃんはオスカル皇子からしたら迷惑行為をしたんだ。これがバレたら簡単に消されるよ」
確かにヒューゴ様の言っていることは的を得ている。この学園の生徒が襲われることを皇太子は知っていて、自分が危険に晒されることを一番嫌う人間だ。
もしオスカルがルナシーは生徒の負の感情に感染するものだと知り、それを体に戻したと知られてしまえば私は間違いなく消されるだろう。
「…………何をすればいい」
ノアのその声は滅多には聞けない絞り出すような低い声だった。
「あ〜もう、言ったでしょ?僕だから良かったけどって。君達を脅すつもりはないし、何かしてもらうつもりもないよ。皇子にも言わないでいてあげる。もちろん求婚も冗談だから安心しなよ」
それはまあ、わかってましたけど……
「ヒューゴ様は一体、なぜそこまでしてくれるんですか……?殿下の付き人は面倒だって言ってたのに」
ましてや、今会って話しただけの人のために。
「う〜ん、どうしてだろう……セリンセちゃんの正直さとか、空気感も含めて、まるで聞いてるこっちまで認められてるような気がしたからかな。僕はノアくんが怒るほど意地悪なこと言ったのに、真面目に真剣に答えてくれた上に、君の言ったことはこの世界の誰も言えないだろうからね」
「ヒューゴ様に言われたことは本当にその通りだと思っています」
「えぇ?無責任って言ったこと?違うって。僕はただ君が綺麗事を言っている表面だけの人間なのか、どういう考えなのか興味があったからで、本当にそう思ってるわけじゃないからね?……それに、君はこの世界にいなきゃいけない気がするんだよね。これは僕の勘だけど」
ヒューゴ様の言うことは随分と買いかぶりすぎな気がするが、騙されてる感じもしないから不思議である。
「僕が皇子の面倒見てるから、君達は思いのままルナシーとやらから生徒達を守ったらいい。本当はあんなののそばに居るなんて嫌だけどさ……それなりに逃げながらうまくやるよ」
「感謝致します……ヒューゴ様」
「あぁ、"ヒューゴ様"じゃなくて"ヒューゴ先輩"って呼んでほしいな。ノアくんも頼むね。一度は呼ばれてみたかったんだよ」
そう言って彼はニカッと満面の笑顔になったのだった。
♢天の声♢
今日は七夕ですね!皆様、七夕のお願い事はしましたでしょうか?素敵な一日を過ごせていますように、、☆彡




