14歳⑥
「結論から言えばつまり、アレクお兄様を死なせないことがみんなを救う方法ってことだよね?」
コホンっ、とひとつ咳払いをして私は再び話し始めた。
アレクが死ななければピピノアが闇落ちすることはない、とすればアレクに全振りできる。
ノアに不憫な思いをさせたことは申し訳ないけど、彼に原作を知られたことが功を奏したのだ。
「違います」
「え……?うそ、今そういう話の流れじゃなかった?」
「もうアレク兄さんだけじゃありません。姉さんも同じです」
「……私も、?」
「姉さんが殺されたとしても、俺達はこの本通り悪に支配される」
あ、だからさっき……──
『姉さんとアレク兄さんが死んだりしなければ、俺達は悪に蝕まれません。もちろん殺されることもない』
そう言ったの……?
「なので姉さんは俺達に大人しく守られてて下さい」
まるでノアは、私もいなくなったら自分たちは闇堕ちするとでも言わんばかりだ。それほど私のことが大事だと言ってくれてるように聞こえてしまう。すぐ調子に乗る癖はやめた方がいい、と頭の中でもう一人の冷静な私が釘を打ってくれた。
ただのついでだろう。アレクだけじゃ哀れで可哀想だからと。気を利かせたノアの優しさだ。
「……わかった。その代わり絶対死なないって約束して。というか、もう出会った時に約束してたんだったわ」
それはノアがここに来て目覚めた時、幼きピピノアと約束したこと。
──『絶対に誰かのために死なないで。誰かのために、生きていてほしい……』
「……姉さんが何であんなことを言ったのか、ようやくわかりました」
「そうよ、死んだらただじゃおかないわ」
「ふはっ、姉さんこそ俺を誰だと思ってる?あなたが生きてそばで笑ってるだけで、俺は無敵なんですよ」
「…っ、そ、その笑顔はずるいぃぃ……!尊すぎて……」
ノアの気を許しているような朗らかスマイルに狼狽えながら、テーブルに置いていたカメラを取ろうとする。が、その手首を掴まれぐいっと引かれた。
「ノ、ノアっ?」
気づけばノアの大きな体の中にすっぽり収まった私の体。ノアの心臓の音が聞こえるほどの密着。
そんな状態で私の体が落ち着いていられるわけもなく。心臓からはズンドコズンドコと、自分でも聞いたことのないような爆音が。
「やっぱ学園、入学しないとダメですか」
近距離で聞こえた色気のある声にビクッと反応してしまった。
それに加え、ノアはおでこを私の肩につけてくるもんだから、身体の全神経がそこに集合していく。
「……もしかして本当は戦うの嫌だった?あっ、それとも黒髪を見られることが気がかり?」
「そんなことはどうでもいいです。危ないとわかってる場所に、姉さんを連れて行きたくない。姉さんだけでもここに残っててくれないかなって、今になってアレク兄さんの気持ちがよくわかる……」
表情は見えないが、少し泣きそうにも聞こえる声は、心から私のことを心配してくれている。
胸がジーンとして、もっともっと愛おしくなっちゃうな……
「ごめん。原作を見せたことでノアにも負担を背負わせてしまったね」
「っ、!」
「でも私のことは心配しなくて平気よ。だからノア達と一緒に学園生活させてほしい。みんなのことを見守り続けるのも私の生きがいなの」
「……姉さんこそ、死んだら許さない。そんなことになったら俺も死にますから」
「うん。わかったわ……」
「絶対ですよ」
「…っ、」
ぎゅうっと強く抱きしめられる私の体は、沸騰してしまうんじゃないかと思うくらい熱い。だってそれはまるで、ノアがぶつけてくれる気持ちみたいで。顔を首元に埋められ、くすぐったいのと同時にまた愛おしさが込み上がった。
しかし、お、推しが……体を……これは何のご褒美イベントだ……?
身長も図体も大きくなったノアだけど、なんだかまるで私に甘えてくるマチルダみたいに思えてくる。……やっぱりどうしたってかわいい。
「うわっ、何…っ」
抱きしめられた腕の力が緩んだ隙を見計らい、わしゃしゃ、とノアの黒髪を撫でる。私もお兄様によくされていたこと。
あぁ、人って愛おしいと感じると、こうやって髪をぐしゃぐしゃにしたくなるんだな……と思う。
「ねえノア、前髪分けてみたらどう?せっかくこんなにも端正で整った顔なんだから、自慢しないと勿体ないよ」
そう言いながら私はノアの前髪をセンターで分けてみた。
「た、たまらんっ!……けどカッコ良すぎてそろそろ限界が……爆発する」
推しのものすごい供給により、キャパオーバーになったオタクセリンセは、ノアの体の中で魂が抜けたように脱力したのであった。
「姉さん、大丈夫ですか?」
「小さい頃から美男美女耐性はできてたはずだけど、やっぱり推しの輝きには勝てるはずがなかった……成長がめまぐるしいわ……ありがとう世界」
ピピにもよく抱きしめられてきた私は、限界を突破すると昇天していた。ノアは私に死ぬなと言うが、別の意味で一番殺しにかかってるのは推し達である。
「自分からは平気なのに、こっちが攻めるとすげー弱い……はぁ……ほんと可愛すぎて困る」
興奮し意識がとんだ私を抱っこして、ベッドに横にならせてくれるノア。
まるでフワフワと雲の上に浮かんでいるような感覚だった。
♢天の声♢
ノアくんは、とても我慢強い子なのです!!(大号泣)




