14歳⑤
ピピがっ?ピピがアレクを…⁉︎
嘘でしょ……そんな私の願望が実際に叶っていたとは思えない……妄想?これは私の都合のいい妄想なの?
だってそもそも漫画にはそんな描写がなかったわ…!
前世では私と同じように、ピピとアレクがくっつけば良かったのに、と言っている人はいても、ピピがアレクを好きだと言っていた人はいなかった。それが事実だとすれば、日本のファンはみんな、原作マジックに引っかかっていたということになる。
「ピピがこの人のことを好きだと思わせる描写が多いことには違和感がありますが、さっきも言った通りこの本では描かれてない部分で、ピピの視線にはアレク兄さんの姿があるはずです」
「ノア、それは本当の本当に言ってる?私を喜ばせようとしてるんじゃなくて?」
「はい。この本でアレク兄さんが殺されてから、ピピの表情、行動がおかしい。片割れの俺が気づかないわけないです」
「で、でもさ…!このピピは、皇太子が傷つくローズに付きっきりになってるのを見て、切なくなってる表情でしょう…?自分の気持ちが報われなくて、心が萎んでいくような」
そのシーンは、アレクお兄様が暗殺者に殺されて悲しむローズを、そばで支える皇太子の姿が描かれている。そしてそれを耐えるように見ているピピの姿も。
私の質問に答えるように、ノアは首を横に振った。
「彼女と同じように、ピピも兄さんを失って苦しんでいたとしたら?」
「…っ…!」
ピピはアレクお兄様が殺されて、苦しんでいた?
じゃあ本当に皇太子のことが好きなんじゃなく、アレクお兄様のことが……?
「極めつけは、俺達が戦った後。相手が消える前に発している言葉です」
「そうそう、文字化けしてて読めなかったから、これを調べるためにさっき書斎にいたの。もしかしてノア、この文字について何か知ってるの?」
「え……俺には文字化けして見えませんよ。普通に読めます……」
「…っ⁉︎なん、で?」
私には読めずに、ノアには読める?
私に前世の記憶があるから?私には知られたくないこと?
「だから姉さんはわからなかったんですね」
「な、何て書いてあるの……?」
唾をゴクリと飲み込み、手に汗を握りながらノアの返答を待った。
「アレク兄さんが殺される前までは、『……消される』『近づくな……』といった単調な言葉です」
「うん、それは特に変じゃないわ」
そう言うと、ノアは再びこのセカ8巻の、ピピノアが闇堕ちするシーンを開く。
「でも最後のが決定的で。『お前達の、大事な者が、殺された……もう、味方はいない……恨め……憎め……』そう書かれています」
「…………」
「たぶんこの本の中でも、俺達にとってアレク兄さんは大事な人だったんです。だからこの後すぐ、悪に心を支配されてしまった……」
「なな、何それっ…、こいつすんごい大事なこと言ってるじゃん…っ!」
「だからピピが恋をしていたとすれば、アレク兄さんしか考えられないんですよ」
こんな大事なことを今まで知らなかっただなんて、信じられない……
敵の言う"お前達"は、ピピとノアのことだ。殺されたのはアレク。すなわち"味方"だったのもアレクだということを意味していた。
アレクお兄様……原作の中でも、二人の味方でいてくれたの……?嘘…、そんなの尊すぎる……私、今まで大変な思い違いをしていたのかも。
「〜〜っ、どうしよう。嬉しくて嬉しくて、涙が出てきたわ!この感動を分かち合いたい…っ!ノア!」
「はい」
「お願い、ハグさせて?」
「はい?」
「ありがとうっ…‼︎」
「う、わっ、」
興奮し、勢いあまってノアの体に抱きつくと、そのまま彼の体をソファに押し倒してしまう。
「私だけだったら絶対に気づけないことだった!ノアがいてくれて本当に良かった……!こんな嬉しいことないもん、うわ〜ん…っ」
「お役に立てて、良かったです…………」
ノアの体に泣きながら縋りつくと、ノアはなぜか目元を右手で抑え、少し苦しそうな声でそう言ったのだった──。
「姉さん、そろそろ離れてほしいんですけど……」
「はっ、ごめんごめんっ!ピピの好きな人が、アレクお兄様だったことが嬉しくてっ」
私は反省しながら、ソファに座り直した。するとノアも気を取り直したように隣に座り直す。
「姉さんは、ピピとアレク兄さんを……恋人にしたいんですか?」
「そうよ。前世からね、頼りがいがあって包容力のあるアレクお兄様と、ちょっとあまのじゃくで可愛いピピは、お似合いだなって思ってたの」
でも人の気持ちは、誰かの指示や強制で無理強いするものでも動くものでもない。だからその塩梅には気をつけながらラブハプニングは起こしていたつもりだけど……
「ノア、お願いっ!私に協力してくれない?ピピとアレクお兄様をカプに……両想いにするために!できる限りでいいのっ」
パンっと両手を合わせ、ノアに頼み込む。ノアに協力してもらえばもっと二人の関係は近づいて、カプになる日も夢じゃないかもしれない。
「それはまあ、構いませんが……どうしてピピがあまのじゃくだと?」
「…ピピはたまに、自分の思ってることと反対のことを言っちゃうでしょう?でもそれは、本当は相手のことを思っての言動だったりするんだよね。ノアだってそんなピピに気づいてたじゃない。この本の中でも」
「……些細なとこまで、よく読んでるんですね」
「だって前世から大好きなんだもん」
「…っ…」
「あ、引いた?ごめん、気持ち悪いよね」
まるで古参のファンだと自慢するような発言がうっかり口から出てしまい焦る。
「……いえ、嬉しいです。そんなに思ってもらえて」
そんな私の心配とは裏腹にノアは否定してくれた。その横顔は若干赤いような気がして、骨ばった手は口元を覆っている。
なぜかはわからないけど、私の心臓が突かれたことは言うまでもない。
♢天の声♢
ノアは我慢強い男の子です……




