14歳②
「マチルダ。『このセカ』を読んでるとね、たまに何が面白いんだろうと思ってしまうの」
私はマチルダと共に書斎に来ていた。『このセカ』の中でピピノアが倒した悪が何を言っているのか、文字化けした文字がどこかに存在しないかをダメ元で探していたのだ。
気にならないと言えば気にならないけど、もし何か物語の大事なヒントなら、このまま見過ごすわけにもいかない。本当はもっと早く行動すべきだったが、推し活に夢中になりすぎていたことと、ピピとアレクにラブハプニングを起こそうと躍起になっていたことが遅れの原因となった。そしてそれも結局ほとんど失敗に終わっている。
マチルダがテーブルの上に大人しく座り、私を見上げている。椅子に座る私は、手に持っていた漫画をパラパラとめくりながら話を続けた。
「推しは尊いけど、話はどうもね……私は前世でピピノアが殺されたのを見て、この続きを買うのをやめた。だから10巻で完結だったうちの、8巻までしか持ってないの。でも終わり方は知ってるわ。ローズはピピノアを死なせてしまった苦しみを、強さに変えて覚醒する。そして世界に蔓延る闇を光で包み込んだ。……皮肉ね。大事な人を死なせることでしか世界は救えないなんて……完結まで買わなくてよかったと思ったわ」
「……ヒロインにとって彼らは本当に大事な存在だったのでしょうか?」
「え……?」
マチルダの意味深な言葉に耳を傾ける。とその時……
「姉さん、今の話、なんですか……?」
「…っ⁉︎」
驚いて後ろを振り向くと、そこにはノアの姿があった。私は座っていた椅子からガタッと立ち上がる。無意識だ。
「ノ、ノア…!今日はピピと一緒に狩りに行くって……」
そう話していたはず……。
動揺して身体中から汗が吹き出そうだ。どうやって誤魔化そうか必死で考えるが頭が働かない。
「ピピは姉さんに内緒でお菓子を作りたいからと、調理場に行きました」
「え、えぇ…?」
内緒なら言っちゃダメじゃん!、という心の突っ込みを入れながら、マチルダにどうしよう?と困った視線を向けた。
「今俺たちが死ぬって、言いましたよね?」
「い、言ったかなあ〜?聞き間違いじゃない?」
徐々に近づいてくるノアから逃げるように、私はゆっくり後退りする。
「このセカって?……前世って、何ですか?」
「…っ」
全部聞かれてる!ど、どうしよう!どうしよう!
後ろはもう行き止まりで、背中が壁にあたった。前にはノアがいて圧が強い。それもイケメン圧……おまけにサイドにはたくましくなったノアの腕がある。
初めての壁ドゥン……前世でももちろんされたことはない。
あの、ちょっと鼻血出そうなんですけど大丈夫ですか???
「え〜…と、ノアくん?距離が近いんだけど……」
「いつも俺の気持ちを無視して距離つめてくるの、姉さんのほうですよね?」
身長が伸びたノアに見下ろされ、私は既に昇天しそう。その輝く瞳に映っているのは、感情のわかりづらい目をした私。しかし心臓はバクバクだし、このままノアにハグしてしまいたい気持ちも否定できない。
「ごめん……い、嫌だった?」
「嫌だとか、そういう話をしてるんじゃなくてっ…………あ、……その本、もしかして俺達ですか?」
「……っ⁉︎」
Noーーーーっ‼︎
ノアの目線の先には『この世界を救って』8巻が私の手に握られていた。表紙はピピノアが左右に反対側を向き、対称に描かれている。
「ち、違うわっ、これはそう、!二人を絵描きさんに書いてもらっただけよ?」
「それなら見せられますよね?」
「あっ」
ノアは私の手からヒョイっと素速く漫画を抜き取った。
私のバカっ!ノアの美しさにやられている場合じゃないでしょう…!
「ノア、お願い、!返してっ」
「…………」
私が漫画を取り返そうとしてもノアの長い腕と手で見事にかわされてしまう。そして器用に片手で漫画を読み出した。
「こ、れは……」
「わーかった、わかった、!ノア、全部話すから、その本は見ないでもらえる?」
もうこれ以上誤魔化しは通用しない。ノアはピピよりも疑い深く勘が鋭いのだ。
知られてしまったとなればしょうがないわ……
「マチルダ。ノアに話すけど、許してね」
私がマチルダのほうを向いてそう言えば、ノアは訝しげに私とマチルダを見比べた。
私は片手でマチルダを抱っこし、もう片方の手はノアの腕を引くと、そのまま自室へと戻る。その後誰も入って来れないよう鍵をかけた。ピピにも知られてしまうわけにはいかない。
ノアをテーブルを挟んだ向かい側のソファに座らせると、今度は持っていた原作本全てをテーブルの上にドサっと置く。
「その本は、まるで俺たちの未来みたいだった……一体どういうことですか?」
「……うん。これから話すことを信じるか信じないかはノア次第だけど、この未来を変えるために私がいるってことだけはまず言わせて欲しい」
「は、い」
少しの動揺を見せつつも、それからノアは私の話を黙って聞いていた。
「──……というわけで、私が今ここにいるのも、三人の命を救うために転生して生まれ変わったんだ。ノアには聞こえないかもしれないけど、前世の記憶を思い出した時からマチルダの中に入ってる精霊の声が私には聞こえてる。ノアがたまに誰と喋ってるんですか?って聞いたことあったでしょう?それは全部マチルダと話してたの」
「…………」
ノアはひたすら考え込むような顔をしていた。
そりゃそうよ。いきなりこの世界は実は漫画の中の世界で、自分は殺される運命だなんて聞かされれば、たまったもんじゃない。むしろノアが冷静すぎてこっちが不安になるくらいだわ。
「その本、全部読んでいいですか?」
「え……でも……」
漫画の中にはピピノアが殺される描写も含まれている。見るのは苦しいし、今後の恐怖になるだろう。それに孤児院での嫌な出来事を思い出させることにもなる。
「俺は大丈夫です。もう既に命を拾ってもらってる身なんで」
まるで命を一度捨てたようにそう言ったノアに、胸がギュッと締めつけられ、苦しくなる。
慣れないで……、自分を蔑ろに扱うことに、慣れないで……
ふとした瞬間、推しの言動が、前世の自分と被ることがある。
『これお願いできる?』
『あ、はい、大丈夫です』(本当はもう手一杯なんだけどな)
『できないことはすぐ誰かに頼んで!時間もったいないから!』
『はい……』(誰もまともに取り合ってくれないのに…?)
『今日から天宮さんにはここを担当してもらうことにしたんで』
『……わかりました』(どうして他の人には希望を聞くのに、私には聞いてくれないんだろう……)
自分の気持ちが言えずに、みんながやりたくない仕事を回されていた。
そして自分らしくいられないことを、会社や周りのせいにして、そんな自分がまたみっともなく思えて、何度も涙が止まらなかった──。
私はひとつ頷くと、ノアは小さく息を吐き、初めから読みはじめる。
自分が登場する『この世界を救って』という漫画を。
♢天の声♢
わ〜〜!ノアにバレちったよ〜〜!!
大丈夫かな…?ノアのメンタル( ; ; )




