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9歳、最後の日①



「ぎぃやああああああ!」


 ふかふかのベッドから勢いよく飛び起きると、白や紫を基調とした家具やインテリア雑貨が見える。

 今居る場所は正真正銘自分の部屋……なのだが、明らかに昨日までの景色とは印象が違うように感じた。感じるだけだ。実際は何も変わっていない。


 思わず自分の姿も、アンティーク調のおしゃれな全身鏡で確認する。

 伯爵令嬢、セリンセ・ローランス。そこに見えるのは寝衣を着たこの世界での私の姿そのものなのだが、明日で十歳になるというのに、気持ちはなぜか三十歳になる気分なのだ。身長や体はちゃんとまだ小さい。灰みがかった紫色の長く癖のある畝り髪。感情の読みづらいじっとりした濃い紫目にはまだ幼さが残っていて安心する。


 私が先程狂気じみた叫び声を上げて飛び起きたのは、前世の自分を夢で思い出したからだった。

 なぜそれがただの夢ではなく前世の記憶だとわかったのか。理由は簡単だった。

 現在私の生きているこの世界が、前世の私が愛読していた『この世界を救って』、略して『このセカ』の中だと理解できたからである。


「セリィ‼︎どうしたっ⁉︎」


 勢いよく部屋の外から声をかけ扉を開けるのは、かつての推しのひとり、ローランス伯爵家の息子であるアレクサンドル・ローランス。通称・アレク。

 ライラック色のサラッとした髪は透き通るように綺麗でいて、透明感のある艶肌に死んだ魚のような近寄り難い紫目をしているが、この年齢で既に色気と妖艶さ、包容力まで兼ね備えていた。


 彼の姿を見て、前世の私が願ったことを思い出す。できることなら、兄弟もおらず勘違いされやすかったアレクの家族になりたい、と。そして原作の中には今の私、セリンセという人物はいなかった、ということも。


「お、お兄様だ〜〜……うわぁ……っ」

「どうした…?どっか痛むのか?」


 聞き慣れていたアレクの声でさえ、初めて聞いたように感じ、急に涙が止まらなくなる。心配そうに私を見つめるアレクの目は、彼の微々たる表情の違いに気づくことができる人間でしかわからないだろう。

 まだ成長途中ではあるが、年齢の割に鍛えられた腕が私の背中を優しくさすった。


 原作ではあまり見ることができなかった幼少期時代のアレク。

 でも原作の通りこのまま進んでしまうと、彼はヒロインを守って死ぬことになるんだ……

 昨日まで私に過保護でシスコンだと思っていたアレクお兄様が、今ではもう愛おしくて守りたくてしょうがない推し、アレクに変わっている。

 部屋の外では、何事かと大きな声を聞きつけた侍女たちがすぐ動けるよう待機していた。


「アレクお兄様、ごめんなさい……こわい夢を見てしまって……」


 ひとまず誤魔化すようにそう言うと、アレクは何も言わずにふわっと私の体を包み込んだ。そして大丈夫だと安心させるように頭の後ろをポンポン、と子どものようにあやしてくる。


「っ……⁉︎」


 現に私はまだこの世界では立派な子どもではあるんだけど……いくらなんでも推しにこんな、こんなことされたら、鼻血出ちゃうでしょう……⁉︎しかも二つしか歳が変わらないのにおかしいわ。何よ、この包容力の塊みたいなイケメンは……!


「兄さんがついてる。セリィのこと、何があっても絶対守るからな」


 う、うわぁ〜〜……、い、今推しに何があっても守るって言われたぁぁぁっ‼︎

 その言葉はいとも簡単に私の涙腺を緩めていく。この世界でセリンセとしては慣れきっていたことでも、前世の私は"絶対守る"と抱きしめてもらったことはなかったし、推しに言われるという破壊力のダブルパンチで涙腺がガバガバだ。生まれ変わって約十年間、こんな風に無条件で愛されることが当たり前ではないことを、前世の自分を通して気づかされる。


「……アレクお兄様」

「ん?」

「いつも、ありがとう」

「急に、何を……」


 今まで恥ずかしくて改まって言うことはなかった。むしろ私はちょっと、お兄様のことを過保護で鬱陶しいな、ぐらいに思っていたから。

 案の定思いもよらぬ発言に、アレクは驚いて動揺している。でもこれから彼が歩もうとする未来を考えると、どうしようもなく切なくなって涙が出てきてしまうから。

 推しに対しては正直で嘘偽りのない気持ちでいる。そうしなければいけないような気がした。そして、まだ出会っていない双子の戦士、ピピとノアにも。


「私、お兄様のことが大好きよ」

「っ!……どこか頭うったか?」

「もうっ、折角素直に気持ちを伝えたのに」

「嘘、悪かったって。ありがとな」


 そのまま撫でくりまわされる頭を、私はいつものことだとされるがままに目を瞑る。そうするとまた涙が滲むが、不思議と口角は上がっていた。


 絶対に死なせない。アレクお兄様は、ピピとカプにさせるんだから!


 そう、前世からの固い決意を心の中で呟いていた──。




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