12歳①
※セリンセ視点に戻ります。
ハレルヤ学園、そこは原作『この世界を救って』の舞台であり、ステージのようなもの。
前世でいう高等学校のように学ぶための場所。……ではあるものの、隠れされた本来の目的があった。
それは……
『将来の結婚相手を見つける場』
簡単に言ってしまえばお見合いのようなもので、それが学園という規模で行われている。三年間という長い期間の中で、この人だという相手、婚約者を見つけること。それがハレルヤ学園の一番の目的なのである。よって入学する生徒は、貴族であることはもちろん、婚約者のいない者のみとなっていた。
「もうすぐアレクお兄様が学園に入学か……」
祭典でノアが負傷してから、もう一年が経とうとしていた。
ノアとピピは、私が作戦として考えた戦闘訓練を先手を打って実行していて、今では山の中にいる鹿は捕らえられるし、突撃してくる猪や狼を容易に倒せるほど強くなっている。アレクお兄様の指導の賜物でもある。本人達はまだまだだと言っているけど、実際のところこのまま戦士の力が加われば、ピピノア最強説が生まれてしまうのではないかというレベルにまで至っていた。
だって佇まいがもう、美しすぎない……?
ピピノアの身長はすくすくと伸び、大差のなかった私の身長を完全に追い越している。スタイルの良いピピはより美少女に、程よく全体に筋肉がついてきたノアはより美少年になった。鼻息が荒くなってしまうほど、可憐で上品で美しい。
まさしくこの輝きは、本物の主人公みたいだわっ!
今ですらこんなに輝きが隠せない、となってくると、主人公のローズやヒーローである皇太子は面白くないだろう。私が恐れているのは、二人が彼女たちより目立てば原作通りに修正しようと謎の力が作用するかもしれないということ。祭典で起こった事件のように……
何が起きても平気なように二人を強くさせることには意味があったのだが、さすがにアレクお兄様の入学は止められなかった。
原作の中でも社交の場にほとんど出ないという正体不明のローランス伯爵家。しかしこのままだとアレクに結婚相手ができず、跡継ぎが生まれないということもあり、彼は乗り気じゃないが入学を決めるのだ。
この世界のアレクお兄様にも一応その目的はあるけど、ピピノアが授かる戦士の力とは何かを知りたい、見たいというのが一番らしい。そして二人に無理が生じた時、自分が支えになれればと考えているっぽい。
どんだけいい兄なんだよアレク……こんないい男がモテないのおかしすぎるって……モテるに決まってるんだよ……
「私のほうが大きいですわ!」
「いいや、レアな魚を釣ったほうが勝ちだ」
「そんなこと、さっきは言わなかったじゃありませんか…!」
目の前では、釣った魚を競うようにピピとアレクお兄様が言い争っている。
かわいい。なんだあのピピの怒り顔。かわいい。ピピは怒ったり照れたりするとほんのり頬がピンクになる。それがたまらない。あの超絶美少女まじでかわいい。あの顔が見たいがために、お兄様はピピをわざと怒らせているんだ。
そして同じくアレクお兄様も、ピピといるとよく笑っている。アレクお兄様がピピに心から気を許している証拠だ。
え、こんなにお似合いなのになぜくっつかない……???
今日は久々に領地内の川へ魚釣りに来ていた。
アレクお兄様がハレルヤ学園に行けば、しばらくこうしてゆっくりできることもなくなるだろう。学園には豪華な宿泊施設が隣接しており、一人一人に部屋が用意されるためアレクお兄様は休みにしか帰って来られない。
だからできることならお兄様の入学前に、ピピとくっつけてしまいたいのが本音……どうしても甘いラブ展開にはならないものの、ピピのことをどうしても構いたいアレクお兄様を見るのも相当かわいくて癒されるので、ニヤニヤしながら結局今日まで来てしまった。阿呆である。
そこに関して焦っていることは事実だ。ピピとアレクをカプにすることは、死亡フラグを回避させることにも繋がるはずだし、そもそも彼らがなぜ死んだのかといえば、ヒロインのことを好きになったことが事の発端だからだ。ピピの場合はまた複雑なんだけど……何しろ私がものすごーーくくっついてほしいカプなんだから、諦めるわけにはいかないのだ。
祭典での事件があった日、結局ローズとアレクは出会ってしまった。
その後それとなくお兄様にローズのことを聞いてみるけど、これといった反応もなく、「どうしてそんなに気にするんだ?」と逆に質問返しをされてしまう。アレクの性格上、原作でも気持ちを隠し通すキャラだったので、恋をしてたとしても検討がつかなかった。
「はあ……」
ついため息が出てしまった。
魚釣り、すごい楽しいのに。釣れないけど……
「釣れませんか?」
「……釣れなーい」
ノアが釣れない私に気を遣ってくれたのか、隣に座る。「ちょっと貸してください」と言われたので、「はい」と釣り竿を渡した。
「これ、エサ食われてますよ」
「うわ〜…、どうりで釣れないはずだね」
「つけ直します」
「いい、いい、!自分でやる!」
そのままノアは手早くエサをつけようとするので、急いでそれを止める。
だってこれじゃあまるで、私が我儘なお嬢様で、彼に命令してるみたいじゃないか。
「そうですか?」
「こうやってなんでもやってもらうと、ノアが私の執事みたいなんだもん」
「しつ、じ……ですか……そばにいられるんなら何にでもなりますけどね」
「え、?ノア、今なんて言ったの…?」
ボソッと小さく呟いた声が聞き取れず聞き直したが、「なんでもありません」と返されてしまった。
それから徐々に陽が落ち暗くなってくると火を起こし、そこで魚を焼いて食べる。外で食べる魚はまた格別に美味いのだ。
連れてきたマチルダも、ムシャムシャと魚に釘付けである。
「俺が学園に行っても、仲良く元気でいてくれな」
「お兄様、休みの日は帰ってきてね」
「わかってる。任務もあるし、家のことを疎かにするつもりはない」
ひとり、さっきまで元気いっぱいだったピピを見ると、明らかに暗くなっていた。
「ピピ、どうかした?」
「あ、いや、……アレク兄様のこ、婚約者が見つかったら、お、お祝いしなきゃなー、って……」
「…っ」
ま、まさかとは思うけど、これはヤキモチではない?
強がったような顔でそんなこと言われても、何の説得力もなく。……つまりかわいすぎるってことよ。
ピピちゃん、それは誤魔化しきれない嘘だよね?
遠回しに嫌だと言ってるように聞こえるのは、私の気のせいじゃないよね?
「け、けれど、アレク兄様は顔がこわくて誰も近づけませんわね…!」
「あ〜……そうだな。いっそのことピピがついてきてくれたらいいのに」
「……〜〜っ」
「ふ、ははっ」
「ま、また私のことからかいましたね…!?」
あぁ、かわいい。推しの可愛さは天下一品。ありがとう、世界。
今日もローランス家は平和だ……
そうして和やかで優しい空気に包まれながら、私達はゆっくりとした時間を過ごしたのだった。
♢天の声♢
ちょ、ピピかわいすぎんか???




