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11歳⑥



「ふふ、本当にセリィは好かれていますね」


 先程までのやり取りをじっと観察していたであろうマチルダ。


 好かれてるって、解釈していいのかな…?姉として認めてもらえた?姉らしいこともまともにできていないけど……

 それにピピとノアのことを何がなんでも守ると言ったくせに、私のほうが守られてしまった。


「……ねぇマチルダ。ノアのことごめんね。もう二度とこんなこと起こらないようにするから。ほんとに、ごめん……」


 マチルダは双子のピピノアを死なせないために、私を転生者に選んだ。その私が、一歩間違えればノアのことを死なせるところだったんだから……恐ろしすぎる。


「いいえ。セリィは困難な状況下の中よくやりました。あなたはヒロインまで見殺しにせず、救ったではありませんか。その場から、立ち去ることだってできたはずなのに」

「マチルダの言う通り、ノアと一緒にアレクお兄様の所に行ってそのままローズと出会わせずに帰ることもできた……でももし原作を変えていることで、周りに私の知らない影響や不具合が起きていたら?…そんな風に考えたら、どうなってもいいと割り切れなかった。悪女にはなりきれなかった……」

「セリィ……」


 ため息が出てしまう。

 ダメなオタクだ私は……本当に守らなければいけないのは、推し達なのに。


「それに、ローズのことを救ったのはノアだわ」

「それは違います」

「え…?」

「先程の会話を聞いていてもわかりますが、あの子はヒロインではなくセリィ、あなたのことを守ろうとしたのですよ。そこは間違えないでいてあげてください」


 私がついでではない、ということ?

 それでもローズを守ったことに変わりはない。吹き矢を使った暗殺者のほうは逃がしてしまったから、どこかで出て来る可能性はあるけど、昨日ヒロインを救ったのは紛れもなくノアだ。


「事実の話をしているのではなく、気持ちの話です。それに彼にはヒロインの魅了の力が効いていません。ヒロインのことを好きになってしまう範囲内にいたにも関わらずです」

「どうして効いてないってわかるの?」


 そう聞けば、今度はマチルダのほうがため息をついている。

 だってあの瞬間はノアは毒で苦しんでいたし、ノアの行動や表情からは、ローズを好きになったかどうかなんてわかりっこない。もしかしたら今頃ローズのことで頭がいっぱいになっている可能性だってあるし……


「今彼の頭は違う誰かさんでいっぱいだと思いますが……、ヒロインの魅了は強力ですから、ただすれ違うだけ、一目見ただけで好きになってしまう人も少なくないのです」

「あ……そうだったね」

「だからセリィにも、何が起こるかわからないから無理はしないようにと、言いました。昨日帰ってきた時に色々と皆さんに言われていたので言いませんでしたが、私が怒るとするのなら、あなたが無茶をしたことです。本物のマチルダも、昨日塞ぎ込んでいたセリィを見て、とても心配していましたよ」

「ごめん……」


 マチルダの中に入っている精霊にも、猫のマチルダにも、心配をかけてしまっていたのだ。

 私はマチルダを抱っこし、よしよしと頭を撫でる。心配しなくて大丈夫だからね、と伝わるように。

 

「ひとりでなんとかしようとせずに、困ったら助けを呼んでください。セリィの周りにはたくさんの味方がいるのですから」

「うん……ありがとう」


 なんと心強いのだろう……

 昨日初めて出会ったローズは、やはりヒロインと言えるほどの雰囲気と魅力があった。それに加え、彼女が魅了している人間からの、彼女の敵になろう者への反発心、敵対心は異常。ローズが全て正しくて正義だと言わんばかりの主張の強さだ。正直あれを目の前にして立ち向かうのは至難の業である。

 

 そして本人の、みんな話せば分かり合えるという意見。漫画の主人公相手に申し訳ないけど、やっぱり苦手だと思った。こんなにも感情移入できない主人公は、前世でも未だかつてない。

 少なくとも、誰でも分かり合えるという世界であるなら、差別や貧困もないはずだ。ピピやノアのような子だって幸せに生きていないといけない。彼女は現実を見ずに理想を語って、それを周りにも押し付けようとしているように思えてしまう。

 

「それで話を元に戻しますと、もし彼がヒロインに既に魅了されていたとしたら、先程のようにセリィを心配して部屋まで訪れることもないでしょうし、いくら家族でもおでこにキスなんて絶対にしません」

「っ、!」


 マチルダのその言葉に、思い出したように顔が熱くなっていく。そして無意識におでこを触っていた。昨日の唇の感触と、おでこに当たった感触が、私の心を惑わせてくるのだ。


「二人は学園で出会う設定があるのでまだわかりませんが、少なくとも今の彼には魅了は効いていません。つまり『初めて出会ったヒロインに恋をする』という設定はもう変わったのです」

「でもやっぱり学園で出会ってしまったら、原作通り好きになってしまうんじゃない?」


 原作のノアとローズが出会うのはアレクお兄様より後の、ハレルヤ学園だった。

 戦士の力を持ったピピノアは特別枠で入学が許可されたのだが、やはり黒髪が原因で、周りから距離を置かれ、一部の人間に酷いことを言われていた。そんな時ヒロインのローズがピピとノアを庇い、彼女は双子の美しいスカイブルーの瞳を褒めたのだ。

 『こんなに綺麗な瞳をしているのに、髪のせいで悪く言われるのは勿体無い』と。

 それがピピノアにとって初めて救われた瞬間だったのだから、ヒロインのことを好きになる出来事としては読者にとっても印象に残るシーンだった。

 

「あ、でも待って…?昨日初めてノアのことを見たローズはとても怯えた様子だった。不吉だとも言ってたわ」

「もともとの彼女自身は黒いものを嫌っているようですね……戦士の力のこともまだ知らないので、本音が出たのではないでしょうか」

「それって原作のローズはピピノアが戦士の力を持ってるから、声をかけたっていうこと…?」


 眉間にシワが寄った。いくら苦手なローズでも、それは嘘だと思いたい。本当にそうだとしたら、あの感動の出会いシーンすら亀裂が入る。

 昨日ノアにカツラを被らせたように、原作の学園内でもピピノアはローズに促されて白髪のカツラを被っていた。『見えるものを見えなくさせれば、みんなちゃんと二人のことを見てくれるから』と。

 あれは、本当に心からそう思っていたのだろうか?……だめだ、何もかも疑ってしまいそうになる。


「ヒロインの心情はわかりませんが、しかし昨日のようにイレギュラーなことも起こり得ます。二人の暗殺者のうち、捕虜した暗殺者の一人は舌を噛みちぎって自殺したそうです」

「えっ⁉︎」

「口の中に刃物を仕込んでいました」

「それじゃあ逃げられたもう一人の暗殺者の手がかりも無し……もしかして、そいつがアレクお兄様を…?」

「わかりません。ただひとつだけわかっていることは、もう原作通りには話が進まない、ということです。昨日のような想定外のことも起きるはずです」

「……うん。私は推しの運命を変えるために生まれ変わったんだから、覚悟はできてるよ。昨日は少しこわくなっちゃったけど、私には心強い相棒もいるから大丈夫」


 もし原作通りに、アレクやノアがヒロインを好きになって、ピピが友人になって、昨日のローズの取り巻きみたいになってしまっても、私は変わらずあなたたちのことを救いたい。

 ちょっと、……いやものすごく、悲しんじゃうと思うけど。そばにはマチルダもいてくれるから、私は私の使命を貫くよ。


「マチルダ。学園に入学するまでの対策として私が考えたこと、聞いてくれない?」


 それはいつだって推しのために…!

 



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