11歳⑤
※セリンセ視点に戻ります!
ローランス家へ帰宅後、急いでノアをロバートに診てもらうため預けると、みんなから無茶をしたことへのお叱りを受けた。アレクお兄様が庇ってくれたのでなんとか解放してもらえたけど、事の詳細を聞いたピピはひどく動揺している様子だった。
私が「ノアのこと傷つけてごめん、守るって言ったのに……」と謝れば、ピピは首を横に振った。「私も同じ状況だったら、ノアと同じことをしてたわ。とにかく、みんな無事で良かった……」と涙を流す。
結局心配をかけてしまったのだ。推しを傷つけてしまった。推しを泣かせてしまった。
私は一体今日、推しのためと言いながら、実際に何ができたというんだろう……?
普通にアレクお兄様とローズを出会わせていれば、私が祭典に行かなければ……暗殺者はまだ出てこなかったのかもしれない。私がローズとの出会いを無くそうとしたから、ローズの危機もアレクの死も早まろうとしていた。全部逆効果だったんだ……
帰り際ローズにはカッコつけたけど、私のやったことはノアを死なせることに繋がってしまったのだ。私がみんなを苦しめてしまった。
その晩、自分の行動で推しを死の危険に合わせたショックと、直面した恐怖に震えながら、ひとり部屋にこもりベッドに塞ぎ込む。
自分の不甲斐なさに打ちのめされる気持ちをわかっているかのように、マチルダはただじっとそばにいてくれた──。
翌日……
私はノアの様子を見に行き、眠っているのを確認した後、朝食は昨日の自分の行いを反省したいからと告げ部屋で食べる。そしてクヨクヨしていても起きてしまったことはやり直せないので、昨日の事柄をこれからに生かすため資料にまとめようとしていた。
「あ"ああああああ」
しかし、一晩眠り少し冷静になってみると、急に襲ってきた後悔と羞恥に変な声が出ては頭を抱えてしまう。思い出してしまった。私がやってしまった重大な失態を。
私は、私は推しになんてことをした…っ!いくら解毒剤を飲ませるためとはいえ、もっと他に方法があったでしょうが〜〜!
死刑だ……これはもう死刑だね……犯罪級の重罪人だわ……
前世で言う人工呼吸みたいなものだと思って許してもらえないかな。……でも、私が推し(ノア)の唇を奪ってしまったという事実に変わりはなく。
「わたしは……なんて、ことを……」
今でも感触が生々しく残っていて、光景を思い出すたび胸がざわつく。心臓がそわそわする。
あ〜〜っ、どんな顔してノアと会えばいいの……?
コンコン、と突然部屋のドアをノックする音が聞こえた。「はい」と返事するとゆっくりと扉が開く。
「ノア……!」
そこには、今私の頭を埋め尽くしていたノアの姿が見えた。今日も今日とて顔が良い。
「立ち上がって平気…⁉︎」
「…………」
「ノア、?」
少しずつ自分のほうに向かってくるノアを見ながら、余計リアルに昨日のことを思い出してしまい、顔がみるみる熱くなっていく。
……まずは謝ろう。謝って許してもらえるかはわからないけど、体を傷つけたことも、く、口移ししたことも。もしここから出て行きたいと言われてしまえば、言うことをきくしかない。本当はすごくすっごく嫌だけど……
「勝手に部屋入ってすいません……落ち込んでるって聞いて」
「え…?」
「姉さん、俺にケガさせたって自分のせいにしてるでしょ。違いますからね。俺がしたくてしたことなんで」
「……もしかして、それ言うために来てくれたの?」
ノアはちょっと照れ臭そうに小さく頷いた。そんな姿にときめいては、推しに気を遣われている自分の出来の悪い姉具合に、再び不甲斐なさを感じてしまう。
「ごめん、ノア。痛い思いさせてしまって……ごめんなさい」
「痛くないですよ、こんなのすぐ治ります」
ノアの服の上から左肩を掴んでみると、「いっ……」と、痛そうな表情を見せた。
「嘘つき」
「……気持ちの問題です。実際は痛いに決まってますから、容赦なく掴むのはやめてください」
わかってる。全部ノアの優しさだって。
こんな風に私が不甲斐なく感じていることも、衝動的に口移しをしてしまったことだって、結局ノアは許してくれるんだ。
うぅ……っ、推しが尊すぎる……
「もう一個、ノアに謝っとかないといけないことがあるの」
「…なんですか?」
少し身構えるノアに、私は深呼吸をして呼吸を整えた。それでも心臓は緊張したままだ。
「ノアの、その、……だ、大事なっ、く、唇を奪ってしまいました〜…!」
熱くなる顔を隠すように両手で押さえては、語尾にかけて声が薄くなってしまった。
「は…い?」
「……ノアに解毒剤飲ませる時必死で、!く、口移しで飲ませちゃったの…!ノアは覚えてないかもしれないけど、やっぱりそういうのは好きな人とするものだから……いくら助けるためとはいえ、私と口づけしたなんてノアは嫌でしょう?だ、だから、勝手にしちゃってごめんなさい!」
「……それは、勝手ですね」
「うん、そうだよね。煮るなり焼くなり」
「姉さん。顔、見せてください」
恥ずかしさでどうにかなりそうだったけど、言う通りに両手をそっと下ろす。すると目の前に見えたノアの顔も、自分と同じくらい熱を持っていそうだった。
「俺の顔見ても、そう思いますか?」
「へ…?あの、それはどういう……ふあっ…⁉︎」
と、いきなり頭をガッと押さえられ、ノアの綺麗な顔が近づいて来たと思ったら、おでこに生暖かい感触が伝わる。
「ノ、ノアっ?」
心臓がバクバクする、なんてよく言ったものだけど、そのまま飛び出るんじゃないかと思うくらい、心臓の鼓動は大きくなっていた。ノアは私のおでこにキスをしたのだ。
「嫌じゃないですからっ、むしろ……」
「…むしろ?」
「とにかく、姉さんが謝ることはひとつもないってことです!お邪魔しましたっ」
慌てたようにそう言い残したノアは部屋から出て行ってしまった。
今の、どういうこと……?口移しのことは気にしなくていいっていう、ノアなりのフォロー?
私の頭は混乱しながらも、おでこにキスをされたことで上がった熱がしばらく治らなかった。




