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11歳③



 『このセカ』の主人公であり、ヒロインであるローズ。当たり前だけど同い年のためまだ背格好は小さく、垣間見える表情にもあどけなさがある。それでもヒロインなだけに、纏うオーラがバラの花のよう。近づいたらそれこそ彼女の虜にされてしまいそうな雰囲気だ。


 待てよ?今ここでノアを彼女と対面させて、皇太子と出会う前に両思いにさせちゃえば、ピピノアの死亡フラグは回避できない……?

 原作ではアレクもノアもローズのことが好きだ。死を選ぶほどに。そんな想いを、私の独断で勝手に阻害していいの?

 私はローズに苦手意識があっても、推し達はそうじゃない。だからもし推しの気持ちが報われて、死亡フラグが回避できるのであれば、私は推しの気持ちを優先したいし応援しなきゃいけないんじゃない?


 前世で推しが死んだことに納得できなかった私は、同じファンの意見を検索しまくっていた。

 その中には推しの死を嘆く声も多くあったが、『好きな人を守って死ぬ、本人達にとってこんな幸せなことはない』『報われない相手に恋をし続けるよりも、好きな人の為に死んでいくほうが、ある意味辛くないのかもしれない』という意見も少なからずあった。

 私がヒロインと出会わせず恋をさせないことが、彼らの幸せを奪ってしまうことになるのだろうか。私が今やろうとしていることは、もしかしたら、間違っているのかもしれない。


 それでも私は……──


「姉さん?アレク兄さんのところに行かなくていいの?」

「はっ、そうだった!」


 ノアは既に私がアレクのところに行こうとしていたのを察していた。だが、急に動きが止まったので待ってくれているのだ。出来すぎた推し、兼弟である。


「アレクお兄様のところへ行こう」


 ごめん、アレク。ノア。そしてここにはいないけど、ピピも。

 私はやっぱりどんなことをしてでもあなた達を死なせたくない。どうしても、生きていてほしいんだ。


「ノア、ちょっと待って……!」


 ローズとその取り巻きが避難しようと向かっている先に、ふっと影が見えたのだ。一瞬だったけど、原作を知っている私にはその姿に見覚えがある。ドクドクと、今度は尋常じゃない心臓の音が鳴り出す。

 どうしようっ、どうしたらいい?

 焦って冷や汗が止まらない。身体は震え出していた。


 その影の正体は、ハレルヤ学園でローズを狙い、最終的にアレクを殺した暗殺者だったのだ。


 いくらなんでも出てくるのが早すぎる……私が話を変えたから?それとも私がここに来たから?……ダメだ、今そんなこと考えてる場合じゃないでしょっ!

 まだアレクとローズは出会ってない。原作が変わってるんだ。


「ノア、お願いがあるの。今すぐアレクお兄様を連れて、そのままここには戻らずに真っ直ぐ帰って欲しい」

「え……姉さんは」

「護衛が近くにいるから大丈夫。お兄様にも、一人じゃないから心配しないでと伝えて。どうしてもやり残したことがあるの」

「俺は……そばを離れません」

「一生のお願いよ、ノア。お父様には我儘を聞いてもらったと、ちゃんと伝えるわ。今から私がやることはカッコ悪くて、ノアにはとても見られたくない」

「っ…!」


 私がローランス伯爵令嬢として本当の意味での、悪女になる時が来たのだ。推しを守ることに繋がるのなら、悪女にでもなんでもなってやるわ。

 渋々了承したノアの後ろ姿を見送り、護衛騎士に暗殺者がいることを伝え、捕まえてほしいと頼んだ。

 その一方で私は、覚悟を決めてヒロインの元に走りだす。それもそのまま軽く激突するように。


「きゃっ」


 と、ヒロインらしい可愛い声で、ローズは大理石の地面の上に転がりこんだ。そして私の方を潤んだ瞳で見上げている。


「何するの?」


 彼女の凛とした声には不信感が混じっていた。

 本当に、何をやってるんだろうね。できれば私も関わりたくなかったんだけど、これは宿命なのかも。


「お前、ローズになんてことするんだ!」

「いきなりぶつかってきて、危ないじゃないかっ」

「ローズ様、お怪我はありませんか?」


 思った通り彼女の数名の取り巻きは怒り、騒ぎを聞きつけて多くの人間が集まってきた。野次馬だ。


「あら、ごめんなさい?…でもそんなに男性を引き連れているのに、誰もあなたを支えられないなんて……残念な護衛ですね」


 まさに悪女っぽい。憐れみの表情も添えましてよ?うふ、うふふふ……

 しかし事実、周りにいる取り巻きはただの取り巻きでしかないということだ。アレクを登場させる場面なだけに周りも緩いというわけか。


「なっ」

「一体誰に向かってそんな口を聞いてるんだ!」


 口角が僅かに上がる。狙い通りだ。

 暗殺者は公衆の場では殺しに来ないだろうと踏んだ私は、その場で騒ぎを起こすことにした。ローランス家騎士が無事に暗殺者を捕まえるまで、このままローズを人影の少ないほうに向かわせるより安全だ。悪役の登場で盛り上げてやろうじゃないの。


「えっとぉ〜、私平凡でしがない子どもなので、あなたのこと何も知らなくて〜〜本当に本当に、ごめんなさぁい」


 この私のぶりっ子キャラにローズはどこまで対抗できるかな?


「今わざとぶつかってきたよね?これはなんの嫌がらせ?私が何かしてしまったなら謝るけど、思い当たることがないの」

「ローズ、これは当たり屋だ。ローズの魅力を妬んでるんだよ。君が謝る必要はない!」

「そうだ。身体検査をして、この悪党を捕まえよう」

「そんなやつ、牢獄行きだっ」

「そうだ、そうするべきだ!」


 うわぁ、ぶつかっただけで牢獄行きですか。これが魅了の力……誰にでも好かれることはある意味恐ろしいな……

 思いの外増えた野次馬にも、きっとローズの魅了は効いている。これでローズは無自覚であり、無敵なのだ。それなのに、暗殺者に命を狙われるって、どういうこと?


「待って。私がこの子と一緒に二人で話をするから、みんなはついてこないでくれる?強盗犯も誰かが捕まえてくれたみたいだし、この子が強盗犯ではないことは確かだよね?酷いことをする子でも、話せばきっと分かり合えると思うの」


 え……何を言ってる?what?こわいこわいこわい、その自信がこわいんだけど……

 ローズの発言を直で聞いてゾッとする。

 周りの野次馬は「なんて優しいんだ」「さすがローズは心が広い」だとか、「犯罪者ともわかり合おうとするだなんて、どれだけ心の綺麗な子なんだ」と彼女のことを絶賛していた。

 ツッコミどころが多いがそれは置いといて……私は暗殺者が隠れている向こう側の茂みに騎士が渡って、捕らえる時間稼ぎがしたいだけなの。そしたら即退散するつもりで、話し合いならこの場でしてくれないと……

 と、その時前方の茂みで争っている声が聞こえ、私を個別に連れて行こうとしていたローズの足が止まる。


 うちの騎士は凄腕だから暗殺者にも負けることはないと安心していた。

 しかし、ふと彼らとは違う方向を見て、身震いしてしまう。すぐ近くの木の上にもう一人、同じ格好をした暗殺者がいるのが見えたのだ。

 

 う、うそっ、もう一人⁉︎どうなってるの……⁉︎⁉︎

 しかもその手に持っているものは、毒が塗られているであろう吹き矢だ。

 吹き矢なんて、そんなの知らないわ……!


 私は咄嗟に吹き矢の向けられたローズを、抱きしめるように地面に転がり込んだ。


 あぁ、もっと推し活しとけばよかった……せっかく前世の私が残してくれたお宝も、クローゼットの中に埋もれたまま。もったいない。それより、ピピとの約束果たせそうにないな……アレクお兄様にも怒られちゃうだろうし、それに、ノア……

 

 毒で死ぬかもしれないと思うと、自分の中に残る後悔や思いが一気に押し寄せてきた。

 みんな、ごめんね……──

 

「セリィ!」

「…っ……」


 その瞬間、大好きな推しの声が聞こえる。初めて私の名前を呼ぶ声だった。願望が空耳として聞こえたんだろう。

 しかし襲ってくるはずの痛みが、背中への衝撃に変わる。


「うっ……」


 驚いて振り向くとそこには、先程まで一緒にいたノアが顔を歪め、庇うように私の背中にしがみついていた……。




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