#2 神託
彼は朝から非常に上機嫌だった。
だいたい起き抜けの朝は静謐で中立的な態度をとることが多いのだが(極めて最悪な気分の朝も過去になかったわけではないのだが)今日についていえば、にっこりと笑っている。
それは笑顔に見えないかもしれない。しかし人間の基準に当てはめると紛れもなく笑顔に該当する。昨晩見た夢を思い出しているのだ。
その夢は概ね次のような内容である。
貯水湖に至る水路がある。それは迷宮のように複雑な構造をしている。
大きなボラのような魚影がある。それは不気味に蠢く。
右側の壁に亀裂を見つける。それは異彩を放っている。
思わず近寄ってみる。その黒いヒビは何とも象徴的である。
財宝。あるいは非常に価値のある何かが中に隠されている気がする。
それは夢と現の意識の切れ目のようでもある。
迂闊に触れたら、事に依ると、全てが壊れてしまうかもしれない。
全ての中には自分の命も含まれる。
しかし我慢できない。
私は触腕を振り上げ、いざ振り下ろす!
そこで眠りから目覚める。
命は普通に無事だったが、胸の高鳴りは収まらない。こんな朝は初めてだ。
その手は亀裂に触れただろうか?
はっきりとした感触はない。
もう既に失われかけている不確かな記憶によれば、触れる前に目が覚めてしまったような……。
彼は知っている。夢の中で見た水路に似たものが実際に存在することを。
その場所はここからそう遠くないところにあることを。
忘れてしまう前に、気持ちが鎮まる前に、早く出発したかった。
夢のお告げに従い、世界の裂け目に会いに行く。