祈りの魔女 Ⅲ
あけましておめでっとう!!
いつもならば商人が馬を走らせ冒険者たちが依頼をこなすために行動する、人気の多い河川を跨ぐ大きな橋には人っ子一人存在しなかった。
理由は言わずもがな――――アイクの仕業であった。
「魔法が解けかけている……?」
どれだけ姿を隠そうと今のサーティの姿を誰かに見られるのはどうしても避けたい理由があった。
どういう理由か……サーティの様子に異常が見られたのだ。
人間との関わりも断った、誰かと会話することなんて年単位でなかった、だからこそ誰かを見ることも窺がうこともしなかったアイクであったが、抱きかかえるサーティの様子を窺っていた。
「マズイな……これは」
不安定な呼吸に苦痛を浮かべる表情。
理由は定かではないがアイク自身がかけた変身魔法が解けかけている上に瞳が真っ黒に染まり始めている様子を見るに魔族特有の症状だというのは理解できた。
「ギルドに行ってからってことは人間が関係してるのか、それとも魔族だからなのか。全く……何も知らないからって悠長に先を考えすぎたか?」
普段ならば何も考えずに、一人で悠々と暮らしていたアイクであったが今回は違った。
普通ならば一緒にいる事さえ異常な魔族と、普段ならば近づきもしない人間領に、重要な目的があって、共に行動していたのだ。
「いくら何でも鈍りすぎてるぞ……俺の頭」
戒めるように、念を込めて、何度も脳内に叩きこむ。
『油断、楽観、妄想』全てが慢心が故にくる行動を、アイクは見事にやってのけたのだ。
「はぁ……はぁ」
「…………帰ったほうがいいな」
体中に走り出した魔族特有の魔力痣。黒色の肌。完全に変身魔法が解け切ったことを示したのだ。
帰る他に選択肢がなくなったアイクは魔法袋から小さなひし形の魔法具を取り出し、指先でパキっと潰す。
「転移――――」
◆
「――――ハッ!……はぁ、はぁ」
「どうした!?〝リザ〟」
「ぁ……今、気配が消えた。それも膨大な魔力の反応を残して」
グリザリー・エメラルドは額に汗を滲ませながら体から力を抜いた。
「場所は?」
「近い……一キロ圏内」
最低限の言葉を残して瞳を瞑り、いつも通り隣に立つマークスウェル・サファイアに全てを任せることにした。
六聖女の中で唯一の武闘派――――〝聖剣の担い手〟である彼女は力なく倒れた少女一人担ぐ程度のこと朝飯前と言えるくらいには鍛えているが、
「リザがここまで消耗するとはな……一体何者なんだ、そいつは」
何も感じることが出来なかった自分も額に汗を滲ませていたことに、静かな恐怖を覚えた。
これはきっと私だけではないだろうとマークスウェルは思った。
一番最初に脅威を感じる〝宣告〟の持ち主グリザリーは意識を失い、〝宣告〟を持たずとも無意識に感じ取ってしまった自分。
〈裁きの箱庭〉に集まる聖女たち全員が感じてしまうであろう〝その力〟に足を竦ませ、少しの間だけ祈り間に伏せる。
「今のはなにッ!?リザ!!」
「……おいヴァラット。ここは祈りの間だぞ」
六つの十字架に囲まれた……いつもよりも少し不気味に感じるくらいに昏い部屋を勢い良く開いたのは二人の少女だった。
毛先が外へ跳ね、活発そうな見た目をしたヴァーガランド・ルビーという〝封緘の紡ぎ手〟。
眼鏡を標準に合わせながら目元を細める高身長のカインズ・オパールという〝神降ろし〟。
「二人とも……悪いけど、リザを頼んでいいか?」
「珍しいね。マークがそこまで疲弊するなんて」
「リザも気を失ってる……ってことは〝魔族〟?」
「可能性は否定できないけど、もしも魔族なら最悪だ」
早朝――――身を清めてから唐突に言い渡されたグリザリー・エメラルドから〝宣告〟
教会に携わる者全てを震撼させるほどの内容だったのは言うまでのもないだろう……。
『もうじき世界の理は否定される。逆転はなく二つが破滅し迷いと戦いに身を投じる』
意味は分からない。
そんな表情を浮かべていたのは教皇様を含めた聖女ではない教会の皆々。
だが、裏腹に聖女である少女たちの心臓は酷く高鳴っていた。
自身でも分からない胸の高鳴りを抑えきれずに思わず視線を交え、互いに映った瞳の意思を確認したのは言うまでもない。
「とにかく休め、マークもリザもかなりの消耗が見える」
「そうね……脅威が去ったなら蓄えることよね!私が疲れを無くしてあげるわ」
ヴァーガランド・ルビーの持って生まれた〝封緘〟という特殊な力は、他の聖女とは異端な者である。
存在に〝封〟をすることが出来ると言えば説明が出来るのか、存在を〝解放〟することが出来ると言えば説明が可能なのか……それは不確かではあるが便利な力であるには変わらない。
「私がリザとマークの代わりを務めるから、少し休んだら教皇様に報告を頼む」
「分かったわカイン。くれぐれも頑張り過ぎたらダメよ?」
「分かってる」
カインズ・オパールが持つ〝神降ろし〟とは、神をその体に宿す力のことではない。
聖女らが持って生まれた神から授かりし力を、あくまで疑似的に宿すことが出来るという力である。
もちろんのこと使用する本人には劣るがあくまでというのが重要で、それぞれの聖女が持っている力を疑似的に使用出来るのだ。
つまりは、偽物であるが故の理の外し方――――
「〝宣告〟〝聖剣醒星〟執行」
複数の力を疑似的に同時発動可能という……何とも理不尽な力なのだ。
正確にはグリザリーが持つ〝宣告〟、マークスウェルが待つ〝聖剣の担い手〟、自身が持つ〝神降ろし〟の三つではあるが、
「血反吐は吐きなれた……。あとは二人が帰ってくるまで耐えるのみ」
例えどれだけの苦痛が襲い掛かろうと役割を全うするのみ。
もしかしたら聖女の中で一番の強さを持つのは彼女かもしれない……
そのギルドには二人の聖女が訪れていた。
普通ならばあり得ない光景ではあるが、とある理由が加わると聖女が祈りに訪れるのだ。
死者のために追憶と祈りを与えるために。
殺意と憎しみが漂う空間を浄化するために。
勇者と英雄を弔うために……
「勇者ラインハルト……、英雄キーラ……」
「二人が紡いでいたであろう英雄譚が天の果てまでも響くように、ここに誓います」
静まり帰るギルド内では、その場にいる全員が膝をつき祈りを捧げる。
例えその人物との思い出がなくとも黙祷を捧げるのは冒険者や人間の界隈では普通である。
「……ありがとうございます。聖女様」
「いえ、ギルド長。頭を下げることはありません」
「私たちは祈りを捧げに、そして真実をお伺いに参っただけでございます故……」
「それは私から……聖女様がご到着する数刻前の出来事になります――――」
突然現れた男女のペア。
巨漢をいとも簡単に持ち上げるほどの怪力の持ち主。
高身長であり、明るい様子。
それでいて殺す瞬間に見てしまった、言葉を失うほどの冷え……。
年齢は二人とも冒険者業をしているから成人を終えている。
「どうよ、ロイネ」
「気を抜くがの早いわ、クウィン」
二人の聖女はギルドの受付嬢からの話を聞き終え、〈裁きの箱庭〉へと一直線に繋がる帰路で歩いていた。
「いいんだよ。ここで部外者がいたら驚きだ……で、どうよ?おかしくねぇか」
「はぁ……もういいわ。えぇ、おかしいわね……聞いていて危うく首を傾げそうになったわよ」
「だよな。あの二人の死体に残った微かな魔力残滓から見て相当な手練れだし、何なら魔法のプロフェッショナルって考えていい。勇者の方は五臓六腑が見事に爆散、英雄の方は綺麗に首の関節を斬られてた……この世界の人間にそれを出来るのは勇者か英雄―――――そして魔族くらいだろ?」
「今朝リザが言っていた〝宣告〟。それと混ぜて話してみるのもいいわね、可能性はなくはないけれど魔王が復活しているのかもしれない」
「はは……笑えない冗談だ」
こうして六人の聖女が真相に向かって着実に歩を進める。
誰が一番最初に気が付いてしまうのか……世界とは思いのほか残酷なことを――――
急いで書いてしまった!!
誤字脱字は気合で呼んでくれぇぇええ