表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無色の王と六色戦姫  作者: 豚肉の加工品
8/20

祈りの魔女  Ⅱ

酒場と一体になった賑やかな集会所。それが冒険者たちが集まる冒険者ギルドという所だ。

商人ギルド、生産ギルド、加工ギルド、冒険者ギルドとそれぞれ四つのギルドの中で一番人数がいるという理由からか会話が途切れず静かになることはない。

だからこそ、それを知っているからこそアイクはいた。

体の大きさと顔を魔法によって変化させて、肌を極力見えないようにするためにローブをまとう。

あくまで冒険者に見えるように、あくまで冒険してきたかのように……


「……よし、行くか!」


「どうした?少し明るくなって」


「性格を作ってんだよ。いつもとは少し違うからって気にしすぎるなよ」


まだ、人を信じることが出来ていた時の自分を精神から無理やり引きずり出して。

まだ、人のこと〝人間〟と呼ぶ前の殺伐としない柔らかな雰囲気と表情を全身に張り付けて。


「行くぞ、サーティ」


「……気持ち悪いな」


サーティの表情を歪ませるほどの笑みを浮かべて冒険者ギルドの扉を開けた。

すると、


「おいッ!!あぶねぇぞ!!」


誰かの叫び声と共に真横から体躯の大きな男がアイクに向かって飛んで来た。

だがこのタイミング(・・・・・・・)で入って来たアイクは、あたかも何もなかったように片腕で受け止めてしまう。

一瞬の静寂が冒険者ギルドを包み、誰かが「片腕で……?」と呟いた。


「おぉー、朝から元気だな……このギルドは」


「え、あ…………ん?」


もはや受け止められた男の方はいつまでも痛みが襲ってこないことからなのか、はたまた自分がどうして浮いているのかという疑問で頭が混乱している状態。

その他の冒険者、ギルドの受付嬢らは放心に近い状態でその場で棒立ちになってしまっている。

それも仕方ない。受け止めたアイクの体が隠れてしまうほどには大きな体、筋骨隆々であり鎧もバッチリ装備している見れば分かる圧倒的な重量感がある男を、若干痩せ型の若い男が難なく持ち上げているのだから――――だが、それは人間から見た驚きであり……


「なんだ?そこまで驚くことなのか、これは」


人間の中での感性が全く分からない魔族のサーティからしたら、この場が静かになった理由など理解が出来なかったようで声に出してしまう。


「なんだ……あの美女」

「あの子も怪力の持ち主なのか?」

「ただ者ではないのは確かだなぁ、ありゃ」


ザワザワと声が広がっていく光景に気まずくなっていったのか、サーティは人間の視線から隠れるようにアイクの背中に張り付く。


「お、おい!離せや!!」


「当たり前だ。いつまでも男を支える趣味はねぇ」


どちらにせよ視界の邪魔になっている大男をいつまでも持ち上げている暇はないアイクにとってありがたい言葉のパスだったが、それはアイクにとってだけであり周りの者は許してはくれない。

負けてそののまま帰るのか?

男のクセに情けない。

恥ずかしい奴。

体が大きいだけ。

十数人が一斉に会話を始めてもアイクの耳に届くような声で煽りや侮辱の視線と言葉を浴びせる。


「チッ……」


基本的には戦闘が得意で気性の粗さが目立つ〝冒険者〟という部類ではこういった行為は当然のように行われることから、基本的には耐性のようなものがついてしまうが大男は全員に聞こえるほどの舌打ちをして扉へと向かっていく。


「帰るのか?」


「俺はこれから依頼が三件続けてあるんだよ!!それが終わってから〈バビロン〉の探索だ、こんな場所にいる暇はねぇんだ!!」


負け惜しみ……ただそれの一点に尽きる発言。

たった一人の弱者に対して、自分が強者だと勘違いしている奴らの嘲笑った表情。

毎度のことではあったが、この腹が立つ場の雰囲気から遠ざかっていた分アイクは苛立ちを隠すのに精一杯だった。


「そうか。気を付けろよ」


「うるせえッ!」


最後には床に唾を吐いて、扉を蹴破るように力づくで開けていく。

けれど決して壊してはいかない所を見るとそこまで(・・・・)はしない人間だというのが分かるが、アイクの苛立ちが収まることはない。

「なんだよアイツ、雑魚のクセに粋がってんじゃねぇよ」

「結局は逃げてお終いってわけね」

「女にやられて恥ずかしくなったんだろ」

相も変わらないクズ具合。誰一人として、心配の声を上げる者はいない。


「結局は小物だったって話ね」


一際目立った女性の声に視線を向ける。

さきほどの大男が飛んで来た原因の一つであろう……


「ねぇ?受け止めたアンタもそう思うでしょ」


「……変わらねぇよ、全員」


「はぁ?」


確かに容姿端麗であり実力は大男を吹き飛ばせるほどの怪力。

冒険者の中ではかなり人気のありそうなタイプの女性……、だがアイクにとってはここにいる全員が変わらない。


「何でもない」


会話することも面倒になってきてしまったアイクはその張り付いたような優しそうな笑顔から〝無〟に変わる、その一瞬の冷たさを周りが無意識に感じ取ってしまったのか全員がアイクから目を逸らした。


「(相変わらずな生き方をしてる……)」


自分が強者だと一度でも思ってしまった人間は集団でない限り強者と戦うことはない、つまりここの冒険者ギルドにいる冒険者たちが集団で襲ってこないことを見るに、全員が上辺の関係であり仲間だと思っていない証拠であることになる。


「うしっ、それじゃ帰るか。サーティ」


「…………ぁ」


本来の目的であれば、流れる情報の海に潜り重要なことだけを記憶に留めて調べることだったはずだ。

だが結局は我慢の限界。

どれだけ外見を変えようが、どれだけ内面を取り繕うが、本心は全くもって変化しない。

どこまで行っても人間は人間なのだ……アイクの中にある人間像に重なって振り払うことの出来ない憎悪が心ににじみ出てしまう。


「どういうこと?アンタはここに何しに来たのよ」


「その通りだ。二人とも肌を隠しているし、見る限り怪しいぜ?」


奥側の少し影になったテーブルから男女に声をかけられ足を一旦止める。


「なら怪しむだけ怪しめよ。お前らは弱いから怪しむことしか出来ないんだろ?」


先程からサーティの様子もおかしいし、取り繕ったものが剥がれ落ち始めているアイクは足早に退散して休憩でもしようと思っていた……が、予定は変更された。

口から勝手に漏れた挑発の言葉が女性と男性の琴線に触れたのか、装備している武器を握り始めたのだ。


「さっきから何なのアンタ……。少し痛い目見ないと分からないの?」


「予定変更だ。こいつらは捕らえる」


沈んでいた雰囲気を徐々に上げていくのは戦闘が始まることへの楽しさなのだろうか。

横目で見る受付嬢は手馴れているのか、淡々と依頼書の整理をしていた。


「サーティ、大丈夫か?」


「……少しだけ待つ」


決して具合が悪そうとかではない様子だが、何かに対しての感情を押し殺しているようにも見えなくないサーティの姿から予想出来ることは多々ある。


「分かった」


見据えたのは武器を握りながら空席を飛んでこちらに向かう二人の男女。


「(三年前と変わらないなら、大丈夫だろ)」


人間が変わらないなら何も変わらないだろう。

アイクの中に構成されている『戦いに対する意識』と向かって来ている男女の『戦いに対する意識』に相違はないはずだ。

つまりは――――


「死んでも文句は言うなよ」


殺し合いだろう?


「「は?」」


アイクから放たれた虚無感に二人は少し足をよどませてしまう。その刹那のこと――――身に纏う防具を貫くほどの正拳が男の胸元を穿っていた。


「一人目」


その呟きが隣に立つ女性に聞こえてから(・・・・・・)、男は背後に見えた大理石の壁にバウンドしていた。


「ライ――――――」


少なからず仲間意識があったのか、仲間のために振り返ってしまったことで最大の隙を作ってしまった女性の言葉は最後まで発せられなかった。


「二人目」


魔法による電気ショックを直接脳内に送り脳細胞を焼き切る。

頭の中身だけが斬り刻まれたことなど誰も……本人にすら気が付かれてはいないだろう。

顔面の穴という穴から血を噴き出し、誰もいない空のテーブルに大きな血溜まりを作り始める。


「こ、殺した!?」


背後からの声で振り返ると先程は興味なさげに依頼書の整理を行っていた受付嬢が開いた口を小さな手の平で抑えながら、驚愕していた。


「仕方ないだろ。相手は武器を持ってた、戦闘態勢が整っていない相手にだ。なら殺されても文句は言えないだろ?武器を手に持って迫るというのはそういうことだってのを、今の冒険者は知らないのか?」


「そ、それでも!!人間を殺すことは重罪に当たることですッ、ギルドマスター!!」


アイクからは決して目を逸らさずに、叫ぶように声を張り上げる受付嬢の言葉に首を傾げてしまうアイクであったが背後から漏れた〝魔族特有〟の魔力に焦燥感を駆り立てられ即座に振り向く。


「……サーティ?」


振り向いた先にいたサーティの息が上がっていき、口端から血が流れているのが見えた瞬間にアイクはサーティを抱え込みギルドの扉を突き破ってその場から立ち去る。


「あぁ、マズイな」


背後から聞こえる叫び声が一瞬で耳元から遠ざかっていく感覚よりも、抱え込んでいるサーティの様子に対して静かに呟くアイクの表情は珍しくも焦りに満ちていた。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ