祈りの魔女 Ⅰ
少し遅い投稿だったようだ。いや、早すぎるか……
『勇者と英雄の失踪!!〈バビロン〉で死亡したか!?』
旧魔族領へ向かった勇者たちの魔力が消滅。今のところ発見されている〝勇者〟の一人が消失した理由とはいかに!?
・復活した魔族に敗北
・英雄たちの裏切り
・慢心故の事故
・〝魔王〟の復活
「これまた……でかでかと書かれてるな」
大空をルートに全大陸を飛び回る伝書鳩から届いた一通の新聞の題名には大袈裟なまでに大きく記された文字でそう書かれてあった。
その様々な可能性を考慮して飛び交う発想の数々にアイクは思わず笑ってしまう。
「〝魔王〟は言い過ぎだろ」
そもそも〝魔王〟が復活してしまったら、世界が終わりを迎えてしまうのと同義だ。
勇者があの程度ならば『次』はない。
確実に人間は蹂躙され、一つの世界が混沌に呑まれる。
「なぁ、アイク」
「どうした?」
口一杯に朝飯のロールキャベツを頬張るサーティが目を細めながらアイクを見た。
「人間領に行くってのは本当か……?」
「本当だ。今のうちに行っておかないと後悔することなるのは俺だからな」
「…………」
外気の冷えた空気によって冷め始めたコーヒを啜りながら、新聞を次のページへと進めるアイク。
それとは反対に何か言いたそうな表情のサーティ。
「ダメだからな」
新聞に隠れて表情の分からないアイクから聞こえた強い声音によってサーティの体が反応した。
「絶対に連れてかないからな」
「ま、まだ何も言ってないだろ」
「明らかだろ……。すぐに乱れる魔力、落ち着きのない動作。何よりもお前は表情に出てるんだよ」
生まれて来たばかりのサーティには対人……というよりも心を持つ存在に対してのやり取りが出来ていない。すぐに感情を表に出し、それを隠していると思い込んでいる。
まだまだ幼過ぎる精神で人間領に行ったら地獄を見ることになるのは、火を見るよりも明らかなことだ。
「というかなぁ。魔族のお前が人間の俺といることすら本来あり得ないことなのに、魔族のお前が人間の世界に入り込んだりしたら大変なことになるのは分かるだろ?」
「でも、それでも行きたい理由は私にもある」
「……なんだ?一応聞いてやる」
「恐らく人間領があるのはここから南東へ向かった場所だろう?」
「まぁ、正確に言えば旧魔族領以外は人間の場所だから関係はないけどな」
「ならばここから南東の場所には何がある?」
「南東……ね――――」
大陸の半分以上が人間領。
その中でも、ここから南東の場所と言われても…………
「あぁー……教会があったはずだ。歴史的に見てもかなり有名で……名前は〈裁きの箱庭〉だったか?何かそれらしい大層な名前がついた教会があった」
「私はそこに行きたい。そこから――――魔族の波動を感じる」
「波動って……〈バビロン〉が動き始めた時に起こる?」
「それに限りなく近しいが、実際は別物だ。私たち魔族に上も下もないが存在での優劣はつく。お前の読んでいた御伽話に出てくる魔獣は下位魔族。私のような人型は上位魔族」
「それは物語を読んでいて何となく想像できてはいた」
「そして更に上――――がいるはずなんだ」
「なんだそれ」
「私が生まれる〈バビロン〉というものは魔王様が創ったものではあるが、〈バビロン〉が存在していられる理由がある。それは魔王様とかなり近しい力を持った者が常に魔力を流しているからなんだ。そして私が生まれる直前に〝お告げ〟として指名を下す……その存在がいるはずなんだ」
「ほぉ……面白くなってきたな。つまり勇者はそれすらも屠って魔王を下したのか」
「歴史上でどうなっているかは知らないがそういうことになる。だが、新しい発見を喜んでいる暇は人間であるお前にないぞ?」
「まぁ、確かにそうだ。現状で一番危険な場所にいるのは俺だけだしな」
「そうじゃない。そうじゃないんだよ……アイク。重大なのはそこではなく、私に“お告げ〟を下したのは魔族ではないんだ」
サーティの言葉に読んでいた新聞を強く握ってしまうアイク。
きっとコーヒを飲んでいたならば新聞を突き抜けサーティの顔を更に黒色に染めていただろう。
「た、頼むサーティ。そこから先は面倒なことになりそうだから言わないでくれ……とにかく俺を争いに巻き込まないでくれ」
「無理だ。第一に魔族の私と関わっている時点でお前に逃げ場はない」
「分かった、分かったよ……。連れていくよ、一緒に」
「感謝する。でもこれだけは知っていて欲しい」
旧魔族領には十四本の〈バビロン〉が存在している。
その中で完全に機能を失っているのが十二本、そして機能しているのが二本。現在機能している二本の内の一つ目から私が生まれた。
だが、たった一人だけの魔族以外に魔族を生み出さない。
それは何故かと考えた……
「私の中では答えが出ているのだが、答え合わせは必要だろう?」
どうしてか口角を上げているサーティに対して、アイクは項垂れ打ちひしがれていた。
「……じゃぁ、行こう」
◆
「お前は本当に何者なんだ……?」
「お前の言うところの魔法使いだが?」
朝食の片づけを終え、服装を整えて、魔族であるサーティに変装魔法を施し、表に出るために扉を開いた。いつもと何も変わらない……何の変哲もただの日常だったはずだ。
「どうやったら玄関の扉を開いたら人間領の、それも郊外に設置されているトイレから出て来れる?」
それがどうだ?
馬車に乗って荷物を運ぶ商人。
鎧を身に纏んだパーティが何組も行きかう。
目の前には大きな噴水が飛沫をあげ、瞳を上にあげれば時計塔が時刻を指している。
「これは俺が設置した転送魔法用の専用魔道具だ。こう見えても〈バビロン〉を淘汰してきた冒険者だ、大体のことは出来ないと一人で〈バビロン〉はクリア出来ないだろ?」
「そうだったな……、旧魔族で一人で生きて来たならばこれくらいは普通か」
「どの程度が普通かは知らないけどな。ほら、行くぞ」
「そういえばここは?」
「知らん。たぶん新しく出来た都市だ、近くに〈バビロン〉があるところを見ると冒険都市って感じの場所だろうな。お前の言う通り南東の都市に来たが……運がいいみたいだ」
見渡す限りの冒険者の数。
商品を売りさばいては声を張り上げる商人の数。
情報も流れて、物資も良い。
「まずは俺からでいいか?どうしても勇者と英雄たちの情報が必要なんだ」
「分かった。私はどうすればいい」
「俺の近くから離れるな。欲しいものがあったら言ってくれ。周りの人間を観察するな。問題は起こすな。まだまだ言い足りないが以上だ」
「わかった」
「よし……行くか」
昨日のうちに投稿出来なくて申し訳ない。