序章 祈りの魔女
六つの十字架を背に、朝日は後光のように射している。
磔にされているのは人間とはかけ離れた異形の存在である〝魔族〟と呼ばれる、人間の最大の敵であり人間と歴史を作り上げた世界で最も皮肉で有名な存在である。
手足には聖女が造り上げた聖釘が深く突き刺さり、首元と関節には血で変色した麻縄で縛られ、心臓には聖女が神に祈り授かった聖剣が突き立てられている。
幻想的で、儚げで……それでいて神聖な空間。
「――――祈りは済んだようですね……聖女様」
「はい。教皇様」
“人間領〟にある歴史上で最も有名である教会――――――――〈裁きの箱庭〉で、今の今まで魔族を戒めている聖遺物に祈りを捧げていた聖女が短く答えた。
「それにしても……何とも忌々しいのでしょうか」
純白の祭服に身を包み、両手を合わせながら瞼を閉じる老人。
表情は今にも涙を流しそうに眉間に皺を集めている。
「教皇様は、本物の魔族を見たことがあるとお聞きしたのですが」
「えぇ……この目で確かに」
「聞いてもよろしいことでしょうか?」
「もちろん。改めて魔族が復活した今……聖女である貴女は知っていなければなりません。これから勇者の元へ向かい、共に戦うことになるかもしれませんからね」
「まさか私がその大役を担う時が来るとは思いもしませんでした……。もう魔族は滅んだと聞いていたものですから、正直に申し上げると――――」
「怖いですよね」
「……はい」
「ですが、これも神からの啓示。神は意味のない物語を創らない……それは聖女である貴女が一番よく分かっているでしょう。いつ訪れるか分からないこの時のために祈りを捧げて来たのですから」
そう言い終えてから教皇は胸元で十字を切った。
「魔族の話は全員が集まってから説明しましょう。どちらにせよ、全員が分からないといけないことですからね……。話しは変わりますが〝宣告〟は頂けましたか?」
〝宣告〟とは聖女だけが持つ特殊な力である。
内容はそれぞれ異なるが、聖女――――グリザリー・エメラルドが持つ力は神との直接交信。
善いこと、悪いことに関わらず、これから起きる出来事の結末を伝えられるといったもである。だからこそ教会では〝宣告〟と呼ばれいるのだ。
「頂きました……。ですが、これも全員が集まった時に話そうと思います。修道女の方々も他の聖女も全員が知っていなければならない内容ですので」
日が昇り切る前の早朝。
ようやく朝日が教会の全体を照らす頃――――照らされた魔族の口角が上がっていることは誰も知らない。
次回は今日中に投稿出来たらいいなぁ