無色の王 Ⅳ
メリークルシミマス!!
何年経過しても未だに生き残る旧魔族領の草木は、枯れようが朽ちようが変わり映えのない景色だ。
大地から生えるか細い木には葉は育たず、花は開かず、何も実らない。ウドの大木ではないけれども、ただ生えているだけの枯れ木だ。
夜風に靡いて聞こえるのは砂利が擦れる寂しい音色だけ……そんなくたびれた世界には目立ちすぎるほどの明かりが灯っていた。
テントのような形の魔力で補強された野宿道具、周りには魔獣除けのお香が複数設置されていて、テントの中からは男女の声が響いていた。
「結局見つけられなかったなぁー」
「えぇ、それでも時間が解決してくれますよ。ここから先に向かった〝過去〟が見えていますからね」
「俺の〝直感〟も反応してる」
「あんたらが分かっているならいいわ。でも、なんか少し負けた気分」
「仕方ないですよ。〝勇者〟と貴方は感覚的能力ではないのですからその辺りは私たちに任せてください。戦闘ではとても頼りにしてます」
「でも、体は残せよ?お前と〝勇者〟はいつもやり過ぎるからな。こないだの反逆者討伐依頼の失敗だって、どう考えても二人がやり過ぎたからだからな?」
「いやぁ、そこまでだって。俺は髪の毛残したし」
「私だって二つ爪の欠片残したわ」
「「…………」」
「どうした二人とも?」
「こりゃ手遅れだな……」
「ですね」
談笑と言うには笑えない会話だった。
むしろ、この話題を談笑出来る人間に対して呆れて笑いもでないのは言うまでもないだろう。
「同族もお構いなし、か……。相変わらずで」
あまりにも堂々とテントの真上でアイクは胡坐をかいて聞いていた。
「〝勇者〟御一考。良かったよ……殺してもいい奴らで」
魔除けのお香などに意味はない。
襲い掛かるのは魔が関わる存在だとは限らないからだ。
この旧魔族領に同族がいないと勝手に決めたのは誰だ?
お前らが強者だと勝手に決めたのは誰だ?
「浅はかな自分らを恨めよ」
静寂の常闇の中……
掲げた群青の剣は静かに振り下ろされた。
特殊な力はなく、純然たる剣技である。故にその剣技から織りなされた最速の剣速は音をも置き去りにしてしまう。
音は無く、魔力は使わず、ただ殺意を胸に振り下ろした一閃は確実に地形を削り取って存在していたものを斬り刻む。
それはどんな存在でも変わらない。
勇者の子孫である現〝勇者〟だろうが。
勇者の手助けを許されるだけの力を持つ現〝英雄〟だろうが…………だ。
「俺は優しいから一部は残してやるよ……」
木っ端微塵となった野宿道具の中に見えるのは四つの心臓。
そこに体があったのだろう。
そこに人間がいたのだろう。
〝勇者〟か〝英雄〟がいたのかは分からないが心臓があった場所で、未だに心臓が動いている。
「一瞬で死ねたんだから良かっただろ」
群青の剣を魔法袋に収めると勇者御一行が置いた魔除けのお香を一つ手に持ち、また暗闇に向かって歩き出すアイクの後ろ姿は一瞬にして溶けていった。
残ったのは空気を切り裂く斬撃の音と焚かれたお香の紫煙のみ――――いつの間にか四つの心臓は地面に転がっていた…………
◆
朝焼けになるには少しだけ早い時間は〈バビロン〉の影響で魔獣が活性化する、一番危険な時間帯。
さらに魔族が復活し始めているという現実を知った今では危険視せざるを得ない魔族からの襲撃。
裏付けとしてサーティが目の前で眠っている……
「こいつ…………俺のベットで寝やがったのか」
今まで本を読んでいた場所はランプが点いたまま、暖炉の炎はアイクが出ていく前よりも燃え盛っているようにも見えた。
「まぁ、暖かい状態を保って待っていたことで相殺してやる」
気持ちよさそうに、そしてあまりにも無防備な状態で他人のベットで眠りこけるサーティを横目にまた読書を開始しようとするアイク。
「ッ!」
であったものの、久方ぶりの運動により体が先に限界を迎えたようだ。
全身の痙攣が始まり立っているのもやっとの状態。
「……ふぅ、ダメになってるな。確実に」
落ち着きと冷静さを忘れないために深呼吸を挟み、ゆっくりと暖炉前に置いてある椅子まで歩んでいく。
まるで生まれたての小鹿のように一回地面に腰を下ろしたてしまったら立ち上がるのに少なからず時間を取られてしまう。
ただ読書のために意地でも座ろうとしないアイクの姿を見て笑う人物が一人いた。
『ダメダメねぇ、私を使うなら力を戻しなさい?アイドレット』
「――――久しぶりだな……〝群青の魔女〟」
透き通る空色の瞳、フワフワと雲のように柔らかそうな白い髪、肌の色は黄色だが不健康そうなほどに焼けていない白い肌が少しだけ首元から見えていた。
そして何より異色であり特別な特徴――――体に浮かび上がる藍色の魔力痕。
『それにしても、貴方も随分と弱くなったものねぇ……。私を呼ぶことすら出来ないなんて』
「この三年間で意図的にお前を呼んだことはねえよ。勝手に出てきて体半分持っていくのはやめろ……、使われた俺の肉体はお前の力に耐えられないんだから」
溜息にもにた深呼吸をしながら、ゆっくりと椅子に座る。
『額に汗が浮かんでいるけど大丈夫?』
「誰のせいだと……お前のおかげで全身筋肉痛で魔力枯渇だ。頼むから大人しく剣だけ貸してくれ」
『以前ならそうしたんだけどねぇ……今回は流石に私の海よりも広い心が許しては上げなかったのよ。何せ――――とうとう〝勇者〟って名乗り始めたからねぇ』
「……何が問題あるって言うんだよ?」
『もうそろそろ分かる時が来るんじゃないかしら?貴方が好んで読んでいる御伽話のように上手く世界を騙せない……それが現実ってものよ。私を使える貴方には自ずと分かる時が来るはず。むしろ、世界から貴方へ、独白が待っているわ』
やけに協調された言葉の数々に頭をひねらせると、目の前からいつの間にか姿を消していた。
まるで蜃気楼で幻が見えてしまった時のような感覚。
「毎度のことだから、もう驚かないけどな」
〝群青の魔女〟とはアイクが勝手に言っている名称であり、本名は分からない。
それでも群青の剣に触れてしまった時からの出会い――――もう三年近くも身近にいる話せる存在であるから、ここまで不思議には思わなかったことがある。
人間にも見えなくもない容姿。
体から頬まで浮かび上がっている藍色の魔力痕。
いつも不思議と心に引っ掛かる言葉を残して、ただ傍にいる……
「んー……色々積み重なってきたな」
魔族の復活。
勇者の目覚め。
〝群青の魔女〟の腑に落ちない証言。
誰に相談することが出来ないアイクの脳に深い衝撃を轟かすには十分すぎるほど……。
しっかりと心の中に違和感という形にこびり付いたそれを落とすことになるのはいつになるのだろうか。
「静かに暮らしていたいだけなのになぁ」
気持ちよさそうに眠るサーティをつい見てしまう。
魔族の復活を告げたのは紛れもなくサーティであり、面倒ごとを解放させたのは魔族に関わり始めた人間の勇者である。
「死ぬほど嫌だけど――――人間領に向かうしかないな……」
過去は過去。
そんな言葉では通り過ぎることが出来ない出来事があったアイクにとっては、ある意味で魔族よりも敵意を持っている人間という種族。
身の毛がよだち、不快感は増すばかり、それでも手に入れた平穏が脅かされそうならば仕方ない。
「(取り合えず、この筋肉痛を治してからだ)」
三年も隠居していた正体不明の冒険者の冒険が今始まった――――