無色の王 Ⅲ
早朝投稿って感じ
御伽話には伏線が存在しない。
考えられて創られている話であるのにも関わらず、嘘偽りがなさそうに記されている。もしかしたら〝嘘〟という名称は単純で純粋なものかもしれない。
その錯覚のようなものが記された文字をなぞるように追っていくから面白い。
「……なぁ」
暖炉で冷たい体を温め、湯気が立つコーヒーで体内が火照る。
何も変わらない一日だったはずなのに……今は少しだけ違うことがある。
「どうかした?」
活字から目を離さずに答える相手――――サーティという魔族が常に近くにいるということだった。
とても感情的で情緒的な、〝御伽話〟で現れる魔族とは全く違う彼女。
「お前……本当はもっと年を重ねているんじゃないのか?見てるだけで私の時間がゆっくり進んでいく気がする」
「そうか。のんびりするのは良いことだろ、お前は少し休んだ方がいいからな」
今にも閉じそうな重い瞼を無理やり開いているような眠り時に出るような少しだけ低い声でそう問われるアイクの反応は、こちらを労わっているようで無関心な返事だった。
「のんびりと過ごすのと無駄に過ごすのでは天と地の差があるだろうが。お前、食事を作る時とトイレに行くとき以外ずっと本を読んでいるだけじゃないか」
しかも読んでいるのは子供が読むような絵本である。
題名は「勇者の冒険」
どこまでもありきたりな設定に、どこまでもありきたりな物語。サーティ本人も読んではみたものの下らな過ぎて秒で本棚に戻すような詰まらない内容の本。
それを何回も見直しては瞳を瞑り行動を止めるアイクの姿を見ること…………十から数えていないサーティが眠くなるのも仕方がないことだった。
「これが俺の生活だ、慣れろ」
「じゃ……せめて何をしているのか教えてくれ、私はもう眠い」
結局は欠伸が噛み殺せずに吐いて出る。
この部屋には時計がない。時刻は分からないが夜の空と星の動きで時間を表すなら深夜二時を回った頃であろう。
「もう寝ろって言いたいところだけど……いいだろう。俺は今〝魔族〟に関しての知識を集めている」
とても真剣な表情で発した言葉にサーティは唖然としてしまう。
あぁ、これは間違っても驚きではない。もちろん……
「アイク……お前は疲れている。寝よう、な?」
アイクの頭を心配しての唖然だった。
「俺がお前と一緒に寝るわけないだろうが……」
「いや、私は一緒に寝るとは言ってないけど?」
「お前が、俺の部屋で、俺のベットで横になっているんだろうが。ちゃんと部屋は綺麗にして用意しただろう?お前はそっちで寝るんだよ。眠いなら勝手に部屋に戻って勝手に眠れ」
「……いいじゃん、別に」
「甘えんな。生まれたばかりだからって言ってもお前は成長している、むしろお前が一人で眠れないならそれこそ異常事態だ」
「絶対に友達いなかっただろ?お前は心が荒んでる。初日にして遠慮がなさすぎる……」
ボフッと空気が外に押し出される音が布団から鳴ったのを聞いたアイクは、ようやく手に持つ本から目を離しサーティの方を細めで見る。
「おい、横になるなら自分の部屋に行ってくれ……サーティ」
「魔族とは言え私は女だぞ?普通は傷心している女を前に一人で寝ろなんて言わないだろ……」
「いいか?自分で言うのもあれだけどな、俺に欲求という存在はない」
「え……――――それは」
どういう意味なのか?そう問い返そうとした時、真夜中に溶け込んでいた一つの〈バビロン〉が魔力による輝きを放った。
「誰か来たらしいな……。しかも厄介な感じだ」
アイクとサーティのいる場所は普通ならば誰もくるはずのない場所である。
いくら過去の遺産と言われようとも〈バビロン〉がそこらに建っている超危険区域だ、加えて夜ならば魔獣と出くわす可能性も無くはない。
というよりも、サーティが生まれたということは確実に危険な存在が彷徨い始めているはずなのだ。
「――――あいつらだ……ッ」
「サーティ?」
魔族である彼女が旧とは言え魔族が存在していた権化のような場所にいるのだ。直感という第六感が働いたのだろうか。明かりで反射する窓際に張り付くように、外の光景を伺う。
「可能性が高いのは〝勇者〟と〝英雄〟。私を追って、ここに――――」
「おい」
「何を辿って……。血痕は……違うな。死に際で気配すら残ってはいないだろう。魔力痕から洩れた魔力の残留すら微かに宙に舞うほどだったはずだ」
「おいって」
「とにかく殺さないと……今度は私が逆に――――」
虚無に呑み込まれた眼が映すのは憎悪一色。
禍々しくも渦巻く深い憎悪がサーティの瞳を彩っているのが、第三者であるアイクには伝わった。
それだけではない。
アイクに見得ていることは決してそんな単純なものではないのだ。
「おい、サーティ」
「どうした?」
ようやくの応答から感じ取れた感情は〝無〟であった。
それもそうだろう。と、記憶を見たアイクは納得が出来た。それでも一緒にいる身としては気分が良いものではない。
だからこそ、躊躇しなかった……
「お前は寝てろ、今回は俺が行く」
静かに本を閉じると、腰に備えている魔法袋から一本の剣が飛び出す。
姿形は何の変哲もないただの銅剣。むしろ普通の銅剣よりも少し錆が目立ち、剣と捉えることすら一瞬迷ってしまうほどの姿だった。
「……なんだそれは?」
「そこらへんに〈バビロン〉があっただろう?合計は十四も建っているんだけどな、そのうちの六つには奇妙な剣が祀られていたんだ。どれもこれもある意味では最高傑作だけどな」
ゆっくりとアイクの目の前に降り立つと、意思があると思わせるほどの〝圧〟を剣のほうから発せられた。
「分かってるって」
アイクの方もまるで話しをしているように剣に返事を返し、錆び切った柄を指でなぞるように優しく握った。すると――――剣は形を変える。
銅かと思われた色合いは深い青に変わり、綻びと刃こぼれが酷かった刀身は磨かれ、錆びのせいも相まって握ることすら躊躇ってしまう柄の部分は藍色に変色した。
「久しぶりだな……」
アイクがそういうと、その煌めく青い剣は輝きで返事をしたように見えた。
「サーティ、詳しい話しは後だ。お前は俺の部屋で寝てていいから、絶対に部屋の扉を開けるなよ」
そう言いながらあまりにも自然に自室の扉へと向かおうとするアイクの行動に我に戻ったのか、サーティはつい茫然と立ち尽くしたまま見送ってしまった。
◆
夜霧に巻かれた舗装もされていない獣道。
暗闇に紛れるように静かに歩いてはいるものの、その手に握られた群青の剣が存在感を溢れさせている。
「今度は誰だ?」
砂利と擦れて奏でる足音は夜の透き通るような空気に反響し、アイクの言葉を薄っすらとかき消そうと企んでいる。
「俺の故郷だけでは足らないか……クズ共が」
サーティには嘘を一つ吐いた。
俺は人間が嫌いなんじゃない……言葉では表しきれないほどに憎んでいる。
嫌悪、憎悪、軽蔑、どれでもない。全部が含まれてようやく欠片になるような、全てを掛け合わせてようやく形が見えてくるような程に人間が嫌いなのだ。
「勇者だか英雄だか知らないが――――色が汚いなら塗り潰すまでだ……」