聖魔反転 Ⅱ
ようやく書けたってわけ
――――気が付かなかった……
「おーい、聞こえてるか?」
――――この〝少年〟はいつのまに目の前に現れた?
「おい、君たちはここの教会の人なんだろ?」
太陽の光で照らされた白色……もとい灰を被ったような濁りを含んだ長い髪から香る石鹸の爽やかな香りが鼻孔をくすぐり我に返ったマークスウェルは、思わず地に立てていた練習用の木刀を強く握った。
「何者だ……少年」
「――――は?……俺が少年?」
「その身長に高い声音では成人しているようには見えないだろ」
隣に座るヴァーガランドを庇うように少しだけ前に体を動かしたマークスウェルからの殺気を感じ取った男性は苦笑をしたあと何かを確認するように自身の体を触り始めた。
「どっからどう見ても成人だろ?……な、隣の赤髪の子――――」
「…………っ!」
ヴァーガランドは隠れるようにマークスウェルの背後に体を後退させると、ようやく言葉を発した。
「あ、あなた……何者なの?」
「おいおい……」
男は前髪を掻き上げ呆れたような、それでいて困惑しているような感嘆を唸らせると、再度自身の体を触り始めた。
そのあまりも隙だらけの行動を逃すことなくマークスウェルは瞬時に木刀を地面から抜き、男性の喉元に突き立てようとしたが、
「――――殺気が漏れ過ぎだ」
首を傾げるだけで避けられてしまった。
「急に何すんだよ……。女が出来る剣速じゃねえだろ、今のは」
「それを避けられるアンタも相当やるようだね。それで……そろそろ聞かせてくれよ。何者だ、アンタ。場合によっては対処しないとけいない」
「なんでそこまで危険視すんだ?俺……何かしたか?」
「私らは少し特別でね……。〝魔〟に対して強いんだ。あんたの反応を見るに変装魔法を施しているようだけど、残念ながら本当の姿はバレバレだよ?ついでに、その禍々しい魔力もね」
「……なるほどな」
すると男の周りが静かになった。
先程まで肌を突き刺すような、痛くトゲトゲしい魔力が霧散している。
「ヴァラット?」
「私は何も……?」
〝聖女〟の二人から見れば男の周りだけ世界が歪んで見えるほどの力……。そうあっさりと抑え込めるような簡単なものではない。
それこそヴァーガランド・ルビーの〝封緘〟のように、全ての存在を封印出来るような力でもない限りは不可能とまで思ってしまうほどの膨大な力だ。
「これでいいか?」
「アンタ……何を」
「こうしないと話しすら聞かせて貰えないんだろ?あぁ……自己紹介がまだか。俺の名前はアイドレット、見た通り人間だ。変装魔法は知り合いに見つかると面倒だから、今は情報収集をしているただの一般人だ。これでいいか?」
「何でここに来た……?」
「最初は〝勇者〟と〝英雄〟について調べてた。理由はどうあれ〈バビロン〉が不穏な輝きを発してるからな……少なからず関係はあると思ってな。それで色んなギルドで情報を集めてたら、そろってこの場所を口にしてたからな」
「残念だったな。ここには何もない」
会話の主導権を握っている。そうマークスウェルは思っていた、だから必勝としてアイクの言葉を跳ね除けてしまったのだ。
「そうか」
――――それが悪手だとは露も思わずに……
「どういうことだ?」
「いや……意外と『楽観』的だな、と思っただけだ。それに『油断』もしている」
アイクからのこの言葉によって体が緩み切っていることに気が付いたマークスウェルは息を呑んだ。
「それじゃぁ聞くが――――この六つの悍ましい魔力は何だ?さっきまで洗濯物を干していた女は何者だ?お前たちも含めて〝その力〟は何だ?〈バビロン〉の秘宝じゃないことは確かだが、俺が感じたことのない力ってことは限られてくるが……?」
サーティという魔族と出会ってから〝いつも通り〟という概念を捨て去ったアイクには付け入る隙が全くと言っていいほどなかった。
寧ろ、改めて気持ちを入れ替えたほどだ。
「考えられることは二つだ……。ここまでの途中で耳を掠めた〝六聖女〟という存在なのか、それとも〝勇者〟や〝英雄〟のどちらかの覚醒者か。だけどこの目で〝勇者〟や〝英雄〟を見たことがある俺は、選択肢を知っている。お前は――――六聖女の二人なんだろ?」
「……だったら、何だって?」
「いや、特に何もしないけど……?」
「「え?」」
あまりの緊張感の無さに、怯えるようにマークスウェルの背中に隠れていたヴァーガランドすらもあっけに取られてしまった。
「だから……俺は最初から話しを聞きたくて来たって言っただろうが。最初のは悪かった、俺の魔力を正確に感知出来るとは知らないで普通に来て」
「正確に?」
「そうだ。俺の魔力は、本当の魔力が見えるやつじゃなければ見えない。それこそ〝魔〟に耐性を持っているようなお前らみたない存在じゃないとな」
そこでアイクはマークスウェルの背中に隠れたヴァーガランドを見ると、
「そこの赤髪の女は相当敏感らしいからな。本当に悪い」
素直に頭を下げた。
「あ、え、いや……いいけど」
「ちなみに聞くが、そこまで怯えた理由は〝その力〟に関係しているんだろう?どうやら恐怖の一番近くにいるようだしな……。となると、お前が〝封緘の紡ぎ手〟か?」
「どうして……そう思ったの?」
「ある文献で見たことがあった、聖女に関することではなくた聖女の力についてのものだが……」
旧魔族領に建てられた魔王城の中には広い図書が存在する。
どこまで昔かまでは、全てを見れたわけではないアイクは判断しかねたが、ありとあらゆる様々な書物がある。その中で見た一冊に記されていた。
「少ない知識だが……お前らはそれぞれ六つの特別な力を持ってることを知っている。その中で俺の記憶に深く刷り込まれた力は二つ。存在の見えない〝神〟というものからの危険信号を受け取る〝宣告〟の持ち主。……そして〝封緘の紡ぎ手〟と呼ばれる全ての存在を封印し解放することが出来る力だ。」
「そんな……この力を知っている人は限られているのに、一体どんな本なのよ……それは」
「――――童話だ」
「……ん?」
「付け足すなら今までの歴史通りに綴ってある物語だな。何百年と前のものだから持っている者は限られているとは思うが……」
「さ、流石にそんなもの、あるわけないでしょ?」
これまでの歴史を物語にしている童話などに聖女については記されてはいないことくらいヴァーガランド達〝六聖女〟は知っている。
一般的に販売されている娯楽に聖女の力を記せば、限りなく機密事項に近いことを世間にばら撒くことになってしまうからだ。
「だけど少年は言い当ててみせた……ってことは、そういうものがあったということになるねぇ」
「なにを悠長なこと言ってるのマーク!!こんなこと教皇様に知られたら大変なことになるわよ!?」
たった三人しかいないこの木陰の下。恐怖心が完全に消えたヴァーガランドがいつもの調子を取り戻し始めると、とても三人には思えないほど空気に賑やかさが増えた。
「……おい、ちょっといいか?」
だが、アイクには少しだけ気にかかることが一つあった。
「なによ!?今は君に構ってる場合じゃないの!!」
「少し静かにしろ赤髪、そんな大声だと教会から人が出てくるだろ。あと青髪……俺は少年じゃない。こう見えても十九年は生きている」
それは二人から年下に見えているのではないか?ということだ。
マークスウェルから〝少年〟と呼ばれ、ヴァーガランドから〝君〟などと呼ばれ、何か勘違いされているのではないかと思ったアイクが釘を刺すと、
「「……う、嘘でしょ?」」
二人は声を重ねて目を見開いた。
「嘘なわけないだろ。まぁ……確かに身長は低いし声も高いことは自分でも分かっているけどな。証明は出来ないが真実だ」
加えて付け加えるなら体の線も細いし、髪も長い。
シルエットだけ見たら少年というよりも少女に近い姿をしている。
「あ~……もう分かんない!色々ゴチャゴチャしてきた」
「同じく」
「そうか。ならもう話しは大丈夫だ、俺は教会に祈りを捧げて帰る」
そう言ってアイクは踵を返しゆっくりとした足取りで教会の出入り口まで歩を進め始めると、教会の外には翡翠の髪を靡かせてアイクの奥にいるマークスウェルとヴァーガランドを見つめる一人の少女が立っていた。
「(さっきの……)」
大量の洗濯物を干していた〝聖属性の塊〟のような少女だ。
特に気にすることなく歩いて近づいていくと、少しだけ訝し気な視線をアイクに向けたまま教会に入っていくアイクを見送り奥にいる二人の下へと歩み始める。
「(あの赤髪が大声だすからだ……)」
アイクは知らん顔をして教会の扉を押し開く。
「昼前は人がいないな。それに少しだけ暗い――――――……ッ」
扉を開けた瞬間に感じた周囲の魔力の淀み。
太陽光の明かりだけが頼りな薄暗い空間の見据える先には六本の十字架が等間隔に建っていた。
「これは……人がこないわけだ」
人型の何かを光輝く剣で封じているのは一目で分かった。
だが、それ原型をほとんど留めていない……それでもアイクには理解出来てしまったのだ。
「(サーティの勘は当たってたらしいな)」
磔にされている存在の正体は――――〝魔族〟。
それも未だに形を残した……。
「祈りどころじゃ――――」
「おや?今の時間に祈祷者が来られるとは……」
振り返り外に出ようとした瞬間、背後が声が聞こえ扉を開こうとしていた腕が止まった。
ゆったりと語り掛けるように、相手に聞き取りやすいように、自分の時間を共有させようとする話し方。
「貴方は?」
「ん?もしや、ここに来るのは初めてですか?」
「えぇ……」
「では、初めまして。ここ〈裁きの箱庭〉で教皇を務めさせて頂いております――――オーラスと申す者でございます」
「こちらこそ、教皇様とは知らずに無礼な発言をお許しください」
「いえいえ良いんですよ。それで今日はどのような……?」
「いえ……少し旅をしていましてね。近くによったので見学に来ただけでございます」
一度頭を下げ何もない手のひらを広げて見せると、常ににこやかなだった表情が少し動いた気がした。
「仕方ないことですよ旅人の方。それでは存分にどうぞ」
「…………帰ろう」
見るものは見た。むしろ見なくてもいい部分まで見てしまった。
アイクは教皇と名乗ったオーラスの言動を細部まで観察し、決して見逃せないことまで見透かしてしまったのだ。
「(金の亡者なのか……)」
両手の平を広げて見せたのは金銭を持ち合わせていないことを相手に示すことを目的としたのもである。だからこそ、アイクは自分を観察させるための余地を作った。
オーラスの視線を動かしたのは間違いなくアイクが携えている〝魔法袋〟だろう。
空間魔法と空間魔法を収束させ固定させておく技術を持ったドワーフが造り上げた最高級品を目にして揺らいだということは、そうことなのだろう。
「何だ……?嫌な予感がするな」
扉を開き真っ先に目に入ったのは先程までにいた木陰の下。
今度は翡翠の髪を持った少女が混じって楽しそうに会話を弾ませていた。
「それじゃな」
小声でアイクはさよならを告げて、ゆっくりと来た道を戻って行った……




