9話 エルフ少女と蜘蛛の巣
敵に見つからないように警戒しつつ近づく。
小型の魔物はまだ集まり続けている──数は30を超えた。予想以上に多いな。
土がむき出しだった洞窟の通路は途中からまだらに白い壁になる。
いやこれは……糸。粘り気のある蜘蛛の糸だ。
それを認識した瞬間、背後から何かが近づいてくる。
俺が動きを止めていると、その脇を駆け抜けていったのは──やはり蜘蛛だ。
俺よりやや小さい、とはいえ蜘蛛にしちゃでかい。30センチほどか。
この先は蜘蛛の魔物の巣のようだ。
糸に引っかからないように慎重に進む。
見えた。
複数の通路の中心部は大きな空洞になっており、蜘蛛の巣が張られている奥には糸に包まれた繭のようなものが積まれ、中心には3メートルはある巨大蜘蛛がいる。
この佇まい……この階層のボスはおそらくコイツだ。
「くっ……!」
その中で小型蜘蛛に弓矢で応戦していたのは1人の小柄な少女だった。
短めの金髪──いや、金緑色の髪。わずかに尖った耳、草色のタイトな服の上に飾り気のない革鎧──フォレストエルフか、珍しいな。洞窟に挑むような装備じゃないが……
「やあっ!」
掛け声とともに放たれた矢は見事に1匹を撃ち抜いた。
なかなかの動きだが、蜘蛛の糸が足に絡まって動きづらそうだ。
そして蜘蛛たちはまだ本気じゃない。
逃げ道を断ち、中央の巣に追い込むように距離を置いて囲んでいる。
このままじゃまずい。
次の瞬間には蜘蛛の一斉攻撃が始まるかもしれない──
「『呪球:分裂』!」
俺が全力で放った5つの魔力球は途中でショットガンのように無数に分裂し、蜘蛛の包囲の一角を崩す。
「こっちだ、早く!」
「誰──え、えぇ!?」
俺が姿を見せて声をかけると、エルフ少女は誰何しようとして振り向きかけ──目を丸くして動きを止めた。
喋るハニワがそんなに珍しいのだろうか。
「いいから早く! 喰われたいのか!?」
「え……は、はいぃ!」
戸惑いながら俺のいる通路に向かって駆け出す少女の背後から飛びかかる蜘蛛どもに、もう一発分裂魔力球をお見舞いして空中で撃ち落とした。
少女が俺のいる通路に飛び込む。
撃ち落とされた蜘蛛を踏み越えながら他の蜘蛛たちが追撃してくる。
「走れ! ──いや待て! 俺を拾って走れ!」
「は、はい!」
少女は素直に俺を拾い上げて再び走り出す。
と、前方からも蜘蛛たちが迫ってくるのが見える。3匹。
「『呪球:破裂』!」
今度は威力重視で放ち、2匹をペシャンコにする。
外した1匹が飛びかかろうとして──少女が走りながらとっさに矢を放って仕留めた。
「……あっ」
大した腕だが、弓は両手で扱うものだ。
必然、抱きかかえられていた俺はポロリと落下する。
「うおおお!」
取り落とされた俺は走り続けている少女に蹴飛ばされ、結構な勢いで通路を転がっていく。
少女は慌てて駆け寄ってきて再び俺を抱き上げた。
「あわわわ……だ、大丈夫ですか」
「だいじょ……ウブー。とにかくハヤくニゲようピーガガガ」
「ひえー。壊れてしまいました。どうしよう」
オロオロする少女。
……いいから早く逃げてくれ。
──────
なんとか蜘蛛たちを撒いた。
『探査』の範囲を広げたレーダーの反応でも俺たちを見失ってウロウロしている様子が分かる。
「ここマデくれば、だいじょウブー」
「うう……ごめんなさい、人形さん。わたしのために犠牲になって……」
少女は涙を流してしょげている。
いや、死なないから。
とはいえ、半壊してしまった以上戻るしかない。
「じゃア、俺をかかえてあっちにもってってくれ」
歩けないので少女に指示してコアまで持っていってもらうことにする。
衝撃でおかしくなっていたスピーカーがようやく直ってきた。
分かってはいたが、蹴られたくらいでこの有様とは……脆すぎるな。
「わたしはコレットといいます。見ての通りハーフエルフです」
ハーフなのか。エルフなんて見たことないから分からんよ。
「俺は見ての通りのハニワだ。あんなところでなにを?」
ハーフエルフ少女──コレットはうつむいて暗い声で語り出す。
「わたしはこの洞窟の上の森に住んでるんですが、──あの蜘蛛たちに、弟と妹が──」
「……復讐か」
「いえ──きっとまだ生きてます!」
生きてんのかよ。
あの場には他に人間の反応はなかったが……
「あの蜘蛛はわたしたちエルフの間では『ビーストイーター』と呼ばれているんですが、捕らえた獲物を糸で包んで生きたまま保存しておくんです。いなくなったのが昨日なので──」
なるほど。奴の背後にあった繭みたいなやつの中にいたなら反応がなくてもおかしくない。
「ですが、わたしの力ではてんで歯が立たず……危ないところでした。助けて頂いてありがとうございます、ハニワさん」
コレットはペコリと頭を下げる。
「気にするな。それより、地上にはエルフたちの村があるってことだよな? なんで君1人で奴らに挑もうと?」
クザンたちと入った洞窟の入り口は村どころか森でもなかった。洞窟の別の入り口だろうか。
「仲間は……いません。住んでいるのはわたしたち3人だけです」
んん? エルフの子ども3人だけ?
事情を聞きたいところだが、コアルームに到着した。
青い光を放つコアを見て、コレットが呟く。
「ここは……? これはひょっとして、魔神石……?」
「ダンジョンのコアルームだ。ここで俺を修復できる」
「……あなたは何者なんですか……? そういえば、魔法を使ってましたよね。魔物、なんですか……?」
「中身は人間のはずだ。ちょっと自信がなくなってきたけど」
とりあえずコアに修復指示を出す。
修復は100DMP。マッドラット5匹分、痛い出費だ。
今回の探索は赤字だな……
光に包まれてメリメリと直っていく俺。
「人間……?」
訝しげな声を上げるコレット。
そりゃそうだな、俺もそう思う。
「ダンジョンのトラップに引っかかってこうなったんだよ。代わりにこのコアを乗っ取ってやった」
「魔神石をですか? そんなアホな」
「アホって言う方がアホなんだぞ。で、魔神石って?」
「エルフの言い伝えです。もともと森に住んでたエルフは……」
そこで言葉を切る。
喋りかけたコレットをジェスチャーで遮ったのは他ならぬ俺だ。
レーダーに反応──コアルームが無数の敵に囲まれている!
修復中は『領域』を停止していたためすぐに気づけなかった。
ぬかったか。だが一度は見失ったはずなのになぜ場所が……
「……これだ」
コレットの足からキラリと光るものが部屋の外まで伸びている。
細い蜘蛛の糸。これを辿られたか。
「……間抜けですみません……」
「話は後だ。迎撃するぞ」
コアを破壊されるわけにはいかない。
ここは踏ん張りどころだ。