50話 星降る夜
『蒼月の夜』が始まった。
指令室の中央に座った俺は、スクリーンに映し出された前線の映像を見ながらいつものメンバーに向けて宣言した。
「面倒臭いからさっさと終わらせよう。今日はノー残業デーにします」
「兄ちゃん、すでに残業してるんですがそれは」
「わん」
手を挙げて発言したブランは無視した。
シドも同意するみたいに吠えるんじゃありません。めっ。
コレットのオマケことディアも胡乱げな眼差しを俺に向ける。
「そう簡単にゆくかのう、小僧」
「細工は流々、あとは仕上げを御覧じろだ」
人生で一度は使ってみたい言葉だった。感無量である。
地下のダンジョンBからの襲撃は入り口でザオウたち人狼部隊とビートの蜘蛛部隊、召喚機の魔物たちが抑えている。
数は思っていたほどではない。ひとまず任せて大丈夫だろう。
やはり問題は開拓村の方か。
アバンドンドを横断するほどではないが、大きな壁を建ててある。魔物は人のいる中央に集まるので壁をスルーされることはないだろう。指揮する者がいなければ、だが。
「来ました!」
中央のメインスクリーンはアバンドンドの奥地から地響きを立てて押し寄せる魔物の大群を映し出した。
壁の手前には落とし穴やトラバサミをわんさか設置しておいたのだが、この数じゃ焼け石に水だな。罠に引っかかった魔物を踏み越えて怒涛が迫る。
先頭が壁に取り付こうとした時、巨大な氷塊が大群のど真ん中に落ちた。氷塊からは冷気が広がり魔物たちが凍りついていく。ステラの大規模氷魔法だ。
壁上からは開拓民たちが矢の雨を降らせており、登ってくるような魔物はレダード始め戦士系冒険者が迎え撃つ。
ワイバーンなど飛行系の魔物は冒険者の弓使いや魔術師が撃ち落としていくが、こちらは手が足りない。
押され気味になり、開拓民に援護を求める。
矢が上空に放たれるが、練度が足りない開拓民の射撃ではなかなか仕留めきれない。
そうしているうちに矢の援護がなくなった壁下からの攻撃が激しくなる。
ここぞ死に場所とでも言うような悲壮な顔をしたレダードとドミニクが奮闘しているが、数の暴力によりこのままでは決壊待ったなしだ。
「まずいわね」
ルーリアが焦りの顔を見せる。なんだかんだ言ってレダードが心配なんだな、ふふん。
「仕方ない、こちらから増援を出そう」
「……出せる戦力はないって言ってなかった?」
「あれは嘘だ」
あまり期待されても困るしな。
まああの時点では嘘でもなかったんだが、今はダンジョンの防衛には適さない過剰な戦力がある。
「ジャイアント・タスカリアス、発進!」
カチャカチャッ、ターン!
俺がコンパネを叩くと、映像の中、壁の外側の地面が大きく左右に割れ、上の魔物が転げ落ちていく。ズゴゴゴ。
その中からせり上がってきたのは──10メートル級の巨大ゴーレム。
言わずと知れた、ダンジョンの守護神タスカリアス!
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タスカリアス
レベル 58 DMP 12,260
HP 4,520 / 4,520
MP 0 / 0
STR 80 AGL 15 MAG 0
適性:なし
洞窟適応 荒地適応 硬質化
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うわあ、のうきーん。
「ゆけ、タスカリアス! 敵を殲滅せよ!」
『ま゛っ』
「……いまなんか、変な声が出ました?」
うむ、改造の成果だ。
戦闘のさなかのレダードたちも思わず呆然として動きを止める。
2メートル半はあろうオーガを踏み潰し、上空を舞うグリフォンをハエのように叩き落とし、ドレイクを殴り飛ばして縦横無尽に暴れ回るタスカリアス。
よほどストレスが溜まってたんだろう。輝いてるぜ!
気を取り直したレダードたちも反撃を再開し、魔物を押し返す。
この調子なら問題ないか──
「本番はここからです、師匠」
珍しく険しい顔のコレットが告げる。
それを狙ったかのようなタイミングで映像内に現れたのは──見るからに毒々しい紫色の肌をした巨人。
タスカリアスに迫る勢いの大きさだ。
「ポイズン・ジャイアントです!」
コレットが叫んだ。
前回エルフ村を襲撃して瘴気をまき散らしたのはコイツか。
巨人は白目を剥き涎を撒き散らしながらタスカリアスに組みついた。
がっぷり四つに組んだ2体の怪獣は周りの魔物を踏み潰しながら競り合っている。なんだこの戦い。
タスカリアスが抑えられたことで再び魔物が波のように押し寄せ、壁上が騒がしくなった。
「左に集中、押し返して!」
「上、来てるわよ!」
ジナに齧られながらオペレーターをしているブランやコレット、ルーリアもただ観戦しているわけではなく、前線のリーダーたちと連絡を取って戦況をコントロールしている。
そう、事前の打ち合わせ通りに。
「グランドタートル出現!」
「グレイトホーンがいるわ!」
巨大な亀や牛といったデカブツが次々と姿を現わす。
こいつらが壁に突撃してくればさすがに耐えられない。
タスカリアスは毒巨人の相手で手一杯だ。
開拓民も冒険者も満身創痍、矢も尽きかけている。
マンティコア相手に大剣を振り回すレダードも、双剣でリザードマンにとどめを刺していくドミニクもさすがに疲労の色が濃い。
俺はステラとの通信回線を開く。
「ステラ、聞こえるか?」
『聞こえてるわ。そちらの状況は?』
もちろんザオウたちの状況は逐一確認している。
ダンジョンBからは散発的に敵が飛び出してくる程度だ。どうやら開拓村の方にほとんどが集まったようだな。あちらにも出口があるのかもしれない。
「こっちは問題ない。申し訳ない気分になるくらいだ」
『そっちは奇襲されれば終わりだしね。警戒しないといけないのは仕方ないわよ』
そう、俺たちは別に遊んでいるわけではない。
ここを手薄にしてコアを割られれば俺は死ぬし、開拓団も最後の逃げ場を失い孤立無援となってしまう。
サボっているわけではないのだ、決して。
『でも、こっちは限界ね』
「おかげでいい塩梅になった。潮時だ」
前線の奮闘とオペレーターたちのコントロールによって理想的な戦況になっている。
ほぼ事前の配置通り──切り札を使う時だ。
『本気でやるの? ……試してみるわ。上手くいくといいけど』
映像の中のステラは再び大魔法の詠唱を開始する。
乱戦状態の今、味方を巻き込みかねない大魔法は使いどころが難しい。
だが、今ステラが使うのは破壊的な魔法ではない。
詠唱が終わり、ステラから白い霧が上空に向けて広がっていく。
女神の吐息──『ホワイト・アウト』。
『霧氷』のステラの得意魔法だ。
空中を飛んでいたワイバーンやハーピーが氷の霧を浴びて動きが鈍る。
ダンジョンなどの閉鎖空間では強力な魔法だが、屋外ではそこまでの威力は発揮しない──が、それでいい。
「タスカリアス!」
ストーンゴーレムは俺の意思に応え、腕を引きちぎろうとする毒巨人の顔面に向けて拳を突き出した。
俺は叫ぶ。
「ロケットパーンチ!」
タスカリアスの肘から先が射出され、毒巨人の顔面に岩石の拳がめり込んだ。
その隙にタスカリアスを自分が出て来た穴に飛び込ませる。また壊れては可哀想だから避難させとかないと。
「ルーリア、コレット、頼む」
「任せて」
「はい!」
頷いたルーリアは光の魔力を練った。
本来は剣を振りながら魔法を操る魔法剣士であるルーリアの魔力操作は恐ろしくスムーズだ。鍛錬の賜物だろう。
コレットはそれと較べるとたどたどしい、だが過剰に力強い火の魔力が立ち昇る。ディアの協力を得られたことで暴れ馬のようだった火の魔力も多少は制御しやすくなった。
それらが端末に注ぎ込まれ、ネットワークを通じて前線に送られていく。
後は俺の仕事だ。
「『Code-X』Ver.3.0。エンタープライズ・エディション。モード『ブロードキャスト』」
前線の端末を遠隔操作し、ルーリアの魔力を使って魔法を発動する。
「『投影』」
映像魔道具から抽出した光属性魔法である。
地中や壁に仕込んだ端末から、ステラが上空に展開した霧に向けて映像を投影する。
プロジェクションマッピングにより前線の夜空に無数の魔法陣が映し出された。
遠隔魔法一括配信。今回の切り札だ。
ダールたちが掘り出した魔石で作った魔力タンクをネットワークに繋ぎ、10日かけて俺の魔力を溜めておいた。
コレットとルーリアの属性魔力を前線に送り、端末に組み込んだ魔法と俺の魔力でコントロール、一斉に魔法を発動する。
「『火蜂:星降』」
蒼い月の下に流星群が降り注ぐ。
霧の夜空に広がる魔法陣から無数の輝きが流れ落ち、大地を爆発が埋め尽くしていく。
アバンドンドの荒野はイルミネーションに彩られ、魔物たちの阿鼻叫喚が響き渡った。
たーまやー。
クリスマスに上げたかった……




