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49話 ブルームーン

 


 ダンジョンと開拓村の間を武器や荷物を抱えた人が慌ただしく行き来している。

 今日が『蒼月の夜(ブルームーン)』当日である。


「のんびりしていていいの、アルフィン」


 指令室の中央でダンジョン内外の様子を確認している俺に声を掛けたのは、唯一ここへの出入りを許された人族──ルーリアだった。


「準備は終わってる。いまさらジタバタしてもしょうがないだろ」


「そう……」

 

 ルーリアは指令室の椅子に腰掛ける。


「あのさ、アルフィン。ブルームーンと言えばさ……」


「どうした?」


 ルーリアにしては珍しく歯切れが悪い。

 言いたいことはズバズバ言う奴なはずだが。


「去年のブルームーンの時、あたしを助けてくれたのって──アルフィンだったの?」


「去年……?」


 ああ、そういえばオーパスの町の近くで大量発生してた魔物の処理に駆り出されたような。

 ろくな戦闘手段を持たなかった俺はひたすら怪我人を運んでたような気がする。

 あの中にルーリアがいたのだろうか。


「すまん、覚えてない。クザンが助けてくれたって言ってなかったか?」


「そういう奴よね……全然他人に興味ないんだから。あたしは前からあなたを知ってたけど、クザンのパーティーに入るまであなたは覚えてなかったよね」


「……人を覚えるのは昔から苦手でね」


 ルーリアが溜息をつく。悪かったな。


 言われて気づいたが、俺は他人に興味がないのか。

 自分大好きってわけでもないんだけどな……

 他人にも自分にも興味がない──あれ、俺って変人なの?


 考えてみれば前世からそうかもしれない。

 友達なんていなかったし、作ろうとも思わなかった。

 誰にも興味を持たれなかったし、興味を持たなかった。

 それを良くないことだとも思わない。自覚してもだ。


 思わずとりとめもないことを考え込んでしまった俺に構わず、ルーリアは語り出す。


「あたしさ、父さんに反発して、王都からできるだけ離れるようにこっちに来て──一人前になろうとして焦ってたんだ。それであの時、無茶をして。多分あなたに迷惑かけた。助けてくれてありがとう」


「どういたしまして」


「覚えてないくせに」


 ルーリアは歯をむき出してイーッと威嚇してくる。

 じゃあどう反応せいと言うのだ。


「なんでレダードを嫌うんだ?」


「……逆恨みよ。本当は分かってるんだ、母さんが死んだのは父さんのせいじゃないって」


「…………」


 重い話かよぉ。


「あたしが小さい頃、父さんがダンジョンコアを持ち帰ったの。そして父さんがいない間にそのコアが暴走して──町が全部飲み込まれたわ。母さんがあたしを逃がしてくれて……」


「……それでか」


 レイドの時、レダードは明らかに焦っていた。

 このダンジョンのコアがそれと同じだと考えたのだろう。


「それまでダンジョンコアが暴走したことなんてなかったらしいわ。誰にも予測なんてできなかった」


 ……魔法学院で学んだ俺も聞いたことがなかった。

 そんな大事件があっても、だ。

 隠されている? 何のために?


「その後も父さんは小さいあたしを置いて冒険ばかりしていた。挙句にギルド長なんて引き受けて……」


「じゃあなんでお前も冒険者に?」


「……今なら分かるわ。きっと父さんに構って欲しかったのね」


 ルーリアは自嘲気味に笑う。

 内心では自分を見て欲しくて、だがそんな自分を認められずに父から離れてきたのだ。


 矛盾しているな。人間の心というのは難しい。

 俺はハニワだから関係ないけど。


「今はどうなんだ?」


「……どうかしらね。分かんなくなっちゃった。でも、わざわざ避けるのもアホらしくなってきたかな」


「冒険者になって、親父の苦労が分かったんじゃないか?」


「ふふ、そうね。ごめん、こんな時に変な話して。でも聞いてもらってスッキリしたかも」


「役に立てて光栄だ。だがそろそろ月が出るぞ」


 指令室の映像魔道具モニターにはアバンドンドの荒野が映し出されていた。

 開拓村の方まで伸ばしたダンジョンネットワーク端末から送られてきている映像だ。


 地平線に夕日が沈みかけている。

 夜が来る。




 ──────




 東の空──ラウジェスとアバンドンドを分かつ山脈の上に丸い月が上がっている。


 あれが中天に来た時、蒼く輝く。

 異界と繋がる夜、『蒼月の夜(ブルームーン)』。


 開拓村はダンジョンを制御する魔術師アルフィンによって建てられた高い壁に囲まれ、壁の上部には設置式の弩が並べられていた。


「魔物が増えてきたな」


 壁の上に立ち闇に包まれた荒野を睨むレダードの『真眼』には無数に増え続ける魔物の姿が見えていた。


「オーガ、グール、ガーゴイル……空にはワイバーンやハーピー。なかなか壮観だな」


「昔を思い出す。あのリンドの町を」


 階段を登ってきた開拓団長ドミニクが呟く。


 かつてレダードとパーティーを組んでいたドミニクは彼らのホームタウンがダンジョンに埋もれた時も共に戦った。数えるのが嫌になるほどの魔物たちが湧いてきたのだ。


「結局アルフィンのダンジョンコアはあれとは違うんだな?」


「直接見てないからなんとも言えねえが、あれは制御できるようなもんじゃなかった。おそらく違うだろう」


「あの時はダンジョンコアを破壊するために戦ったが、今回はダンジョンに助けられて戦うのか。皮肉だな」


「使い方次第でしょう。武器も、魔術も」


 ステラも壁上に上がってきた。強い風にローブがはためく。


「ラウジェス王室はそれを誤った。あの国はもうダメだ。近いうちに崩壊するだろう。はええとこ逃げ場を用意しないとな」


「あちらよりこちらがマシだと?」


「今夜を乗り越えられればな」


 闇に光が差した。

 荒野を青く照らすのは月光だ。

 見上げると、満月が一際大きく、蒼く輝いている。


「雑談はここまでだ。来るぞ」


 魔物の耳障りな遠吠えが響く。

 あちらこちらで土煙を巻き上げ、魔物の群れが壁に向かって突進してきた。


「長い夜になりそうだぜ」


 レダードは背負った大剣の柄に手を掛けた。


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